第33話 因果応報
「君は……さっきのキューティクル少女」
傭兵ギルドを後にしようとしたラヴィポッドが顔を上げる。
声をかけてきたのは、全身鎧を着こんだ二メートル越えの女だった。
クジラのような尻尾が揺れている。
「はっ……」
ラヴィポッドは女の姿を見て一瞬硬直。
振り返り、逃げ出そうとするが。
「ま、待てっ……!」
鎧女は瞬間移動にも近しい速度で回り込み、ラヴィポッドの両脇を支えて持ち上げた。
触れるだけで傷つきそうな尖った部分の多い鎧だが、持ち方が上手いのかラヴィポッドの服が破けたりはしなかった。
「……」
鎧女はじっとラヴィポッドを見つめる。
すると、視線を逸らされた。
(怪しい。巨大生物が発生した現場にいたことも、傭兵ギルドから出てきたことも)
鎧女を見ただけで震え上がるほど臆病な少女が傭兵ギルドなど訪れるだろうか。
むしろ最も縁遠い場所といっていい。
(あまりの愛らしさに見逃してしまったが、この少女は何か隠している……)
明らかに普通の少女ではない。
鎧女はラヴィポッドが巨大生物発生について何か知っていると睨んでいた。
「傭兵ギルドで何をしていた?」
しかしラヴィポッドはまたしてもブンブンと首を横に振る。
「か、かわ……っ、もう誤魔化されないぞ! 傭兵ギルドで何をしていたか話すまで下ろさないからな」
危うく同じ過ちを繰り返すところだった。
咳払いをして何とか気を持ち直す。
「ひぃ! しゅ、就活に失敗してました……!」
呆気なく脅しに屈したラヴィポッドがありのままを話す。
「就活……? ……傭兵になりたいのか?」
「も、もうなりたくないです! 危ないのは嫌なんですから!」
「危ないのが嫌なら尚のこと何故ここに来た……」
どうも話が容量を得ないが、それも仕方ないだろう。
支離滅裂だが嘘や適当を言っているわけではない。
そもそもの行動が合理性に欠けているだけで。
「は、話しましたよ……おおおろしてください」
「そういう約束だったな」
ラヴィポッドに言われ、鎧女は素直に下ろそうとするが、
「話はまだ終わっていない。逃げるなよ?」
予め釘を刺しておく。
「……も、もちろんですとも!」
若干の間と口調が気になるが、約束通りラヴィポッドを下ろした。
するとラヴィポッドが鎧女の後方を指差す。
「あ、あんなとこに長ネギでチャンバラしてる人がっ!」
言われて後方を確認する。
しかしどこにも長ネギでチャンバラしている不届き者はいない。
「どこだ? そんな不届き者、見当たらないが……」
振り返ると、ラヴィポッドの姿がなくなっていた。
少し遠くに目を向ければ、プリン頭の銀髪が元気に揺れている。
なんという逃げ足の速さ。
「……小賢しい真似を」
鎧女は脚の筋肉に溜まったマナを一部開放し、爆発的に加速。
走るというより水平に跳んだ、といった方が近い。
どこまでも伸び続ける大きな一歩。
瞬時にラヴィポッドに追いつき、その身を小脇に抱える。
地を踏みしめ片手をついて徐々に速度を落としていった。
きょとんとするラヴィポッド。
何が起きたのかわかっていないらしい。
しかし状況に気づいたのかギギギと顔を上に向ける。
「次逃げたら縛り上げる」
「ひぃぃ!?」
上手く撒いたとでも思っていたのだろう。
鎧女は深くため息を吐く。
「事件現場にいた理由は?」
懲りずに逃げ出しそうなので小脇に抱えたまま尋ねる。
「さ、探し物を……」
「探し物とは、何だ?」
「お、お金です」
「落としたのか?」
「……」
俯くラヴィポッド。
落ち込んでいるのだろう。
事情は分かった。
だが引っかかる部分もある。
「それで何故あの場所に来る? 君の家でもないんだろう?」
落としたのならその時間帯に通った場所を探すはず。
氷漬けの住人を見ていた淡泊な反応からして、自宅でも知人の家でもないのだろう。
「え、えっと……」
「……詳しく話してみろ」
言葉を濁していたラヴィポッドだが、ぽつりぽつりと語りだす。
ツバティカ航空を利用してコーハンの街へ来たところから、事件現場に行くまで。
ゴーレムの部分だけ隠し、それ以外の全てを語った。
「……因果応報、か」
事の経緯を聞いてラヴィポッドの言葉を思い出す。
案内を名乗り出たスーツの男。
ぶつかってきた青年。
その後、スーツ姿の男が激昂。
何故かバックパックが開いていた。
話を整理すると大方の予想はつく。
「青年に金を盗まれたと考えたわけだ。それで追いかけていたところ、事件に巻き込まれたと」
事件現場でラヴィポッドが見ていた氷漬けの青年。
彼がぶつかった犯人なのだろう。
「? ……そ、その通りです!」
鎧女が何を言っているのかわからないが、ラヴィポッドは誤魔化せたと判断して話を合わせておく。
「あの青年には暴行を受けた形跡があった。恐らく君を案内したという男、そいつも金を狙っていたのだろう。その二人の間で争いが起きた。だとすればいま金を持っているのは……」
話の途中、腕を組んで考えていたラヴィポッド。
そこまで言えばお金の行方を理解できたのか、鎧女と目を合わせる。
「あ、あなたですか……?」
「……違う。君が悪人に狙われそうなのは理解できた」
今の話で何故そう思ったのか。
話を聞いていても感じたが、抜けている部分があるのだろう。
ビクビクしているところも狙われやすさを助長している。
「いま金を持っているのは君を案内した男だろう」
「な、なんでわかるんですか!?」
「その説明をしていたつもりなのだがな」
片手で頭を抱える。
「氷漬けになっていた連中だが、今頃は救出されているはずだ。目を覚ませば兵士によって取り調べが行われる。その時に君を案内した男についても聞き出すよう掛け合うのが良いと思うが……私が話を通しておこうか?」
「な、なんで助けてくれるんですか……?」
向けられた眼差しには警戒が含まれている。
当然だ。
他人に金を盗まれた後、他人を信用できるはずもない。
「私も君くらいの頃に苦労したから、放っておけないのかもな……」
「そ、そうなんですね……」
「信用できないのも無理はない。だが君一人ではできることにも限度がある。ここは私を利用してやる、とでも思っていてくれ」
迷っているのかラヴィポッドの視線がチラチラと行ったり来たりしている。
ややあって俯きがちに鎧女へ視線を向けた。
「せ、精々扱き使ってやりますよ?」
これでいいのだろうかと、ラヴィポッドが首を傾げながら言う。
「その物言いは話が変わってくるな。調子に乗るなよ?」
「ひぃ!? ……よ、よろしくお願いします!」
「任せておけ」
簡単に言い包められたことに鎧女は苦笑する。
これは益々放っておけないな、と。
早く動くべきだと判断し、ラヴィポッドを抱えたまま歩き出した。
「ど、どこに行くんですか?」
「傭兵ギルドだ。ギルドマスターなら兵士にも伝手がある」
「よ、傭兵さんなんですか?」
「まあな」
そうしてラヴィポッドは女傭兵セファリタとともに、傭兵ギルドに逆戻りすることとなった。
◇
「あ、セファリタ……とさっきの女の子?」
傭兵ギルドに入ると、受付嬢が鎧女──セファリタに手を振った。
抱えられているラヴィポッドを見て首を傾げる。
「どういうつながり?」
「つながりも何も、会ったばかりです。ギルドマスターと話がしたいのですが」
受付嬢の表情が真剣なものに変わる。
傭兵ギルドのトップに用件。
それほど重要なことなのだろう。
チラリと小脇に抱えられたラヴィポッドを見る。
彼女に関係した話だろうとは想像できるが……
「……急ぎ?」
「早い方が助かります」
「わかった。ちょっと待ってて」
受付嬢がカウンターを出て階段を上っていく。
「せ、セファリタさんっていうんですね。受付のお姉さんより年下なんですか?」
ラヴィポッドは問う。
受付嬢は見たところ二十代後半くらいだろう。
セファリタは全身鎧なので顔は窺えないが、落ち着いた話し方や背の高さから、それなりに大人だと思っていた。
だからセファリタが敬語を使い、受付嬢が砕けた口調で話していることに違和感がある。
「ん? 私は十八だから、そうなるな……そういえば聞いていなかった。君、名は?」
「ラヴィポッド、十歳です」
相手の年齢を聞いたので、ラヴィポッドも一応伝えておく。
「ラヴィポッド……かわ、珍しい響きだな。そ、そうか十にもなるのか。七、八くらいかと思っていた」
何か言いかけたセファリタが早口気味に誤魔化す。
「わ、わたしも傭兵さん四十歳くらいだと思ってました……」
「……やめろ、普通に傷つく」
ラヴィポッドの言葉が槍となってセファリタの鳩尾を抉る。
思わぬ精神的ダメージで声のトーンも僅かに低くなった。
その後も他愛のない会話をしながら暫し待っていると、受付嬢が下りてきた。
「今時間作れるって。案内するね」
「お願いします」
「お、お願いします……」
そうして案内されたのは三階にある一室。
「失礼します」
「し、失礼します」
中に入ると、執務机に座った髭の似合う強面の男が視線だけ向けてきた。
彼こそが傭兵ギルドコーハン支部のギルドマスター、ゼルド。
ゼルド自身、元傭兵だがギルドマスターという役職に就いてからも鍛錬は怠っていない。
太い首に広い肩幅。
胸より上しか見えていなくとも、その鍛え上げられた肉体が彼のストイックさを表していた。
書類仕事をしている最中ですら隙を感じさせない強者特有の圧力。
現役の頃はさぞ名のある傭兵だったのだろう。
「少し掛けていてくれ」
「お忙しいところすみません」
「いい。先送りにして面倒なことになるのは避けたい」
セファリタは言われた通りソファに座り、抱えていたラヴィポッドも座らせる。
ラヴィポッドは震えながらキョロキョロと見回し、何となくダルムの執務室に似ているなと思っていた。
ダルムと話した経験がなければゼルドの顔を見て卒倒していただろう。
邪魔をしても悪い、とラヴィポッドとセファリタは静かにゼルドの仕事が一段落つくのを待った。
「悪い。待たせたな」
書類を片付けたゼルドがそう言って対面に腰を下ろす。
「それで、用件はなんだ?」
「実は……」
セファリタがラヴィポッドと事件現場で出会ったことや金を盗まれたこと、兵士への口利きを頼みたいことを説明する。
「なるほどな。窃盗の疑いがあるのなら兵士も協力してくれるだろう。口利きはしといてやる」
「ありがとうございます」
セファリタが頭を下げる。
ラヴィポッドも慌てて続いた。
色好い返事が得られて安堵する。
断られることはないと思っていたが、話してみるまでわからない。
これで後は取り調べを待つだけ。
話は終わった。
そう思っていたのだが、どうやらゼルドにはまだ話すことがあるようだった。
「こっちからも嬢ちゃんに聞きたいことがある」
ラヴィポッドがススッと居住まいを正す。
「な、なんですか……?」
「巨大生物発生の折、『岩の柱の先端に引っ掛かって泣き叫ぶ少女を見た』という報告が複数寄せられてるらしいが、これは嬢ちゃんのことで間違いないか?」
ゴーレムの元へ駆けつけた時のことだろう。
人混みの真上を通過したのだから見られていて当然。
ゼルドも既にゴーレムが起こした被害について報告を受けていたらしい。
「は、はぃ……」
それに関しては認めるしかない。
「岩の柱はかなり熟達した土魔術師によるものと推定されているらしいが、その土魔術師に心当たりは?」
「し、知らないです……」
ラヴィポッドは首を横に振って惚ける。
「そうか。じゃあ巨大生物発生の直前、笛の音が鳴り響いたとの報告も上がっているが、これも嬢ちゃんか?」
ゼルドの視線はラヴィポッドの首から下がるホイッスルに向けられている。
セファリタもホイッスルに視線を送りつつ二人の成り行きを見守っていた。
「ふ、吹きました……」
「ふむ。じゃあ肝心の巨大生物について何か少しでも知っていることはないか?」
「な、ないです……」
ラヴィポッドが視線を逸らし、これまた惚ける。
すると、ゼルドの目がスッと細められた。
「……私は楽器が好きでな。折角だ、ここでその笛を吹いてみてはくれないか?」
ギクリ。
緊張で強張ったラヴィポッドから冷や汗がダラダラと流れる。
気づいている。
良い笑顔を浮かべているゼルドは、十中八九ラヴィポッドとゴーレムに関連があると睨んでいたのだろう。
実はすぐ執務室に通されたのも、セファリタの連れている少女が件の少女かもしれないと勘づいたからに他ならない。
セファリタはラヴィポッドとの話の流れで金の行方についてばかり目を向けていた。
では結局、巨大生物出現は何だったのか。
ラヴィポッドが関係しているのではないか。
抱いていた疑惑が再浮上し、ゼルドとの会話で確信に変わる。
あ、こいつやってるな、と。
セファリタが疲れたように額を抑えて天井を仰いだ。
「こ、この笛は一日一回しか吹けないんです……」
もちろん嘘。
「ほう。どういう仕組みだ? 吹いても音が鳴らないのか?」
苦し紛れの言い訳をゼルドに詰められる。
「そ、そうなんですよ!」
ラヴィポッドは疑いを払拭するため、ホイッスルを吹く……振りをする。
大きく息を吸ってホイッスルに口をつけては頬を膨らませる。
それを何度も繰り返して笛が鳴らないことを訴えかけた。
「ほ、ほら……」
「因みになんだが……」
ゼルドがため息を吐き、話を切り出す。
「今回の巨大生物発生は他領からのテロ行為の線も視野に入れて調査が進められている。今ここで知っていることを話せば、内容によっては便宜を図ってやってもいい」
更に続ける。
「もしここで事実を隠し、後に嬢ちゃんが関係していたとわかれば……」
ラヴィポッドがごくりと息を呑む。
「最悪、処刑だろうな」
「ひぃぃぃぃ!?」
逃げ出そうとするラヴィポッド。
セファリタが呆れながら、その襟首を掴んで少し持ち上げる。
まだ走っているつもりなのか、地を蹴り損なった足が空中で回転していた。
「……それで、何を知っている?」
ゼルドのその言葉を皮切りに。
逃げることを諦めたラヴィポッドがソファに下される。
そして肩身を窄め、身を縮こまらせてゴーレムについて語りだした。




