38 死界の襲撃(ドリス視点)
大きな物音で目が覚めた。すぐに、街が大騒ぎになっていることに気付かされる。
私は飛び起きて身支度もせずに外に飛び出した。人々が北の空を眺めている。私もそちらに目をやった。
「う……、嘘……!?」
そこにはドス黒くなった空が見える。すなわち死界だ。そんなはずはない、何度繰り返してもこんな事態になったことはない。
部屋で通信魔導具が光っているのが見えたので、私は慌てて戻って確認した。
そこには、北の大聖堂の大転移魔法陣が勝手に起動し、東の果てからアンデッドたちが転移して攻めてきたという情報があった。
そんな、馬鹿な……。こんなことって……。
そういえば、悪魔アブタビムは、ジルヴァディニドを使っても記憶を引き継げるようなことを言っていた。つまり、繰り返しの情報を逆に利用されたということではないか。
「もう嫌だ……。そんなの、勝てっこないじゃない……」
昨夜、ルーツの恋人らしき女性が味方になってくれることを期待した私だったが、一人増えたところでもうどうしようもないという絶望感に襲われていた。
引き続き、通信魔導具に入ってくる情報は混乱しきっていた。生徒たちは養成アカデミーに集合という情報もあれば、集合せずに直ちに避難活動開始という情報もある。指揮系統が機能していなかった。だから、私も自分で判断する必要がある。
「皆と、合流しなきゃ……」
私はマヤ、ウィル、デルロイと連絡を取り、一旦落ち合うことにした。ルーツにも連絡したが、どういうわけか反応はなかった。彼も独自に動いているのだろうか。だとしたら、あの女性と一緒に行動を……?
今は余計な事を考えている場合じゃない! 私は気合を入れて自室を飛び出し、マヤたちと合流した。
「何でこんなことになってんだ!」
「死界に攻め入るための転移陣が逆に利用されてしまったのよ!」
デルロイの嘆きに私が答える。今回、デルロイたちにはまだ転移作戦の概要は説明もされていないから、概要だけ伝えた。
そして、マヤとウィルの様子は何かおかしい。まさか、昨日あたりにベルビントとの事で何かあったのだろうか。だとしたら、本当に最悪のタイミングだ。
「大変だ! あのドラゴンがこっちに向かっているぞ!!」
周囲にいたクラスメイトが叫んだ。
「何だと、あのアンデッド・ドラゴンのことか!?」
「そ、そんな……!?」
「行こう、皆!」
デルロイ、私、マヤが順に言った。私たちは北門に向かって駆け出した。ウィルは無言のままついてきてはいるが、やはり様子がおかしい。
北門には死界討滅軍の正規兵も多数来ており、北の様子を見ていた。私たちも望遠鏡で様子を伺うと、確かにあのドラゴンがこちらに向けて侵攻してきている。以前と同じ、凄いスピードだ。あっという間に街まで到達してしまいそうな勢いだった。
「何で……」
私は呟き、膝をつきそうになるのを必死に堪えた。
「おいドリス、大丈夫か!? ルーツと連絡は?」
「そ、そうか!」
デルロイに声をかけられ、私は通信魔導具を起動してルーツを呼んだ。
そうだ、まだ絶望するタイミングではない。あのドラゴンは、ルーツを含んだ私たちで倒すことができた相手じゃないか!
そう思い直した私だったが、ルーツは答えなかった。
「ルーツ、出ないの?」
「仕方ねえ、俺たちで出るぞ!」
マヤとデルロイが言った。しかし、あのドラゴン相手にルーツなしというのは……。ルーツ、どうして出ないの……。
『やあやあ、魔女一行の皆さん』
そこに悪魔アブタビムの声が響いた。
「なに、誰だ!?」
「こ、この声は!?」
デルロイとマヤが叫んだ。私だけではない、皆にも聞こえているようだった。
『私は悪魔アブタビム。デルロイ、マヤ、ウィル、魔女ドリスと共に運命を共にする若き戦士たち……、おや、ルーツはいないのかね? まあいい。君たち全員で見届けるがいい。君たちが向き合わなかったおかげで誕生する、死界の戦士を』
「死界の戦士?」
アブタビムの言葉に私が反応する。今度は何を企んでいるというのだろう。
『さあ、ウィル、目覚めの時だ。貯め続けたその憎しみ、今こそ解き放つ時だ』
「えっ……?」
貯め続けた憎しみという言葉に、私は顔から血の気が引いたような気がした。それはつまり、マヤとベルビントのことを言っている……?
「……」
ウィルは何も答えず、北に向かって歩き始めた。
「ウィル! おい、どうした!」
「ウ、ウィル!! 待って、どういうこと!!」
『どういうことはないだろう、魔道士マヤ。君がベルビントと不貞を交わし続けたことで、どれだけの闇がウィルの心を支配したと思っている?』
「ベルビントと不貞……? マヤ、てめえ、どういうことだ……!?」
「そ、それは……」
『はっはっは! 楽しいな楽しいな!! ウィルの心にはもう死界の誘いに抗う気力は残っていない! さあ、見届けよ、新たな暗黒の誕生を!』
そんな、まさか……。ジルヴァディニドによる世界の繰り返しを認識した上で、そんなことを狙っていたなんて……。
「ううう……、ぐああああーーーーーー!!!!」
ウィルの身体から紫色のドス黒いオーラが放たれ始めた。死界で見る、アンデッドたちがまとっているものと同じだ。
「ウィル!! おい、ウィル!!」
「そ、そんなっ!? ウィル、変な声に惑わされないで!!」
「ウィル!! アンデッドになんかなっちゃ駄目よ!!」
デルロイ、マヤ、私がウィルにすがり、必死に叫んだ。北門の近くだったから、周囲の人も含めて大騒ぎになった。
ウィルから閃光が放たれ、私たちは吹っ飛ばされた。すぐに受け身を取って起き上がると、ウィルの身体は紫に変色し、目は赤く光り、人間とは思えないモノへと変貌していた。
「ち、畜生! ウィルがアンデッドにだと……!?」
「ウィル……、嘘……」
デルロイとマヤが呆然としている。私もだ。まさかこんなことになるなんて……。
「ふーっ、ふーっ」
ウィルは人語を忘れてしまったかのように息を吐いている。
『どうだ魔女ドリス? 君が繰り返しの中で疎かにしてきたウィルの憎しみを見た感想は?』
「ウ、ウィルの憎しみ……?」
『ウィルの心が無事だったとでも思ったか? 愚かだなぁ愚かだなぁ。はっはっは、そうだ、君のせいでもあるのだよ、この事態は』
「私の……せい……?」
『何ならまたやり直し魔法を使ってみるか? しかし、もうウィルの心の闇の蓄積は十分だ。アンデッド化は止められないぞ』
それを聞いた私は今度こそ膝をついた。それなら、もうジルヴァディニドを使っても無駄じゃないか……。ウィルを救えないなら、マヤも立ち直れないだろう。万が一戦いを勝ち抜いても、マヤの隣にウィルはいない。それでは、マヤが……。
『あーっはっはっは、良い顔だ、魔女よ!! 入念に計画を練った甲斐があった! 人間が絶望する様は私の大好物だからなぁ!』
「く……!!」
何も言い返せない。ウィルの心に寄り添わなかったのは私。ぐうの音も出ない事実。それが、ウィルをここまで追い詰めてしまった。
『さあ、ウィル、こっちに来い! 北に広がった死界の瘴気を吸収しろ。そしてさらに強大な力を手にするのだ』
アブタビムの声の通り、ウィルが北に向かって歩き始めた。
デルロイとマヤはそれを止めようと立ち上がったが、ウィルが放った闇の力であっさりと倒されてしまった。
「な、何だこの力は……」
「あぅぅ、ウィル……、行っちゃ、駄目……」
デルロイとマヤが倒れながら呻く。
『さあ、どうする魔女よ。お前も無駄にウィルを止めてみるか? それとも魔女の秘法とやらを今使うか? 時を戻せば、もう少しマシな状況に出来るかもしれんぞ』
時を戻す? そうだ、私にはまだそれがある……。けれど、ウィルがアンデッド化するのをもう止められないというなら、状況を切り開く手段は無いのでは……?
いや、ウィルを止められないなんて、アブタビムが言っているだけじゃないか! 根拠なんてない! だったらやり直せばまだどうにか出来るはず! 私たちの目の前にはあのドラゴンも迫っている。デルロイとマヤがダウンしていて、ウィルもいないのなら、ここで撃退するのは難しい!
私はそう思って、口を開いた。
「発動せよ……」
『くっくっく、いい選択だ。次も期待しているぞ』
アブタビムの声がよく聞こえた。まるでスローモーションだ。
「ジルヴァ……」
「駄目です!!」
女性の怒鳴り声が響き、何かが私の口を塞いだ。
「むぐ……」
『ん、何者だ……?』
アブタビムが呟いた。私も何に止められたのか分からず、後ろを振り向いた。
そこには昨日ルーツと一緒にいた女性が立っていた。左手から水と土の混合魔法のようなモノが私の方に伸びている。これが私の口を塞いでいるようだ。
「あなたがドリスですね? 私はサナ。ルーツの知人です」
サナ? サナというのか、この人は。ルーツの知人だなんて、ならばやっぱりこの人がルーツの想い人に違いない……。
「ドリス、それはもうこれ以上は駄目。世界の存亡に関わるから」
「そ、それはどういう……?」
サナが魔法を解除し、私の口が自由になり、私は疑念を返した。
「説明している時間がないの。ドリスの疑問は後で全て解消する。それは、絶対に使わないで」
サナが眼前まで来て、私の肩を掴んで言った。真っ直ぐな目だ。自分を信じろと言っているかのようだった。
『やり直しをしないのなら、ここで終わりだ。ドラゴンに滅ぼされるがいい』
「悪魔アブタビム、趣味の悪いことですね」
『むっ、お前には話しかけていないつもりだったが、無理やり聞いたか。手練の魔道士のようだな、サナとやら。だが、どうするのだ、この状況?』
ウィルはどんどんと歩き去り、代わりにアンデッド・ドラゴンが瘴気を撒き散らしながらこちらに走ってきている。デルロイとマヤは倒れているし、私も立ち上がってこのサナという魔道士と戦うべきだろう。
ルーツとの事で嫉妬するのは後にしなければ。今は、目の前の危機を乗り越えるのが先決だ。
私はそう思って立ち上がって杖を構えると、サナに静止された。
「えっ……?」
サナの意図が分からず私が呆けていると、サナは右手の杖を前に突き出した。そしてその杖が眩いほどに光り輝く。
「な、何だその魔力……!?」
デルロイが倒れながらも驚愕の声を上げる。それはそうだ、こんな魔力、見たことがない。ルーツでさえ、これほどの力は出せないはずだ。
サナが何かを呟くと、杖から光線が発射され、一直線にドラゴンの方へ向かっていった。そして、ドラゴンを爆散させてしまった。
「は……?」
私は思わず口にした。デルロイたちも、周囲で見ていた正規兵たちもそうだったと思う。
あのドラゴンを、ルーツを含んだ私たち五人のパーティで一時間超えの死闘の末にようやく倒したあのアンデッドを、このサナという魔道士は一撃で滅してしまったのだから。




