34 自覚する想い(ドリス視点)
「マヤ……」
私はため息と共に呟いた。
マヤとベルビントの密会をまた見てしまったのだ。以前は私が感情的になってマヤに掴みかかってしまった。今回は激しい嫌悪感を抱えつつも、この場で行動を起こすことは堪えた。
「どうすれば良いの……」
最適な動き方は依然として分からない。結局、マヤとベルビントの不貞は止められないから、早いうちに暴露してマヤとウィルの関係修復に動くのが良いのだろうか。
「何でベルビントなのよ……」
マヤはウィルを愛している。それは何度も繰り返す世界の中で見てきたから疑いようのない事実だ。なのにあそこまで別の男に溺れてしまうとは……。そんなに良いのだろうか……。
「…………」
少しだけ、私も全てを捨てて男に狂ってみても良いのだろうかと、馬鹿なことを考えてしまった。しかし、すぐに頭を振ってその邪念を振り払う。そんなこと、許されるはずはない。私にはマヤを救う使命があるのだから。
けれど、その使命って何でだったっけ……? マヤが友達だから? 母にマヤのことを託されたから? 何でこんなに苦労しているんだっけ……?
もちろん、そもそも死界を何とかできなければ私だって死ぬんだから頑張らないといけない。アンデッド・ドラゴンを倒して、あのアブタビムとかいう悪魔をどうにかして、東の最果てにいた巨人アンデッドを……。
頭が混乱しながら道を歩く。すると、ふと見知った男性が歩いているのが見えた。
「あ、ルーツ……」
自然と自分が笑顔になったのを感じる。私はどうやらルーツに随分と依存してしまっているらしい。
頼りになるだけではない、『助けて』という約束を交わした人なんだから。あ、いや違う、その約束をした世界は巻き戻ってしまったんだっけ。どうだったか、もう思い出せない。
異世界から来た魔道士というのは最初は驚いたが、納得感はある。この世界の常識とは異なる魔法の知識を備えているのだから。
しかし、ルーツに歩み寄ろうとした私は絶句し、立ち止まってしまった。
「え……?」
ルーツが女性と寄り添って歩いている。それだけなら珍しくない光景だ。養成アカデミーの生徒だって、随分とルーツを頼っている娘も多いし、それは男女問わずという印象だ。
しかし、今歩いているルーツは見たこともない穏やかな表情をしている。明らかに隣の女性が特別な人なんだと思い知らされてしまう。
ルーツの隣を歩く女性は、とんでもない美人だった。そして、抑えていても魔力に溢れているのが分かる。きっと凄まじい魔道士なのだろう。当然だ、あのルーツの関係者だというのなら。
けれど、私は心が引き裂かれる想いだった。
「恋人は、いないって言ってたじゃない……」
私はルーツとその女性から逃げるように駆け出し、家までの道を走り、自室に飛び込んだ。
「嘘でしょ……。私、ルーツのこと……」
好きだったらしい。頼りにして、依存していくうちに、あのどこか闇を抱えている魔道士のことが、私はいつの間にか好きになってしまっていたようだ。そうでなかったら、恋人と思われる女の登場にこんなに動揺したりしない。
「何でこう、嫌なことばかり起こるのよ!!」
私は叫び、ベッドに突っ伏して泣き始めた。あんまり大声で泣いたせいで、隣人に心配される事態にまでなった。
最近、泣いてばかりだな、私……。
疲れたなぁ。何もかも上手くいかない……。ねえ、お母さん、私、どうしたらいいのかな……。
泣き疲れた私はそのままベッドで眠ってしまった。
◇
ふと目が覚めると、もう夜だった。そういえば夕食もまだだった。
私はベッドから起き出た。目が痛いので洗面台に向かい、顔を洗う。鏡には泣き腫らして酷い顔の女が映っていた。ルーツの隣にいた女性の凛々しさとは比べ物にならない。
「はぁ……」
ルーツへの想いを自覚してしまった今、彼とどう接すればいいのか。ルーツを奪うような真似は駄目だ。そんなの、ベルビントと同じじゃないか。
「綺麗で強そうな人だったな……」
そう呟いたことで、私はようやく頭が回り始めた。
「あっ、そっか!」
ルーツが恋人に選ぶような人なのだ。抑えていても隠しきれないほどの凄い魔力の持ち主だった。だったら、一緒に戦ってくれたら死界との戦いが前進するかもしれないじゃないか!
それに思い至ったことで、私はようやく前向きな感情を取り戻すことができた。
今は、ルーツへの気持ちは忘れよう。今後のために、あの女性と話をするべきだ。私は心からそう思った。
けれど、結局この時の私はまだ頭が正常ではなかったのだと思う。今までその女性が一度も私たちの前に現れなかったというおかしさに、この時の私は気づいていなかった。




