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恋愛小説短編集

メインボーカルを募集したらバンドクラッシュしそうになった件

「皆には悪いけど俺、バンドやめっから」


 後日、音楽スタジオを借りるために手続きを終えたところでメインボーカル兼ギタリストの康人(やすひと)がそう言った。

 ……は? 何故? 俺らの関係性はそれなりに良かったはずだ。


「どういうことだよ、康人」


「そのままの意味だっつーの。辞めなきゃいけない理由が出来たんだって」


「――大輝(だいき)、彼を止めないであげて。康人はバンドを掛け持ちしてるじゃない? 元々無理言って私達のバンドに居てもらったんだし、これ以上引き留める権利は私たちにはないかなって」


「ん。ボクもそう思う」


 リードギタリストの秋山沙織(あきやまさおり)とドラマーの比嘉渚(ひがなぎさ)がそう語る。

 確かに彼女らが言う通り、俺らには康人を止める権利はないのかもしれない。


「じゃあな。短い付き合いだったけど楽しかったぜ」


 康人はギターケースを背負いなおし、そう言いながら俺らに背を向けて手をひらひらと振り、立ち去った。

 秋風(かお)る繁華街で、俺らは無言のまま康人の姿が見えなくなるまでその場に立ち尽くしていた。



 康人が抜けた穴はとても大きかった。

 メインボーカルが消え去ってしまったという事実がリードボーカル兼ベーシストの俺――上杉大輝(うえすぎだいき)に重くのしかかる。実質的なバンドリーダーは俺ということになっている。

 その穴を埋めるべく、俺が通う学園の吹奏楽部や軽音部を覗いていい人材がいないか確認する。しかし現実は厳しく、俺が求める人材はそこにはいなかった。


 放課後、沙織と渚と連絡を取り、昨日予約を取り付けたスタジオへ向かう。

 受付で事務手続きを済ませ、スタジオ入りする。

 そして防音室の扉を開こうとした、その時――


「あ、あの……!」


 突如として一人の女の子に声を掛けられた。

 澄んだ声。


「――なんすか?」


「皆さん、スリーピースバンドなんですか?」


 質問の意図が読めない。

 かといって嘘を答える必要性も見られない。


「違う。フォーピースバンド、だった」


 渚が俺の代わりにそう返答した。

 彼女が言わなければ俺がそう答えていただろう。


「つかぬ事をお聞きしますが、皆さんはどのような人材をお求めで?」


「メインボーカル兼バッキングギター」


 すると彼女の瞳が爛々と輝いた。


「わ、私……! 皆さんのバンドに入りたいです! コード、弾けます! 歌、歌えます!」


 んなアホな。

 そんな都合よく空いた穴にフィットするような人材が見つかるか? 絶対に裏がある。それが、たとえ彼女が意図するものだったとしても、そうでなかったとしても。


「そもそも、あんたスタジオ借りてるからここに来てるんだろ? 部屋代勿体ないからやめとけよ。とりあえず今日は解散解散」


 しかし彼女は俺らのバンドに入る気満々である。

 押しが強い。


「いーやーでーすー!」


 彼女は俺にしがみついてきた。

 いい香りがする……じゃない。煩悩退散。


「なんだこいつ! 離せって! いや、握力すげぇ!」


 彼女の左手の握力が相当強い。それだけでギターに真摯に向き合ってきた人物であることが理解できた。

 そんなやり取りをしていると、背後から無言の圧力。沙織と渚の視線が俺の背中に突き刺さる。


「はーなーせー!」


 なんで小学生みたいなやり取りをこの歳になってしなくてはいけないんだ。

 しかし、最終的に彼女を引き離して俺らは自分らの部屋へと逃げ込み、施錠した。

 流石にそこまで拒否されたら彼女も諦めるだろう。


 そう、その時は皆してそう思っていた。



 しかし翌日、翌々日も彼女はそのスタジオに現れ、俺らのバンドに加入したいと直談判する。

 最終的に、先に沙織が折れた。つまり、その子が俺らのバンドに一時的に加入することが確定した。


「……何、あの子。最近の若い子ってあんなに押しが強いの?」


「沙織だって十代なのに何を言っているんだ。っていっても仮加入だし、気にすんな。そのうち飽きて抜ける可能性だってあるし」


「そうね」


 バンドマンあるあるである。

 音楽性の違いやらで脱退や、バックレやら……そんなものは日常茶飯事だ。


「でもボクは彼女はバンドを脱退しないと思う」


「その心は?」


「たぶん、大輝が彼女のことを認める」


 どこからそんな確信が生まれだしてくるのだろうか。俺は疑問を持ったが、口に出さないでおいた。

 人付き合いというものは、余計な口出ししない方が円滑に進むこともある。


 一方で、スタジオの片隅でエレキギターのチューニングをしている彼女の方を見る。

 すると、その子と目が合った。


「そういえば名乗っていませんでしたね。相澤麻耶(あいざわまや)といいます。よろしくお願いします」


「よろしく。俺の事は大輝って呼んでくれ」


「ん。渚。よろしく」


「沙織よ。よろしく、麻耶さん」


 そしてそれぞれが所定のポジションに着いたところで、渚がフィルインを入れてドラムを叩き始めた。

 彼女が一小節分ドラムを叩き終えたところで、俺もベースを弾き始める。

 すると自然と沙織と麻耶もその伴奏に参加してきた。

 この曲はあれだな。凪って名前のアーティストの『誰でもないや』って曲。


 正直麻耶の演奏技術は平凡なものだった。

 やはり俺らが求める人材は早々見つからないのか。そんな惚けた思考をしながら弦を弾く。

 しかし、その俺の後ろ向きな思考は次の瞬間、一瞬にして粉々に破壊された。


 普段の澄んだ声とは異なる、麻耶の力強い歌声がスタジオ内に反響した。


 麻耶のバッキングギターと歌が若干走り気味なので、リズム隊である俺と渚もその麻耶の演奏に合わせる。続いて沙織のリードギターがリズムに乗り出した。

 そのスタジオ内の空気を支配していたのは、完全に彼女――麻耶の圧倒的な歌唱力だった。



 数曲演奏をし終えたところで、歌ったため口が乾いたのか麻耶がミネラルウォーターのキャップを捻り、それを開封して彼女は水分を摂り始めた。

 渚は汗を服の袖で拭っている。沙織は今にもピックを落とすのではないかというような表情を浮かべながら、麻耶をじっと見つめていた。


「――ほら、こうなった」


「……すまん」


 渚の言葉に全く反論できなかった。

 麻耶のあの歌声はとても魅力的だった。正直こんな人材が埋もれていたことに感激した一方で、落胆したのも事実だ。


 あの時、彼女の心が折れて俺らのバンドに加入していなかったとしたら?


 そんな分岐していたかもしれない世界線のことを考えるとぞっとした。

 彼女は世に出るべきの逸材だ。正直こんなアマチュアバンドの一員として居続ける人ではない。


「なあ、麻耶。あんた、プロのオーディション受けてみたらどうだ? 麻耶はそれだけの歌唱力を持っている」


「私がですか?」


「そうね。同感。だから賛成――って言いたい気持ちと、反対って言いたい気持ちがある。……あー、もう! 自分でも自分の気持ちが分からない!」


 そう答えた沙織が頭を抱えている。

 渚が沙織の肩にぽんっと手を添える。


「がんばって。応援してる」


「このタイミングで言う?」


 この流れ、まずい。


「そもそも大輝も大輝なのよ。麻耶さんの歌声に聞き惚れちゃってさ。だから、私だって思うところがあった訳で――」


 やめるんだ! バンドメンバー同士で恋愛事に発展するのは絶対に演奏のパフォーマンスに悪影響が出る!

 そこをなあなあでやり過ごしてきた俺も悪いっちゃ悪いが。


 沙織が俺に好意を抱いていることは薄々気づいてはいたさ。だけど康人を含めた、当時のフォーピースのサウンドがあまりに耳ざわりの良いものだったから、出来るだけ人間関係がこじれないように努めた。

 だが、麻耶の加入によってその辛うじてバランスを保っていたそれが崩れ去ろうとしている。


「あ、あわわわ……」


 そんなドロドロ、ドロドロなのか? その辺は分からんが複雑な人間関係を知らない麻耶は混乱して、オロオロとしていた。

 その声はあの力強い歌声とは異なり、いつもの澄んだ声。


「そ、その――私、このバンドの一員としてやっていきたいです。プロになるとしたら、皆さんと一緒がいいです」


 麻耶は覚悟を決めたようだった。

 彼女はソロで活動する線を捨てきり、俺らと一緒に活動すると宣言した。


 ならリーダーとして俺がすべきことは一つ。


「分かった。麻耶、改めてよろしく頼む。その話は置いといてっと。沙織さん! 実は俺、君のことが好きでした! 付き合ってください!」


「――ええっ!?」


 沙織は素っ頓狂な声をあげた。


 俺は嘘はついていない。

 彼女の魅力に気づいたのはきっかけこそそのリードギターの技術であったが、次第にその性格に惚れこむようになっていた。かといってそれを極力表に出すことは無く、現在に至る。

 ようはこのバンドメンバーで音楽を創り上げていきたかったわけだ。結果的に康人は抜けてしまい、麻耶が加入するという流れになってしまったが。


「大輝。あんた、まさかこのバンドを維持するために無理してそう言っているんじゃないでしょうね?」


「それもある」


「そこは否定しなさいよ!」


「……アホ」


「私もそれはどうかと思います」


 まさかの総スカン。

 酷くね? 俺は一世一代の大勝負に出たんだぞ? なのにこの扱いである。

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