表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

42/42

第42話 コッコラ族

 ピノが、怯えて木にへばりつくラヴィポッドの元へと歩み寄った。


「……ピノ?」


 クアルはターコイズの瞳を継承してから、それなりに長い時間ピノを見てきた。

 けれどこのような様子を見るのは初めて。

 特定の個人に反応を示すことなどなかった。


 ピノが尻尾を絡め、ラヴィポッドを眼前に持ち上げる。


「生き残りが、いたのか……」


「た、食べ残しってことですか……」


 ピノの言葉に、クアルの眉がピクリと動く。


「生き残り……」


 その言葉が意味するもの。

 ピノの境遇から一つだけ思い当たることがあった。


「もしかして……もさもさちゃんは、コッコラ族なの?」


「……コッコラ族?」


 聞き返すセファリタ。

 あちこちを巡って多様な種族を見てきたが、初めて耳にする種族だった。


「あっ……」


 クアルは自身の失言に口を押さえる。


「……どうした?」


「なんでもない」


 それっきり口を噤んだクアル。


 セファリタはクアルが何か隠したことに気づきながらも深く追及することはなかった。




「よくぞ、生きていてくれた……!」


 一方でピノはラヴィポッドを見て涙ぐんでいた。


 長きを生き、通常は知覚することのできないマナさえも感じとれるようになったピノにはわかる。

 ラヴィポッドに宿る、マナをも超える大いなる力が。

 これこそラヴィポッドが人族とは異なる証。


「このエーテル、間違いない。君は、コッコラ族なんだな……!」


「こ、こっこら? 人族ですよ?」


「そう育てられてきたのか。人族の目を欺くために」


 首を傾げるラヴィポッドを下ろし、ピノが湖に潜る。


 そして一匹の魚を咥えて戻ってきた。


「この湖で一番美味い魚だ」


 魚を置く。

 銀色の鱗が陽光を反射して輝き、ピチピチと跳ねていた。


 美味い魚と聞き、怯えていたラヴィポッドがゴクリと唾を呑む。

 クリクリとした目を輝かせ、涎まで垂らし始めた。


「い、いいんですか! いただきま──」


 魚を抱え上げて噛みつく。


 しかしその寸前にピノがヒョイッと魚を取り上げた。


 きょとんとするラヴィポッド。


「コッコラ族や人族は湖の魚を生で食べると腹を壊す。三日三晩腹痛で悶え苦しむこともあるそうだ。気を付けるように」


 コクコクと頷く。


 それを見て取ったピノが魚を手渡し、ラヴィポッドの頭を指でポンポンと撫でた。


「僕はこの湖を離れるわけにはいかない。また後日、その魚の感想を聞かせに来てくれないか?」


「は、はい! ありがとうございます!」


 ラヴィポッドが頭を下げる。

 ピノは見た目こそ怖いが、その実優しいようだ。

 緊張が解れ、安心する。

 心の落ち着きは笑顔にも表れ、ピチピチと動く魚に体を振り回されながらセファリタとクアルの元へ駆け寄った。


「こ、これ貰っちゃいました!」


「よかったね。その魚すごく高級」


「私ももっと餌付けするべきか……いやそうすると食費が……」


 魚を見せびらかすラヴィポッドに、クアルが微笑み。

 二人を見るセファリタはよからぬことを考えていた。


 ◇


 領主邸の一室に戻った三人。

 貴族お抱え料理人の一流魚料理を鱈腹食べ、入浴を済ませた頃には夜も更けていた。


 今は部屋着に着替えた三人がキングサイズのベッドに座って向き合っている。

 ラヴィポッドは丸めた毛布を抱いていた。


「しゅ、守護獣さん優しかったですね」


「もさもさちゃんは特別。ピノは人族が嫌いだから」


「そ、そういえばわたしのことなんとか族って言ってました」


「コッコラ族、だったか?」


 セファリタがクアルの表情を窺う。


「……そう」


 答えに窮したクアルだったが、最終的には頷いた。


「初めて聞いた種族だ。ラヴィポッドのルーツに関わることなら気になるが……」


「わ、わたしも気になります。お母さんが出て行ったことと関係あるかも」


 ラヴィポッドは若干前のめりに。


「出て行った?」


 クアルが首を傾げる。


「あ、朝起きたらいなくなってて。だからお母さんを探して旅してるんです」


「そうなんだ」


 話して良いものか。

 躊躇していたクアルだが事情を聴いて話すことに決めた。

 親と突然会えなくなる寂しさを知っているから。


「じゃあ話す。私も詳しいことまでは知らないけど──」


 何故コッコラ族について知っているのか。

 クアルがそれを知るに至った経緯を含めて淡々と語り始めた。


 ◇


 子ども一人には少し大きな部屋。

 日が落ち、微かな月明りのみが照らす暗い場所。

 夜の肌寒さが寂寞を運ぶ静かな空間で、啜り泣く声が誰に届くこともなく空気をほんの僅かに震わせていた。


「こんなとこ嫌だよ。お父さん……お母さん……」


 少し赤みがかった栗色の髪の少女──幼き日のクアルがベッドの上で膝を抱えていた。

 腕に埋めた表情は窺えない。

 嘆きも甘えも行き場を失い、その小さな肩に重石となってのしかかる。


 一頻り泣いて、顔を上げた。

 涙の枯れた目元が腫れ、目頭はジンジンと熱を持つ。

 すべてを諦めてしまった感情の薄い瞳に映るのは、雫型のネックレス。

 机にポツンと置かれたそれを見て、クアルが歯を食いしばった。

 ベッドを下り、荒々しい足取りで机に近づく。


 このネックレス──ターコイズの瞳こそが彼女を寂しい場所に閉じ込めた原因。


「こんなもの、なくなればいい!」


 ターコイズの瞳を乱雑に掴む。

 思い切り床に投げつけてやろうと振り上げた。


 その瞬間、ターコイズの瞳が輝きを放つ。


 そして。


 古くから継承されてきた護霊石ごれいせきに宿る想いや記憶。

 それらが怒涛のようにクアルへ流れ込んだ。


 ◇


 小さな湖畔に村があった。

 木造で三角屋根の家々。

 素材そのままの色味を生かした茶色、それから赤や白の家屋が山の斜面に並んでいる。


 自然と調和した長閑な村。


 そんな美しい景色の傍ら。

 自然界では生存競争が繰り広げられていた。


 過酷な環境。

 群れにおいて弱者は排除される。

 足並みの遅いもの、役に立たないもの、異分子。

 群れを乱し危険に曝す可能性のあるものは容赦なく追放された。


 そしてここに一匹。

 群れから追い出され、トボトボと歩く小さな生き物が。

 背には小さな帆。

 特徴的な骨格をした、二足で歩く爬虫類のような生き物。


 同時期に生まれた仲間たちは既に自分で食料を確保している。

 その鋭い爪で、牙で。

 必要なら尻尾も使って魚を獲っていた。


 にもかかわらず、彼はいつまで経っても魚を獲れない。

 命の危険を察知すれば、魚も当然反撃してくる。

 その時の鬼気迫る表情が怖くて仕方なかった。

 何を考えているのかわからない魚の目。

 あの無表情の中に、底知れぬ狂気を感じるのだ。


(はぁ……)


 ため息だって零れる。


 頑張ろうという気持ちはある。

 今日こそは獲ってやるぞ。

 そう意気込むのは良いものの、いざ魚の恐ろしい顔面を前にしては尻込みしてしまう。


 群れがいた対岸に辿り着き、手頃な倒木に腰掛けて石ころを投げた。

 ポチャンッ、と音を立てて波紋が広がる。


(……僕もあの石みたいに、湖の底に沈んじゃうのかな)


 背中からは哀愁が漂っていた。

 ガックリと落とした左の肩には「陰」、右の肩には「鬱」。

 そんな文字が見えてくるような、どんよりとした後ろ姿。


「うわ、暗っ。くらくらくらっ!」


 その後ろで声がした。


 振り返ると、湖よりも更に綺麗なターコイズの髪色の少女がいた。

 凄く嫌そうな顔で自身の腕を抱いている。

 見ている側まで暗い気持ちに引きずり込む、彼の放つ空気が気持ち悪かったのだろう。

 少女の透き通った長い髪が靡く光景は、気分屋な水面が波打つようだった。


「こんなしょぼくれたスピノ初めて見た」


 スピノ。

 彼の種族はそう呼ばれている。


「……僕が怖くないの?」


 人族はスピノを見たら逃げ出すのに。


「君にはビンタしたら勝てそうだもん」


 弱肉強食の摂理に則った判断。

 この楚々とした少女は見かけによらず逞しいらしい。

 どこかのスピノとは大違いだ。


「……やめてね」


「どうしよっかな」


 少女は冗談めかしてスピノの隣に座る。


「ねえ、お腹空かない?」


「……空いた」


 追い出される少し前から群れの獲った魚を分けてもらえなくなった。

 元気がないのも生来の気質によるものだけではない。

 空腹は体力や気力、生きるためのエネルギーを奪ってしまうから。


「魚獲ってきてよ。私が美味しく焼いてあげるから」


 スピノの事情を知らない少女。

 ピンポイントで地雷を踏み抜いた。


 スピノは落ちた肩を更に落として俯く。


「……できないよ」


 彼の言葉に少女が目を丸くする。

 スピノなのに?

 抱いた感情をそのまま口にしようとして、噤んだ。

 きっとこれこそが、彼が一人でしょぼくれている理由なのだろう。


「……そっか。水が苦手なの?」


 首を横に振るスピノ。


「ううん、魚の……目が怖いんだ」


「目?」 


 少女は魚の顔を思い浮かべるが、いまいち共感できない。


「この世の全てを知ってそうな顔で体振りながら泳いで抵抗してくるんだ。狂ってるよ……」


 一瞬呆けた少女。

 何を言い出すのかと思えば。

 魚が迫ってくる姿と、それに怯えているスピノを想像して腹を抱えて笑う。

 後ろへ倒れ、あわや頭をぶつけるところだったがスピノの尻尾に受け止められる。


「笑い事じゃない」


「ぷふっ、ごめんごめん、笑いすぎた。はーお腹痛ー」


 座り直した少女が腹を押さえ、目元を拭う。

 そうして少し落ち着きを取り戻すと思ったままを口にする。


「あー……君は頭が良いんだ」


 頭が良い。

 そう言われてもスピノはしっくりこなかった。


「頭が良いなら、それくらい割り切るでしょ」


 生きるために必要なことなのだから。

 それが出来ずに一人ぼっちになった間抜けなスピノのどこに頭が良い要素があるのか。


「うーん……それは頭が良いっていうより器用ってことだと思う。君は私と同じ言葉話せてるし、これから食べるだけの普通は考えない相手の気持ちまで考えちゃう。そういう想像力の豊かさとか思いやりを持ってるのって、私は好きだよ」


 笑った余韻が残る、少し赤らんだ顔で湖を見つめる少女。


 スピノはその横顔を盗み見て、視線を逸らせなくなった。


 変な奴、そう言われると思った。

 他のスピノたちのように。


 初めて認められた。

 認めてほしいなんて思ったことない。

 それでも内から湧く胸の温かさが、それを欲していたのだと実感させる。

 自分の感情に目を向けてじっくり考える時間も余裕もなかったから気づけなかった。


 私は好き。

 ストレートな言葉がスピノの渇いた心にじんわりと沁みていく。


「……ありがとう」


 ぽつり呟いた。


 顔を向けた少女と目が合い、ぷいっと顔を逸らす。


「照れてる?」


「別に」


 うりうりと指でつつかれ、なんだかむず痒くて立ち上がる。


「さ、魚獲ってくる……!」


 少女のペースから抜け出すために思わず言ってしまった。

 けれど、不思議と今ならできる気がした。


「うん、頑張れ。ここで待ってるね」




 少女は、湖に向かうスピノの後ろ姿を見て微笑む。

 歩く度、右へ左へ揺れる尻尾が愛らしい。

 イメージトレーニングでもしているのか浅瀬で水に手をチャプチャプとつけている。

 何度かそうして、ついに潜った。


 静まり返った水面。


 少しして飛沫が上がった。


「もう獲れたのかな」


 項垂れたスピノの姿を思い出す。

 臆病な彼のこと。

 躊躇してそれなりの時間を要すると思っていた。


 労いを込めて手を振る。


 しかし続けて映った光景に、少女の笑顔が引き攣った。


「助けてぇぇぇぇぇ!」


 涙をちょちょ切らせて泳ぎ回るスピノ。

 その後ろを魚群が追いかけている。


 少女はスピノの情けない姿に呆れて、立ち上がった


 魚群に向けて手を翳す。

 すると薄い水色の膜が球状の結界を形成し、魚群を閉じ込めた。

 魚が体当たりするも強固な結界は破れず。


 結界は浮遊し少女の手前まで移動して消失。

 大量の水が零れ落ちた。

 水が広がり、陸地に落とされた魚がピチピチと跳ねる。


「ったく……世話が焼けるんだから」


 そう嘆息してスピノを見ると、唖然としたスピノと目が合った。




「人族ってマナを持たない弱い種族のはずじゃ……」


 マナがなく肉体的にも強靭とは言えない。

 力は弱いが、妙に賢いので一度敵対すると厄介。

 スピノたちからすると、人族への攻撃はハチの巣をつつくようなものだった。


 だがそれも集団で策を弄してくるのが厄介なのであり、個の力ならスピノの敵ではない。

 その筈が。


「うわっ」


 スピノも結界に閉じ込められ、少女の眼前に運ばれる。

 結界をコンコンと叩いてみるが破れる気配はない。


「硬い。群れでかかっても壊せなそう……みんな適当言ってたのかな」


 鉄よりも尚硬く。

 こんな力があるならスピノは人族に指一本触れられない。

 人族がマナを持たぬ弱い種族というのは誤りだったのだろう。


 (どうしよう。魚よりも群れのリーダーよりも危険な存在なのかもしれない。さっきの優しい言葉も罠だったりして……)


 警戒するスピノ。

 結界が解かれた瞬間一目散に逃げ出す。


 しかし少女は新たに結界を生成し、スピノの尻尾に乗せて押さえた。


 走れども走れども前に進めず、漸くおかしいことに気づいたスピノ。

 キョロキョロと周囲を確認して振り返る。

 固定された尻尾を見た後、少女へ視線を移した。


 目が合う。

 魚を獲ってくると息巻いて結局獲れず終い。

 浮かべた愛想笑いは気まずさか、強大な力への畏怖か。


「や、やあ」


 体の割に小さな手をヒラッと上げて挨拶。


 少女はその態度が不満なのか腕を組み、首を大きく横に振った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ