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第27話 そして真実へ

「ブリザード……ゴーレム……」


 ラヴィポッドが石板に刻まれた名を辿々しく読み上げる。

 その勇ましい姿に、いつものラヴィポッドなら大興奮して狂喜乱舞していただろう。


 しかし今はまだ一度瘴気に侵された体が完全に回復しておらず、張り詰めた心は精神を徐々に疲弊させていた。

 その状況下でマナを吸い上げられ、体は限界を迎える。


 気を失ってしまう前に。


 薄れる意識。

 霞む視界の中、強く思う。


(一個だけ、言わなきゃ……!)


 巨大な白き氷獣、ブリザードゴーレムを見上げる。


 ユーエスはどこの誰とも知らぬラヴィポッドとアロシカを迎え入れてくれた。

 優しくしてくれた。

 自らが倒れるのも厭わず、残る力を全て使って助けてくれた。


 ユーエスの命の危機に、不思議と母の顔が浮かぶ。


 朝起きると居なくなっていた母。

「行かないで」も「一緒に連れて行って」も伝えられず、置手紙を見て涙した。

 いつも一緒だったから。

 食事の時も畑作業をする時も、家具に触れた時さえ母の面影を追いかけた。


 ──大切な人と会えなくなる寂しさを、知っているから。


「騎士さんを……助けて……」


 もう同じ思いはしたくない。

 何とかその言葉だけを紡ぎ、ラヴィポッドの意識が途絶えた。


 ブリザードゴーレムが倒れゆく主を摘んで頭に乗せる。

 フレイムゴーレムと目を合わせ、頷き合った。

 同じ主を戴くゴーレム同士、言葉がなくとも通じ合える。


 氷と炎の化身が共にユーエスの元へ歩み始めた。

 一歩進む度にブリザードゴーレムを中心に広がる銀世界が共に動く。

 ミシミシと大地を凍てつかせ己が支配域を誇示し続けていた。




「あれも、ゴーレムだというの……?」


 ルムアナが呟く。

 環境そのものが実体を持って迫ってくる圧倒的な存在感。

 人類より高い次元に位置するものを前にしているような、戦慄や尊崇の念が綯い交ぜになった感情が、圧迫感のある胸の内で激しく揺れ動く。


 ドリサ騎士団、アロシカやハニもブリザードゴーレムの威圧感を前に言葉を失っていた。

 無意識に後退る。


 我に返ったドリサ騎士は凍傷を防ぐため、足や手に纏った金属装備から優先的に外していった。


「本当に、団長を任せても良いのでしょうか……」


 ドリサ騎士がルムアナに本音を吐露する。

 あれがゴーレムならば味方であり、ユーエスを助けるために錬成されたものだとは分かっている。

 しかし、どうしても躊躇いが生まれてしまう。


 ストーンゴーレムやフレイムゴーレムに対しても、慣れるまでは得体の知れない怪物を前にするような心持ちだった。

 恐怖もした。


 だがブリザードゴーレムは更に一線を画す超常的な存在であり、その一挙手一投足に不安を抱かずにはいられない。

 動くだけで周囲に甚大な影響を及ぼす白き獣。

 その影響が果たして人にとって良いものとなるだろうか。


「今は、信じましょう」


 ルムアナとて気持ちは同じ。


 だから信じることにした。


 ブリザードゴーレムではなく、


「……ラヴィポッドを」


 ユーエスと共に死地を行き、助けようと足掻いていた少女を。


 ブリザードゴーレムとフレイムゴーレムが、ユーエスの側で止まる。

 ストーンゴーレムが近づくと、ブリザードゴーレムはラヴィポッドを摘まんで託した。


 ストーンゴーレムは割れ物でも扱うかのような慎重さでラヴィポッドを受け取る。

 寝心地が良いとは決して言えない石の体。

 少しでも主に衝撃を与えないようゆっくりと動いた。


 そしてついに、ブリザードゴーレムが主からの命を果たさんと動き出す。


 ユーエスの樹木化した腕にチョン、と爪を当てた。

 水色の輝きとともに、腕がパキパキと凍りついていく。


 それから暫し時間を置く。


 極寒の冷気によってユーエスを侵食していた瘴気は力を維持できなくなり、死滅していった。

 腕から不吉なエネルギーが消えていく。


 頃合いをみて氷を解いた。


 樹皮が、パラパラと剥がれ落ちる。

 ラヴィポッドの時と同様、無事治療が成功したかに思われた。


 しかし、そう簡単にはいかない。


 姿を見せたユーエスの腕は腫れ、ところどころ紫色に変色してしまっていた。


 ……凍傷だった。


 守護対象を守り、敵だけを凍てつかせる。

 ユーエスの理想とする騎士の在り方を体現した性質。

 生涯を賭して辿り着いた魔術。

 それを受け継ぐことが出来ていれば、凍傷など表れない。


 魔術を取り込んだだけでは、その極地を再現するには至らなかったようだ。


 空かさずフレイムゴーレムが手を翳して熱を送る。

 少しでも後遺症が残らないよう腕を温めていく。

 これで綺麗に治るかはわからない。

 最悪の場合、壊死してしまう可能性だってある。


 ただ、凍傷の後遺症は残るかもしれないが少なくとも樹木化は……


「治った、と言っていいのよね……」


 固唾を呑んで見守っていたルムアナたち。

 

 得体の知れない症状、治療法も何も確率されていない病。

 治す手立てのなかった樹木化が解け、禍々しい瘴気による影響を排除できたことに、張り裂けそうだった胸が安らぐ。


 あとはユーエスが起きるのを待つのみ。

 酷い怪我に、マナ欠乏、瘴気の浸食。

 体は弱り切っている。

 数日眠ったまま、ということも十分有り得るだろう。


 次いでストーンゴーレムの手の中で眠るラヴィポッドを見る。


「……お疲れ様」


 あどけない寝顔。

 眠っていれば、魔術さえ使わなければ手放しにかわいいと思えるのに。

 そんなことを考え、ルムアナの頬がふっ、と緩んだ。


「帰りましょう」


 二人とも、一刻も早く安全なところで眠らせてあげたい。


「ええ。しかしその前に……ゴーレムに我々の意思を伝えることは出来ないのでしょうか?」


「どういう意味?」


 騎士の提案にルムアナは眉をひそめる。

 この状況で何を言い出すのかと。


「瘴気を発生させている樹木。あれを倒さぬ限り汚染地帯が消えることはないでしょう。ですが情けないことに我々騎士団は満身創痍。戻ることも考えますと、あの大木を倒すだけの余力は……」


 瘴気の木。

 ここで元凶である大木を倒せなければ出直すことになる。


「団長を追い詰めた者の存在もあります。同じ手合いが再び現れないとも限りません。もう一度、生きてここまで辿り着ける保証はないのです。ここまで来て元凶を断っておけないのは……あまりにも惜しい」


「……そうね」


 騎士の言うことは尤も。

 ゴーレムの力を借りられるのなら、ここで瘴気の木を倒すことが出来る。

 できることなら二度とこんな危険地帯には来たくないのだから。


「私が頼んでみるわ。無理なら……かわいそうだけれどラヴィポッドに起きてもらいましょう」


 ルムアナの頼みをゴーレムに聞いてもらえなかったとしても、ラヴィポッドを少しだけ起こしてゴーレムに指示してもらえば確実だろう。

 ただ、出来れば疲れている少女を無理やり起こしたくはない。

 ルムアナはその事情も含めて説明してみよう、とストーンゴーレムに近づこうとしたが……


「子どもから睡眠を奪うのは……良くないよ」


 その足が、聞きなれた声に引き留められる。


「ユーエス!?」


「団長!?」


 ユーエスが体を強引に動かし、ふらふらと立ち上がっていた。


 まだ動ける筈がない。

 動けたとしても、動かして良い状態じゃない。


 驚愕するルムアナとドリサ騎士。

 すぐに駆け寄り、ユーエスの体を支えた。


「まだ体を動かしてはなりません!」


「そうよ。後のことは任せて大人しく寝てて!」


 安静にするよう促す。

 今体を動かせば治るものも治らない。


 しかしユーエスは二人の手をそっと退けた。


「あの木は、あれだけは……僕が斬らなきゃ、いけないんだ……」


 一体何がユーエスを突き動かしているのか。


 ふらふらと歩いていくユーエスを、ルムアナは引き止めることができなかった。

 伸ばそうとした手が当てもなく彷徨う。

 いつも飄々として厳しい訓練も任務もそつなくこなす。

 そんな彼の必死な目を、初めて見たから。




 ユーエスが瘴気の木に近づく。

 木の側は瘴気が濃い所為か未だにフォールンが発生していた。


 襲い来るフォールンを、白き獣の氷爪が切り裂く。


『騎士さんを……助けて……』


 ラヴィポッドの意志は、まだブリザードゴーレムに残っている。


「助かるよ……」


 ユーエスはブリザードゴーレムに感謝して木の枝を拾う。


 もうマナもエーテルも残っていない。

 立っているのすら奇跡。

 疾うに限界を迎えた体は、痛みや不調で危険を訴えている。


 その上、手にするのは武器にしては頼りない、木の枝。


「やっと、あの日の元凶を、断ち切れる……」


 軽く振って感触を確かめ、構えた。


 瞳を閉じ。

 深く、深く息を吐く。


 自身の心の奥底に潜り、神経を研ぎ澄ませる。

 何ものにも弾かれぬよう、己が限界を超えて尚鋭く。


 極限の集中状態。


 周囲の喧騒すら遠ざかり、知覚するのは己と武器と大木のみ。

 武器は己に溶け込み、やがて身体の延長へ。


 力強く踏み込む。

 全身を巡る力の流れを掌握。


 生涯の経験、想い。

 全てを集約させ、木の枝を振るった。


 繰り出されるは、剣神の如き一撃。



『ミドくらい強ぇ騎士ならな、その枝の素振りで大木だろうがぶった斬んだ』



『ならもう木の枝で大きい木も斬れる?』



 いつかダルムが言っていた悪い大人の嘘も。

 無理を言うクシリアとの冗談めいた口約束も。



 ──その一撃が、真実に変える。



 瘴気の木に剣筋が走った。


 静寂が訪れる。

 何も起こらないと思った瞬間。


 ゆっくりと木がずれていく。

 斬られたことに遅れて気づいたように。


 両断された木が突如として弾け、紫の霧と成り果て飛散した。


 汚染地帯を形成していた半球状の霧が掻き消え、息の詰まる閉塞的な空間が開かれていく。

 そうして、色の欠けていた世界に夕日が差した。




「これで……認めてもらえるかな……」


 消えゆく大木を見もせず、俯いて呟く。


 もし、クシリアがどこかで見てくれていたなら。

「すごいすごい!」と褒めてくれるだろうか。


 そんなことを一瞬考えてしまったけれど。


 同じ樹木化に苦しむ少女を救って。

 元凶を断って。


 歩みだす決意をした一歩目で再び直面したのは、簡単に思い出せるあの笑顔をもう見れないんだという実感だった。


 曇ったままの心。

 晴れていく空を見上げる気には、まだなれない。


 辛いけど、これでいい。


 この悲しみの大きさは、彼女と過ごした時間の尊さでもあるから。


(忘れないで、持っていくよ……)


 踵を返す。

 声を掛けてくれる仲間たちのもとへ力なく歩いた。

 意識が遠のき、何を言われているかも聞き取れない。


 それでも彼ら彼女らの顔を見れば、自分がここに居て良いのだと思える。

 意識を手放し、仲間に体を預けた。


 ユーエスにとっては長く、時間にしては短い戦いを終え。


 憧れに手をかけた優しき騎士は、深い眠りについた。

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