勇者はただ、帰りたい
「はぁぁ……!!つっかれたー……」
まさか深夜までパーティに付き合わされるとは……
「僕が魔王を倒した勇者だからだと思うけど……国中の貴族の相手をずっとは疲れるよ……」
僕は女神の力でこの異世界に召喚され、このことを知った国王と僕を召喚した女神を信仰する教会の人達に、この世界を脅かす魔王を倒してくれと懇願された。
その後、仲間達と共に何年も掛けて魔王が根城にする地に辿り着き、何とか魔王をこの手で討ち果たした。
「よいしょっと」
寝っ転がったベットから起き上がって、大きな窓の外を眺めてみる。
この高い城から見下ろすと、まだ城下町明るい。
昼に行われた『魔王を討伐!勇者帰還!』パレードの熱はまだ冷めていないのだろう。
この世界の人々は、魔王によって数多の街や国が滅ぼされ、魔王の脅威に怯えていた。
だからこそ、魔王を討伐したことは本当に喜ばしかったと思う。
……だけど、僕はこの世界を見るたびに、元の世界が恋しくなる。
やり残したゲーム、ただいまと言ってくれる母、いつも夕食ギリギリに帰り日々頑張っている父、少しオタクな妹、気の良い級友、心を打ち明けれる幼友達。
僕は帰りたい。魔王は倒した、この世界に必要とされたことはやり切った、民衆の小さな悩みを1つ1つ解決した。
だけど、未だ帰ることはできていない。女神に聞いてもはっきりとした返答は貰えない。いつもこの世界も良いですよ、まだやり残したことがあるのでは?と話を逸らされる。
どうしよう。別にこの世界が嫌いな訳では無い、むしろ好きだ。けれど、僕はただ、元の世界に帰りたい。ただそれだけなんだ……
「私ならば、貴方の願いを叶えられますよ?」
「?!」
とっさに声の主から距離を取る。
「初めまして、私は様々な場所で商売をしている者です。商人とでもお呼び下さい」
そこには人がいた。黒スーツに細目で、黒い中折れ帽子を被った男。ただ1人。
だがここは国王が住む王城。常時それなりの警備が張られている。用事の無い平民や貴族が入るのは勿論、しかも僕に割り当てられた客室には王族や仲間達以外は誰も入らないし入れない。
誰だこの人は……まさか魔王が率いた魔王軍の残党?
「いえ、私は魔王の関係者では御座いません」
心を読まれた?!
「商人と言ったな。君は誰だ?どうしてここにいる!」
危険を感じた。この部屋には僕と目の前の男のみ。この部屋から助けを呼んでも、少なくとも数十秒は掛かる。だから念の為、近くに置いていた剣を取る。
「そこまで警戒せずとも、私は貴方が求める物を差し上げたいだけですよ」
「…………」
何をしたいんだ……?この人は…………
「貴方は元いた世界に帰りたい。その願いに叶う物品があります」
男が古臭い鍵を取り出して、軽く振り回して僕に投げた。
僕はその鍵を受け取る。狙いは分からない。だけど…………だけど、本当に、元の世界に帰れるなら……
いつの間にか僕は持っていた剣を落としていた。そして僕の意思なのか、はたまた別の力なのか、いつの間にか僕は鍵を握り、何も無い空中で鍵を捻った。
『ガチャ』
扉が開く音と共に、僕は眩い光に包まれて――――
光が収まり、目を開いてみ――――
「え……………………?」
目の前には見渡す限り荒野で、植物らしき物は無い。空は橙色で、時折空から光の線が流れる。少し離れた場所にある湖は毒々しく濁り、風化した骨が散乱していた。
「ここが……地球……?日本……?」
明らかに普通じゃ無い。ここは……
「ここは確かに地球ですよ」
いつの間にか、僕のそばに立っていた男が、商人がそう言った。
「どう、いうことだ……?」
言葉が詰まる。
「ここは確かに地球です。大きな違いがあるとすれば、貴方があの世界に召喚されてから、約6000年が経過していることでしょう」
6……千年……じゃあもう、居ない……?ただいまと言ってくれる母、いつも夕食ギリギリに帰って来る父、少しオタクな妹、気の良い級友、心を打ち明けれる幼友達も……誰も居ない……?
「この世界と、貴方が召喚された世界には、時間の大きなズレがあるのです。貴方は約6年の時をあの世界で過ごした。しかしここでは6000年の時間が経過し、数多の戦争や数多の自然災害によって人間が絶滅。ここが、貴方の求める今の世界です。
神だとしても、人間の上位存在だとしても。時間の操作は困難でほぼ不可能。女神が貴方を地球に帰すのを渋る訳です」
「…………あの異世界には……?」
「もう一度その鍵を使えばあの世界に戻れます。なあに、時間の経過は大丈夫です。あの世界は1秒すらも経っていませんから」
……ここにいるのは辛い。知ってる人は誰もいない。帰りたい場所は、何処にも無かった。
あの異世界で、もう一度新たな人生を――――
「……!げほ、げほげほ」
いきなり腹を刺された。しかも地面に倒されて動けない。
「おや?この劣悪な環境下で生存する生物がいるとは……」
男が倒されてる僕の上に視線を向けていた。さらに僕の腹を刺した何かが腹に刺した物を引き抜きまた別の箇所を刺して来た。しかも、徐々に体が痺れて、力が、入らない……
「た、助け……」
「おっと、そうでした。用事を、思い出しました。それでは、生きていればまたお会いましょう」
男が……遠くに離れて……
「ま……て…………待『グシャ』――――」