13 事態の急変(ルーツ視点)
ウィルの成長は予想以上だった。魔法への反応速度が元々良かっただけでなく、魔導具をどんどんと改造していってしまうことが凄い。操作方法は指で特殊操作をしたり微妙に魔法を使ったりしていて複雑怪奇で、もはやウィルにしか扱えない。頭が良いのだろう。それもウィルの隠れた才能だったようだ。
今やデルロイ、マヤ、ドリスに次ぐ実力者になってしまった。もちろん魔法そのものの授業の成績は振るわないのだが、もはやそんなことは意味をなさない。ただでさえ死界に対する戦力が欲しいこの世界では、そんな一部の成績を理由として落第させるなどという愚かな判断を下す者はいなかった。
もはや俺の助言など必要なさそうだったが、ウィルは魔導具を改造しては俺に模擬戦を頼みに来た。俺もかなり気合を入れなければ怪我をしてしまいそうだった。
「ふぅ、土魔法ユニットへの魔力供給が乱れたなぁ。これは問題だ……」
ウィルがぶつぶつと呟きながら魔導具を着脱している。
「ウィル、もう俺の力なんて必要ないんじゃないか? もうほとんど君が自分で魔導具を改良してしまっているし」
「いや、やっぱりルーツが一番戦い慣れしている。期限いっぱいは模擬戦してくれると嬉しい」
マヤがとっくに俺への敬語をやめていた影響か、ウィルもフランクに話しかけてくれるようになった。歳もそう離れていないし、俺は教師ではないのだから問題ないだろう。
「ウィル、活き活きとしているな」
「そう?」
「ああ。初めて会った頃は余裕のない顔をしていたからね」
「ルーツのおかげさ。ありがとう」
「俺はきっかけを与えただけだよ。本当に君は凄い」
しかし、俺がアカデミーにいる期限も迫ってきた。そうしたら俺は死界討滅軍に正式に配属となり、死界との戦いに赴くことになる。もちろん、ウィルが希望するというなら、それまでは付き合うつもりだ。
◇
ある日、死界が急拡大を始めたというニュースが飛び込んできた。死界討滅軍が一斉に東の複数の都市に向かい、避難誘導を始めたそうだ。
しかし、全く手が足りず、アカデミーの学生にまで出動要請が来た。各クラスの教室で生徒たちが一同に緊張した顔をしている。俺もまだウィルの指導役ということでアカデミーにとどまっていたので、ドリスたちの教室の後ろに立っている。
「正直、君たちに出てもらうのはまだ早い。だが、本当に緊急事態との通達だ。ここで学んだこと、忘れるな。決して死なないで帰ってきてほしい」
担任教師が生徒たちに向かって頭を下げた。普段は厳しいと評される教師なだけに、生徒たちからどよめきが起こった。
俺はずっとこのクラスの生徒たちと一緒にいたから、同行することになった。連携の訓練も一緒にしたから、今正規軍に合流するより動きやすいだろうという判断だ。
次の指示があるまで待機ということになり、担任教師が教室を出ていくと、教室は喧騒に溢れた。
デルロイはクラスからも頼りにされているから、生徒たちに囲まれている。いつものように自信のある表情を崩してはいなかったが、少し緊張も見られる。マヤは口数が多くなっており、いつもよりウィルとのスキンシップが多い。緊張を隠せていないようだ。
デルロイとマヤはアカデミー入学前にも避難作戦に参加したことがあるそうだが、恐らく今回の死界の急拡大はその時とはレベルが違う。同じようにはいかないだろうし、デルロイもマヤもそれを分かっているようだった。
「ルーツ、頼りにしてる」
「ドリスか……」
一方で、少しも緊張している様子が見られないのがこのドリスだ。そういう気質なのかもしれないが、妙に冷静だ。
「君は、落ち着いているな」
「そんなことないよ。これは、大一番だもの」
「面白い言い方をするね?」
「うん。こんなところで失敗はできない」
「?」
緊急事態だというのに『こんなところ』という言い方をするのは不思議だ。
この世界は死界だけでなく、時の流れに関する問題を抱えているとユグドラシルの精から伝えられていたが、初めてドリスに会った時に何か裏がありそうな娘だと思った。それは忘れてはいない。尋ねてみるべきだろうか。
「……ドリス」
「ん?」
「…………」
しかし、聞くことができない。口が動かない。呪いのせいだろう。俺が時の流れに関する問題をこの世界の人間に尋ねるのは危険と判断されているらしい。
もし時の流れの問題で世界に矛盾が起こればこの世界が崩壊する。それを防ぐために呪いがかけられている。ユグドラシルの精はそう言った。
調査のため、ドリス以外の者にさりげなく尋ねようとした時もあったが、できなかった。どうやら俺は自力で時の流れの問題とやらに到達しなければならないようだ。
「どうしたの、ルーツ?」
「いやごめん、なんでもない」
「そう?」
質問できないなら仕方ない。俺はそこで尋ねるのを諦めた。
◇
アカデミーの生徒たちは、ある街に投入された。正規の死界討滅軍はほとんどいない。より東に出払ってしまっている。死界と比較的距離が開いている街に学生が投入されたということだ。
訓練の通り、俺たちは住民の避難誘導を行った。荷運びの手伝い、馬車の護衛、東方面の監視、治安維持などだ。学生だからと舐めてくるような住民はいなかった。住民も緊急事態だということが分かっているのだ。
各クラスで複数の班を作り、順次対応に当たっている。
それにしても、ドリスの手際が本当に良い。優先順位を決め、次々に各班と連絡を取って指示を出している。彼女のおかげで避難はかなり効率的に進んでいた。
「うーん……」
俺はドリスを見ながら呟いた。優秀なのは知っている。魔力も、実のところ潜在能力はデルロイやマヤ以上だ。
しかし、この手際の良さは優秀だからという理由だけで片付けて良いものか……。もしかして、未来のことを知っていたりはしないだろうか……。
ドリスを、要観察対象とするべきかもしれない。俺はふとそう思った。




