36 利用される心の闇(ウィル視点)
マヤの様子がおかしい。明らかにマヤが僕と二人きりになるのを避けていた。そして、頻繁にベルビントのリハビリに付き合うようになったと思う。
そう思い始めた時、おかしな声が僕の頭に響くようになった。
『ウィル、かわいそうなウィル。マヤとベルビントの関係に、お前はもう気づいているのだろう?』
「黙れ! マヤがそんなことをするはずないだろう!」
『そうは言っても、疑念を感じているな? 分かる、分かるぞ』
「……」
マヤがベルビントと……? けれど、確かにそう仮定すると辻褄が合うことが多い。マヤは何かとベルビントのところへ行きたがったからだ。
『それが確信になった時、お前の心は折れる。楽しみにしているぞ』
「消えろ! 消えろよ!」
僕は思わず叫んだ。そこは僕の自室だ、誰もいない。それなのに頭に響いたあの声は一体何なのだろう。
「……」
アカデミーに行く前、僕はマヤに声をかけてみることにした。通信魔導具で連絡を取り、一緒に登校するために合流する。
「ウィル、お待たせ」
「うん……。じゃあ、行こう」
僕が恐る恐る手を出すと、マヤは繋いでくれた。この程度のスキンシップを嫌がられてはいなかったが、これすらも拒否されるのではないかと心配だったのだ。
「ねえ、マヤ」
「ん?」
「今日のアカデミーの後は、時間ある?」
「えっ……と、ごめんね。今日もちょっと家のことが忙しくて……」
「……そっか。分かった」
「うん……」
家のこと……か。上手い言い方だ。もし本当にベルビントと密会しているのだとしても嘘にはならない。ベルビントはフォスター家で預かっている避難民なのだから。
「ベルビントは……」
「えっ、ベルビント!? ……ああ、元気よ! 体調もかなり良くなってきたみたいだから!」
「……」
話題を遮られて話を逸らされてしまった。疑念が深まっていく。マヤ、嘘が下手だな……。
◇
アカデミーは相変わらず自習だ。僕も魔導具スーツの整備をしつつ、自主訓練に励んだ。気を紛らすように、デルロイと模擬戦をしたりしてみた。特殊ルールだったけれど、初めてデルロイから一本を取れたのが嬉しかった。
その後、ルーツに検査室に連れていかれ、何やら魔力を調べられた。魔力そのものの訓練時間が減った影響を見たらしいが、特に問題はないということだった。ルーツがそう言うのなら間違いないのだと思う。彼は、デルロイやマヤすら凌駕する魔道士なのだから。
日が暮れる頃になり、僕はアカデミーを後にした。ルーツはとっくに帰ってしまったし、ドリスはどこかに行っている。デルロイは同級生に連れられて夕食を取りに行ったから、特に一緒に帰る人もいない。僕は気を紛らすように訓練に長時間没頭していたから、他の同級生は皆とっくに帰宅している。
一人でトボトボと歩き始めると、またあの声が頭に響いた。
『ウィル、いくら訓練で気分を誤魔化そうとしても事実は変わらないぞ』
「またお前か! どうして僕にそう構うんだ!」
ルーツかデルロイに相談すれば良かっただろうか。この声は怪しすぎる。
いや違う。結局、僕はこの声の言っていることを否定できなかったんだ。何かを知っているのなら教えてほしかったのだ。
『今、マヤはベルビントの部屋でお楽しみ中だぞ』
「……いい加減にしろよ」
『嘘など言わぬよ。お前も答えを教えてほしかったから、おかしな声が頭に響くなどという怪奇現象を誰にも相談しなかったのだろう?』
「……」
『マヤの部屋に行って待ってみろ。マヤは恐らく真っ直ぐ帰ってくる。そこで帰ってきたマヤを見てみろ。そこでお前は事実を確認できる』
「……ははっ、マヤが白だということが分かるだけだよ」
強がりを言った僕の声は震えていた。
『そうだ、行ってこい。それがお前のためだ』
◇
僕はマヤの部屋の近くに潜んだ。見知らぬ男だったら不審者だが、僕がマヤと付き合っていることは周辺住民は知っている。だから、僕は彼らと会釈をするだけだった。
やがて、マヤが帰ってきた。少し頬が紅潮しているように見えるのは気の所為だろうか。
「……」
マヤが自室の部屋を開けるタイミングで、僕はマヤの前に姿を見せた。
「やあ、マヤ」
「えっ、ウィル!? ど、どうしてここに!?」
「どうしてってことはないだろ。会いに来たんだよ」
「き、今日は予定があるって言ったじゃない!」
「終わったから帰ってきたんでしょ?」
「そ、それは……」
マヤは明らかに動揺している。くそ……、やはり、事実なのか……。
『部屋に入れウィル。そうすれば真実が近づく』
「……お土産持ってきてるから、一緒に食べようよ。入るよ」
「ま、待ってウィル! 散らかってるから!」
マヤが言い終わる前に僕は部屋に上がり込んだ。マヤは明らかに困った様子でついてきた。
この部屋で逢瀬を重ねた数は僕とて少なくはなく、どこに何があるのかは知っていたから、持ってきたお菓子を広げてテキパキとお茶の用意をした。
「座りなよ、マヤ」
「う、うん……」
僕とマヤは隣合わせに座った。緊張感が漂っている気がする。大体、マヤの香水が何かを誤魔化すようにいつもより濃いんだ。
「マヤ、今日、どこに行ってたの?」
「え……? い、言ったでしょ、家の用事よ!」
『つまりベルビントのところだ』
「どこに、って聞いたんだよ」
「え、そ、そっか。えっと……」
『ベルビントという男は女を狂わせる術を心得ているのだろうな。だからマヤはあの男に狂ったのだよ』
「……うるさいな」
僕のその呟きはマヤに対してだったのか、頭に響く声へだったのか。しかし、もうどっちでもいい。
「え?」
「もういい!!」
「ちょ……、きゃあっ!?」
僕はマヤをソファーに押し倒した。制服に手をかけ、剥ぎ取ろうとする。
「や、やめてウィル!! 駄目よ!!」
「何が駄目なんだ! 見られちゃマズい何かがあるのか!!」
マヤは僕の手を掴み、やめさせようとする。しかし、事実を確信した僕の手が止まらない。
「い、いやあ!! ウィル、見ないで!!」
上着のボタンが外れ、左右に分かれる。マヤは苦し紛れに首に手を当ててそこにあった何かを隠そうとした。
『盛大に痕がついているんだろうなぁ……。それはそれは気持ちよかったんだろうなぁ……。さあ、確認せよ、ウィル』
「……」
僕は抵抗するマヤの手を掴み、どかした。そこには、何かに吸い付かれて赤くなった痕があった。
「ぐっ……!!」
途端に頭に血が登る。マヤはベルビントと床を共にした帰りだったということだ! そのまま上着を破れてしまうかのような剣幕で脱がし、胸衣も剥ぎ取った。
「……何なんだよ、これ」
歯型がついている。頭に登っていた血が今度は一斉に下がってくるような感触がした。僕は絶望に青ざめたのだろうか。僕の声色は相当に狂っていたのだと思う。マヤは抵抗するのをやめた。
「ウ、ウィル……?」
マヤが恐る恐るという印象で僕を呼ぶ。はだけさせてみれば、他にも色々と痕が残っていた。ようするに、ここまで激しい行いをベルビントとしてくる予定があったから、今日は僕との時間は作れなかったと、そういうわけだ。その後に僕と何かがあったらバレるから!!
「君が……こんなことをするなんて……」
「ご、ごめんなさいごめんなさい!! 許して!! 許してよぉ、ウィル!!」
マヤは上半身がはだけたまま僕に抱きつき、寝かせようとしてきた。
「や、やめろ、マヤ!」
「好きにしていいから!! お願い捨てないでウィル!!」
ふざけるなよ! いくら何でも、他の男との行為の痕が残っている君を抱けというのは、頭のおかしい提案だぞ、マヤ!!
『はっはっは、楽しいなぁ、ウィル!! どうするウィル! どうせその女の言う通りにしても、君はベルビントほどマヤを満足させられまい。だからマヤはベルビントと不貞に走ったのだからなぁ!』
「うるさい!!」
「ウィル、お願い!!」
『ウィル! 死界の力を受け入れろ! 目の前の憎い女に復讐できるぞ?』
「復讐なんて……僕は!」
『ならば、暗黒の力でマヤを嬲れ! 人の身では味合わせることができないほどの快楽をその女に喰らわせられるぞ! そうすればベルビントなど敵ではない!』
「僕……は……」
「ウィル!!」
「っ……!?」
マヤが僕に無理やり口づけをした。その時、何かがマヤから僕に流れ込んでくるような、不思議な感じがした。それが何だったのかは分からない。もしかすると、ベルビントが使った魔法だったのかもしれない。そうだったら屈辱的だが、その何かが流れ込んでくる感触があまりに官能的で、僕の理性が吹っ飛んでしまった。
先ほどまでの怒りよりも劣情が勝ってしまい、僕はマヤを貪った。
「あっ……、う……」
マヤが声を上げる。
怒りも忘れていなかったから乱暴になってしまったのかもしれない。けれど、ああ、やっぱ良いんだな……。マヤを抱きしめると、それだけで僕は満たされていく。ベルビントが残した痕を嬲る度に涙が出た。
もう何が良かったのか嫌だったのか分からない。けれど、結局僕はマヤと一線を越えた。
◇
「はぁっ、はぁっ……」
「はぁっ、はぁっ……」
終わった時には、二人で息切れをしていた。しかし、その途端に僕は泣き出してしまった。
「ウ、ウィル……」
マヤが僕を抱き締める。それがあまりに惨めで、悔しかった。
怒りをぶつける機会を失った。それが余計に僕の心に影を落とした。抱いてしまった後になっては、やっぱり嫌だと突き放し辛い。
『くっくっく、おめでとうウィル。お前の心の闇は十分に増幅されたぞ。後はそうだな、タイミングだな。絶好の舞台を用意してやろう』
頭に相変わらず声が響く。
ああ、もうどうでもいい。お前が何者かは分からないけれど、マヤの不貞を暴く助けにはなった。何が目的か知らないが、勝手にしろ……。




