16 踏みにじってしまった(マヤ視点)
「はぁ……」
私はため息をついた。ベルビントと一夜を共にしてしまったことに、後になって思い悩んでいる。こうなることぐらい、頭を使えば分かったはずなのにどうして拒否できなかったんだろう。
「おい、危ないぞ!」
「えっ……、きゃあっ!?」
私は飛んできた火魔法に気づき、身を捩って避けた。アカデミーでの自主訓練でデルロイと模擬戦をしていたのだった。今のは、ぼーっとしていた私が悪い。
「おいおい、どうしたマヤ?」
「ごめん、今日は調子が悪いみたい……」
デルロイに答えると、模擬戦を終わりにしてもらった。
「マヤ、どうしたの?」
「ウ、ウィル!? ……い、いや何でもないわ!」
ウィルに話しかけられて緊張してしまう。昨日のことがバレてはいないだろうかと、心が落ち着かない。
ウィルから逃げるようにして女子更衣室に飛び込み、訓練着から制服に着替える。すると、そこにドリスが現れた。
「……」
「な、なにドリス……?」
私を真っ直ぐに見つめるドリスの目が怖い。まさか、ドリスは気づいているのでは……?
「マヤ、悩みがあるなら言ってね」
「え……、ええ! も、もちろんよ!!」
ドリスの言葉に私は頷いた。そうだ、昨日の今日で知られているはずはない。こんなこと、ドリスに知られたくない。ドリスだったら、恋人がいるのに他の男に身体を許すような真似、嫌うはずだから。
相変わらず教師たちが帰ってこないから授業時間の間、生徒たちは思い思いに訓練を重ねていたが、最後の終業時刻に帰宅することが多い。私はウィルに声をかけた。
「ウィル! 一緒に帰ろ!」
「え? う、うん……」
ウィルは私の剣幕にたじろいだような返答をした。けれど、私は必死だった。昨日の愚かな誤ちを上書きしたい。その一心だった。
ウィルと言葉を交わす心の余裕のないままにウィルの部屋に押しかけ、いきなりウィルをベッドに押し倒した。ウィルは驚いているようだったが、構うものか。一刻も早く昨日の記憶を消し去りたかったのだ。
冷静に頭を使えば、昨夜のことを無かったことになどできない。しかし、そんな当たり前のことを考えつけないほど、私の頭はぐちゃぐちゃだった。
ウィルと口づけを交わすなり、昨夜感じたような不思議な感覚を覚えた。今度は私からウィルに何かが流れ込んでいくような。それでいい! ベルビントとの一夜が特別だったわけではない! ウィルとだって同じように不思議を感じられる!
私は高揚感に包まれながらウィルと身体を重ねた。
……。
…………。
しかし、いざ終わってみると。
「え……?」
私は思わず呟いていた。
物足りない……。そう思ってしまった……。
ちょっと待ってほしい。そんなはずはない!
その後、第二回戦をやってみても、結果は同じだった。
ウィルの部屋を出て帰路につくと、私は呆然としてしまった。ベルビントとの一夜の方が遥かに欲情にまみれて熱かったと思ってしまったのがショックだった。
「何よこれ……。これじゃ私、ダメ女じゃない……」
とぼとぼと歩いていると、もう少しで私の家という場所でベルビントとばったり出会った。
「やあ、マヤ」
「あ……」
ベルビントの顔を見るなり、昨夜の乱れ狂った時間を思い出して頬が熱くなってしまう。
偶然を装っているようだけど、本当は私の帰宅に合わせて待っていたのではないだろうか。女扱いが上手いということは、他に女がいたっておかしくない。そういう場合、飽きられたら容赦なく捨てられる。だから都合の良い男より、ウィルのように真っ直ぐな男を選ぶべきなのだ。
それなのに……。
ベルビントの寄っていって良いかという言葉に頷いてしまった。恋人とマンネリ化して女に慣れた別の男と燃え上がるだなんて、こんなの不倫女だ……。最悪だ……。しかし、欲求不満をぶちまけるかのように、今夜もベルビントと身体を重ねてしまった。
◇
私はベルビントとの関係をずるずると続けた。ベルビントは未だ体調を崩すこともあったため、看病という名目で私は彼の家で逢瀬を重ねた。
けれど、そんな形だけの理由を作っても、結局は自分のための言い訳でしかない。ウィルにも冷たい態度を取ってしまっていた。周りが自分たちをどう見ているか、本当に気づけなかった。
ある日、私はウィルに呼び出された。
ウィルの部屋ではなく、個室のある飲食店だ。そして、私は魔導具を叩きつけられた。映像を記録する魔導具だ。
「え……?」
私は素っ頓狂な声を上げた。そこには、私とベルビントが彼の部屋で唇を重ねる様子が記録されていたのだ。
私は恐る恐るウィルの顔を見た。ウィルは無表情だった。怒っているに違いなかった。
「ま、待って!! これは、違うの!!」
「何も違わないよマヤ。ごめんね、君を苦しめて……」
ウィルの態度は冷たく、そして遠い。もう私を諦めてしまっているかのようだった。
「ウィル! ごめんなさいごめんなさい!! 許して!!」
私はウィルにすがりつき、懇願した。ありったけの謝罪と捨てないでという言葉。
ウィルが歯を食いしばった音がした。音が聞こえるなんて、余程感情が高ぶっている証拠だ。ウィルは苦しいし、悔しい。私が踏みにじってしまったのに、私はただ自分のことを喚き立てるだけだった。
「許す許さないではないだろうマヤ……。君の心はもう僕にはない。あるのはその事実だけだ……」
「違う、違うよ! 私はウィルのこと大好きだもん!」
「口だけなら何とでも言えるさ!!」
ウィルはついに怒鳴り、私を振り払った。私は尻もちをつき、呆然となる。
「元々、身分違いの恋だったんだ。これで正しい形に戻った、ただそれだけだよ」
「そんな……、そんな……!?」
私の目から涙が溢れて止まらなくなる。ウィルの姿がぼやけて遠い。
「死界討滅軍から逃げたりはしない。僕と君は、仲間としては依然一緒にやっていかなくちゃいけないんだ。だからさよならは言わないよ」
そう言うとウィルは出ていってしまった。
私はそのまま指一つ動かせずにいた。
ウィルとの優しく、楽しい思い出が走馬灯のように頭を駆け巡る。
「うわぁぁぁあぁああああ!!」
私はそのまま狂ったように泣いた。
私が悪い、どう考えても。しかし、失ったものの大きさを、私が踏みにじったものの尊さを、私は今になってようやく思い知った。
私はこんなにウィルのことを愛していたのに、どうしてあんなことを!?
あまりの大声に店員が駆け付けたことさえ気づかず、私は泣き続けた。




