31 悪魔との対峙(ドリス視点)
今回の死界進行は、運に恵まれたと思う。マヤとウィルとデルロイの人間関係のもつれが原因で連携に影響を及ぼしていたが、ルーツが上手くカバーしてくれたし、強力なアンデッドとあまり出くわさなかったから、私たちは東の最果てに進むことができた。
目の前にはアンデッド・ドラゴン。前回、ようやく倒すことができた強敵だ。五人の力を合わせなければ撃破は難しい。だから、今回はかなり絶望的だと思う。
「……」
正直、私は思考停止していた。だから、その攻撃に気づかなかった。
「ウィル!」
「えっ……」
マヤの叫びにウィルが呆けた声を出す。地面から突き出た攻撃がウィルを遅い、かばったマヤの胸部に突き刺さった。
「マ、マヤーーーー!?」
「マヤ!? しまった!!」
ウィルと私が叫び、マヤの元に駆け寄る。
「あ……はは。ドジっちゃったわ……」
「マヤ、そんな……!!」
「マヤ!! マヤ!!」
マヤ、私、ウィルが順に嘆く。
「バカ野郎! てめえ、ここで死ぬなんて許さねーぞ!!」
デルロイも駆け寄り、皆で必死に応急処置を始めた。今回は絶命するような怪我ではなかった。助けられるかもしれない。
「……何者だ?」
ルーツが呟いた。私はマヤの傷口を抑えながらルーツの方を見た。
ルーツは以前と同じようにマヤを防御しようとしたようだ。しかし、また魔法を消された。今回は魔法を消去した相手を確認した様子だ。
「お初にお目にかかる」
周囲に太い声が響き、私たちの前に一体の魔物が現れた。
人間の二倍はあろうかという体躯に仰々しいローブを羽織り、頭には二つの角。そして何より、その魔物から溢れている魔力は、巨城の最上階にいたアンデッドより遥かに強大だった。
「私はアブタビム。いわゆる悪魔という奴だ」
魔物が言った。
そうか、こいつが度々私たちに不意打ちを食らわせてきたんだ。
「悪魔……ですって……?」
マヤが横たわりながら言った。
「君たちの愚かさ、なかなかに楽しませてもらっているよ。特に魔女よ」
アブタビムが私を見ながら言った。
「魔女……?」
「何の話だ……?」
ウィルとデルロイが呟く。
「……ドリスは、力ある魔女の末裔。特に意味はないわ。強い魔道士の素質があるってだけよ……」
マヤがフォローを入れてくれた。
「強い魔道士の素質があるだけ? 分かっていないな……。」
アブタビムが笑っている。嫌な感じだ。まさか、ジルヴァディニドの事に感づかれているのだろうか。
『お前が世界をやり直していること、私は気づいているぞ』
「っ……!?」
私の頭にアブタビムの声が響いた。皆には聞こえていないようだった。
『記憶を引き継げるのが自分だけだと思い上がっていたのが、お前の落ち度だな』
さらにアブタビムの声が響く。
こいつが記憶を引き継いでいる……? なんて、ことだ……。ならば、私はずっとこの悪魔の手のひらで踊らされていただけということなのか。
「さあ、どうする魔女よ? あそこのドラゴンを倒せたところで、私を倒せると思うかね?」
「くっ……」
絶望感に私は歯を食いしばった。
アンデッド・ドラゴンだけでもここの五人が力を合わせてようやく勝てる相手なのだ。巨城の最上階にいるアンデッドはさらに強いし、目の前のアブタビムは人知を超えた魔力を持っている。
もうやり直すだけ無駄なのでは……? 私はそう思ってしまった。
「心が折れたか? 私には分かるぞ。ああ、良いなぁ。お前のような思い上がった人間が絶望する様は最高のディナーだ……」
「いかれた性格だなアブタビム。俺が知ってる大悪魔よりよっぽどたちが悪い」
「大悪魔? そんなものと会ったことがあるのか? ああ、そうか。お前のことも調べたぞ、ルーツとやら。それは別の世界を救った英雄の名前だ。ならば大悪魔などというモノと遭遇していたもおかしくはないか」
アブタビムがおかしなことを言った。
「別の……世界……?」
私は思わず呟いた。他の皆も次々と疑念を口にする。
「私は大樹ユグドラシルの情報に少しだけアクセスすることができる。そこで調べた。お前はサカズエとかいう創造神が創った世界を救った英雄ルーツだな? 異世界にやって来てまた世界を救う旅をしているとは、勇者気取りの愚か者め」
ルーツが、異世界から来た……? 思わぬ情報に私は混乱してしまう。
けれど、確かに辻褄は合う。ルーツと初めて会った時、ルーツは不自然なくらいこの世界の常識を分かっていなかった。異世界の人間だというのなら納得がいく。
「俺が英雄……? 笑わせてくれるな、悪魔よ。俺がそんなものに見えるとしたら、お前の目は節穴だ」
「はっはっは! いかにも英雄気取りが言うセリフだな。自分一人の力ではない、仲間がいたから勝つことができた、勇者と呼ばれる輩たちは決まってそういう事を口にする。虫酸が走るな」
「……話が噛み合わないな、アブタビム。そんな勘違いをするのならお前は所詮その程度だよ」
「言うではないか。なら、少しだけ見せてやろう」
アブタビムは拳を握った。すると、体内で抑えていた魔力が外に溢れ出した。
「ぐっ……!?」
「こ、これは……!?」
ウィルとデルロイが言った。マヤと私も呆然と悪魔アブタビムの魔力を見た。
こんなの、勝てるわけがない……。ルーツが異世界の英雄だというが、やっぱり人間の域の魔道士なのだ。こんな奴の相手をできるわけはない……。
アブタビムが地面に何らかの魔法を放つと、私以外の皆の足元から闇魔法と思われる波動が飛び出して取り込んでしまった。
「うぁあっ!?」
「ぐぁっ!?」
「がっ!?」
マヤ、デルロイ、ウィルが悲鳴を上げる。
「皆!?」
私はすぐ隣のマヤたちを襲う闇魔法を何とかしようと杖で魔法をかけたが、全く歯が立たずに弾かれてしまった。
「ちぃっ!!」
ルーツは見事に闇魔法を跳ね除け、アブタビムに飛び掛かった。
「おっと、流石は異世界の英雄! お前にはこいつの相手をしてもらおうか」
アブタビムが手をかざすと、巨城の前にいたアンデッド・ドラゴンがルーツの方に突撃してきた。ルーツは苦い表情をしてドラゴンを迎え撃つ。
「くっくっく、残りはお前だけだぞ、魔女よ」
「く……、この……」
私はアブタビムを火魔法で撃ったが、全く通用せず、アブタビムは笑い続けるだけだった。
「「「ぎゃあああ……!!」」」
マヤ、デルロイ、ウィルの悲鳴が一層大きくなる。闇魔法が彼らを焼き尽くしてしまいそうだった。ルーツはアンデッド・ドラゴンの相手で手一杯で助けに来られない。
「あ……、ああ……」
私は膝をついた。絶望感でどうすれば良いか分からない。
ふと、アブタビムに顎を掴まれた。
「せめて、五人で連携できれば私に一矢を報いることができるかもしれぬぞ? 次は人間関係に気をつけることだ……」
次? また繰り返す? それはそうだ、もうマヤたちを救うことはできない。ジルヴァディニドを使うしかない。
しかし、もう無駄ではないか。いくら五人で連携したところでこの悪魔をどうやって倒せというのか……。
目の前にいる悪魔の強大な闇の魔力が私の皮膚をジリジリと刺激する。とても嫌な感じだ。恐ろしくて、絶望的で、目から涙が溢れた。アブタビムはその様子が嬉しかったようで、なおも笑いを上げた。
悔しいけれど、もう駄目だ。身近で闇の魔力を感じているだけでこの不快感。闇魔法を直接喰らっているマヤたちはきっともっと苦しい。早く解放してあげなければ……。
「発動せよ……、ジルヴァディニド……」
私は力なくそれを宣言した。アブタビムは笑ったように思う。世界が停止して色を失った。
◇
「ドリス……」
「ゾリー……」
いつものように私の背後に魔女の使い魔が現れ、私に声をかけた。しかし、ゾリーの表情も硬い。それはそうだろう、ジルヴァディニドの残り回数も少ない中、新たな強敵が姿を見せたのだから。
「私、どうしたらいい……?」
「ごめん、ドリス。僕にも分からない……。強敵はアンデッド・ドラゴン、悪魔アブタビム、そしてあの巨城の最上階にいたアンデッドだ。せめて君たち五人の連携が上手くいけば……」
「それで勝てると思う?」
「……断言できない。そもそも、他にも強敵が残っているかもしれないし……」
「っ……!?」
そうだ、その可能性だってあるんだ。アブタビムは狡猾だった。まだ何か手を隠しているのかもしれない。
「アブタビムはジルヴァディニドの事を知っているようだけど、ジルヴァディニドは大丈夫なの?」
「制約は、ジルヴァディニドのことを『知られる』ことだ。あの悪魔はどういうわけか最初から『知っていた』らしい。理由は分からないけどね。でも、確かに制約は破られてはいない」
私の問いにゾリーが答えた。いっそ、ジルヴァディニドが使えなくなってしまえば、私もこんな苦労を背負わなくて済むのにと、少しだけ思ってしまった。
「……行ってくるね」
「ああ。ごめんねドリス。僕が魔女の秘法のことを君に教えたばっかりに……」
「いいえ、それは、感謝してる」
私はゾリーの頭を撫でた。謝罪なんていらないはずだ。本当なら、ジルヴァディニドを一度も使っていない世界だったらマヤはとっくに死んでいた。ウィルも生き残れたとは思えないし、デルロイだって。ここまで前進できたことはやっぱり誇るべき結果のはずだ。
そして周囲が光り輝き、世界は巻き戻った。
そこは、アンデッド・ドラゴンが起因の避難作戦の最終日だった。
「ドリス、交代の時間よ」
ちょうどマヤに話しかけられた。ベルビントと不貞を起こしてもいない純粋な頃のマヤ。まだ覇気がある。そんなマヤの顔を見たら、私は思わず泣き出してしまった。
「ド、ドリス、どうしたの?」
「何でもない! 何でもないよ!! うぁぁぁあああああ!!」
最近、私は泣いてばかりだ。けれど、もう疲れたんだ。
立たないといけないのに。もうまもなくアンデッド・ドラゴンが東から侵攻してくるのに。それでも、私はしばらくその場で泣き続けた。




