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練習しない卓球部との出会い

 春の柔らかな日差しが校舎の窓を通り抜け、教室の中を暖かく包んでいた。新学期が始まって数週間が過ぎ、私は少しずつこの新しい環境に慣れてきていた。だけど、部活動を決めないままでいたのが少し気になっていた。クラスメイトの何人かはすでに運動部に入っていて、毎日のように汗を流しているけれど、私はそこまで運動が得意じゃない。


「田中さん、まだ部活決まってないんでしょ? 早く決めないと先生に言われるよー」とクラスメイトの一人が軽く声をかけてきた。私は苦笑いを浮かべるしかない。


「そうだよ、部活は強制だから。何もやってないと、サボってるって思われちゃうよ?」もう一人がからかうように続けた。


「うん、分かってるんだけどね……」


 私は答えるものの、焦りが胸の奥でじわじわと広がっていくのを感じた。この高校では、部活が全員強制で参加しなければならないと入学当初から言われていた。


 うちの学校は、運動部も文化部もどこも真剣そのもので、運動部はもちろんのこと、文化部だって気軽に参加できる感じではなかった。たとえば、バスケ部や陸上部は、朝から晩までほぼ毎日練習していて、試合前ともなればさらに時間が取られる。授業が終わったあとに遅くまで体育館やグラウンドから聞こえてくる声を思い出すだけで、運動部は絶対無理だと自分でもわかっていた。


 でも、文化部も侮れない。吹奏楽部なんて、毎年大きな大会に出場するために、ほぼ毎日長時間の練習が続くし、美術部も展覧会に向けて遅くまで準備しているなんて話を聞いた。どの部活も想像以上に厳しくて、単に趣味を楽しむなんて雰囲気ではなさそうだった。


「いったい、どこに入ればいいんだろう……」私は心の中でつぶやいた。焦燥感がさらに募っていくのを感じた。どの部活にしても、私にはハードルが高すぎるように感じて、選ぶことができないでいた。


 そんなある日、昼休みの教室でクラスメイトが気になる話をしていた。――今の私にはピッタリの話だ。


「卓球部、全然練習しないらしいよ。あんまり汗もかかないって聞いたし、楽そうじゃん?」


 私はその話を聞いて少し興味が湧いたけど、彼女とは友達じゃないし、そもそも友達自体もいないし、なにより話に加わるのが怖かった。だから机に伏せて、寝たふりをしながら耳を澄ませた。


「えー、マジで? それ、ちょっといいかもね。厳しい部活とかほんと無理だし」と別のクラスメイトが話している。


 どうやら卓球部は他の運動部とは違って、そこまで練習が厳しくないらしい。正直、私は厳しい部活よりも、リラックスできる場所が欲しかった。私は卓球部が自分に合っているかもしれないと感じた。


 試しに見学してみるのも悪くないかな。そう思った私は放課後、卓球部の部室に向かうことにした。


 体育館の隅にある卓球部の部室には、古びた木製のドアが備え付けられている。重たいドアを開けると、そこには数人の先輩たちが集まっていた。部屋の中には、薄暗いながらも、どこか温かみのある空気が漂っていた。


「こんにちは、見学させてください!」集まる視線を前に、私は少し緊張しながら声をかけた。


「ああ、どうぞどうぞ! 好きなところに座ってくれていいよ」


 最初に声をかけてくれたのは、背が高くて眼鏡をかけた優しそうな先輩だった。どうやらこの人が部長らしい。彼は佐藤サトルと自己紹介すると、にこやかに私に声をかける。そして机に置かれたボールを指さして「卓球部へようこそ」と続けた。


 私はおそるおそる部屋の中を見渡した。卓球には詳しくないけど、卓球部らしいものは何も置かれていない。体育館に案内され、普段の練習場所に向かう。壁際には古い卓球台が2台置かれていたけれど、誰もその台に触れていない。むしろ、皆がその周りに集まり、談笑しているようだった。


 部員たちは着替えもせず、制服のままぼんやりと過ごしていた。体育館の隅の窓から入る風にときどきあくびをする部員がいて、運動部っぽい緊張感はまるでない。部長のサトル先輩は長身だが、少しお腹が出ている体型で、まるで激しい運動はしていないかのようだった。ラフな格好をした周りの先輩たちもあまり運動に向いている感じではなく、ゆるい雰囲気が漂っていた。


「これが、運動部……?」私は心の中で疑問を抱かざるを得なかった。


 たしかにここは運動部のはずなのに、誰も動こうとしない。なんだか、卓球部というよりも、ただの談話部のように感じられた。


「なんか、練習してないんですか?」私は勇気を出して聞いてみた。


「まぁね、今日はとくに風が強くてさ、外で走るわけにもいかないし、練習もこんな感じかな」


 部長のサトル先輩が笑いながら答えた。その後ろで、別の先輩が「卓球台は神聖なものだから、触れないほうがいいんだよ」と冗談っぽくつぶやくのが聞こえた。


「……神聖なもの?」私はその言葉に思わず笑ってしまったが、どうやら冗談ではないらしい。部員たちは卓球台を一切触らず、ずっとおしゃべりしているだけだった。


 部員の一人が「今日は手首の調整が必要だからラケットは触れないんだよ」と言いながら、黙々と手のマッサージをしているのを見て、私は本当にこの部が練習する気がないことを確信した。


「なんだか、すごいですね……」私は半ば呆れつつも、どこかこの雰囲気に惹かれていた。厳しい部活ではなく、リラックスして楽しめる場所を求めていた私にとって、この卓球部はまさに理想的な場所かもしれない。

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