こんな私でも美容に関しては気になる
文量多めです
しばらくして秘書子―――いや、違う、リーゼッテ(なんだか"様"をつける気にならない……)は、落ち着いたらしい。
「ちょっと待っていてください」と言い、扉の鍵を閉めて何やら魔術を施し始めた。部屋全体にも魔術を展開し、「よし」と一人、納得をする。
「何をしたんだ?」
その後ろ姿に問い掛けると、張り切った返答が返ってきた。
「ね、念のため、誰も勝手に入れないよう、扉の封印と……部屋全体に防音の魔術を掛けました」
どんな密談をするつもりなんだか。
「で?」
「で?……え、えと、社長と、こ、これからの相談をしようかと」
リーゼッテはこちらを振り返り……といっても、もっさりした髪の毛のせいで前も後ろも同じなのだが、不思議そうな声音で首を傾げた。
私は、眉を寄せる。
「これからって……お嬢さまの護衛を私がして、学園へ通うことになるんだろう?」
「そ、そうですけど……でも、状況が変わりましたもん。しゃ、社長に護衛してもらうなんて……お、おそれ多くて、ムリです!それより社長も転生してるなら、あ、新しく何か商会を作りましょう、商会!て、転生物なら、定番の展開ですよね!また社長の下で働けるなんて、ゆ、夢のようです!」
「もう社長じゃない。リンでいい、リンで。あと、話し方も敬語は不要だ」
言ってから、気付いた。
私も話し方を間違っている。今世では、リーゼッテは貴族、私は平民。私は敬語で話さなくてはならない。
「失礼しました。私の話し方も間違っておりますね」
「や、止めてください!尊敬する社長に敬語でしゃべられたら、わ、私……私、耐えられません~~~」
あ、しまった。ようやく落ち着いたのに、また興奮し始めたぞ。
両手で顔を覆ってイヤイヤと全身を揺らすリーゼッテに、私は溜め息をつきそうになった。
今世の秘書子はかなり情緒不安定だ……。
「分かった、分かった!……では、2人だけのときは、前世と同じで構わない。だが、人前は駄目だ。私は敬語で話すし、秘書子もお嬢さまらしく振る舞う。いいな?」
「はい。りょ、了解です」
まったく。なんだか面倒な事態になってしまった。
―――リーゼッテに勧められ、ソファに向かい合って座る。
「それで、ひとまず話を戻すが……商会を作りたいなら、秘書子が作ればいいじゃないか。別に私の手など、必要ないだろう。私は今世で社長業をするつもりはない」
「社長……そ、それ、もったいないですぅ。社長のアイディア力、すごいのに!」
「転生者にはアイディア力なんか関係ない気がするが……。前世の知識を使って、こちらにない物を作るだけだろ」
すると、リーゼッテはブンブンと首を振った。
「て、転生物でよくあるお菓子だの料理だの、化粧品だのを1から本当に作って商会を立ち上げるのは、す、すんごい頭のいい人だと思います!私、グー○ル先生のいないこの世界で、己の記憶だけでそんなこと出来ません」
そうだろうか?
そこそこアバウトな日本刀の作り方の知識でも、良い職人を捕まえれば、ちゃんと作って貰えたが……。
しかし、そのことを言う前に秘書子は小さく肩を落とした。
「そ、それに……私に人を使うのはムリです……い、い、いろんな人に指示を出すのとか、か、考えただけでも私……!」
「そうか……」
そうだな。秘書子の性格を思えば、確かにリーダーは難しいかもな。
―――まあ、それはいいだろう。
だが、それとは別に見逃せないことがある。
「その件は仕方ないとしても……」
リーゼッテの中身が秘書子だと知った今、何よりも気になること。
まずはこのことを聞かねばならない。
私は居住まいを正し、リーゼッテを真っ直ぐに見据えた。
「なあ、秘書子。様々なことは放っておいて、一番問題な件を、まず話そう。それは……その頭のこと、だ。さすがに、その頭はないんじゃないか?我が社は美容商品にも力を入れていた。そんなぼさぼさ頭でいるなんて……うちの元社員としての誇りは、一体、どこへ行った?」
「えっ」
ぎくっとしたように、固まるリーゼッテ。
白い指が、せわしなくこねこねと動き始める。
私が黙ったままそれをじっと見続けていると、指はさらに動きを加速させた。
「そ、そ、それはですね……とても大きな、り、理由がありましてですね……」
「なんだ、理由とは」
ぼさぼさ頭に隠された理由なんて、想像がつかない。
低く声を出して尋ねたら、リーゼッテは胸元で両手を握り合わせて、叫んだ。
「わ、わ、私がラスボスだからです!」
「は?」
「しょ、小説のラスボスに転生してるんです、私!!」
ラスボス?
最後の、敵ということか?
「……うーーーん。中身が秘書子の時点で、どう頑張ってもラスボスになるのは難しいと思う」
「れ、冷静なツッコミは止めてください~」
がばっと両手で顔を覆って、リーゼッテは俯いた。
「いや、そうはいっても……というか、ラスボスとぼさぼさ頭にはどういう繋がりが?」
「つ、つまり、この国の皇太子と婚約しなくて済むように、ひ、必死で考えた結果なんです!」
「婚約?……えーと、申し訳ないが、初めからきちんと説明して欲しい」
駄目だ。話が飛躍しすぎてついていけない。
順番に最初から話してもらおう。
―――というか、この世界、小説の中の世界なのか?前世の記憶が甦ったときに、最初はそのことを考えたが……実際にあちこちを旅するようになって、多くのことを知った。
この世界はかなりの歴史があり、様々な人種、文化、生活習慣に溢れている。とても1人の人間の想像で作られた世界とは思えない。
小説の舞台にならない他国の人々の生活や歴史まで、作者(?)は全部考えて書くものだろうか……?
書かれていない、または想像(もしくは創造)していないものがこの世界に存在しているなら―――それは、小説家の創造物ではないと思う。
どちらかといえば、小説の作者が、別次元の世界を夢で見たか感じたかして、それを己の作品に活かしたと考える方が自然じゃないだろうか。
しかし、リーゼッテの方はそう思っていないようだ。
「えとですね、た、たぶん、わ、私が読んでいたライトノベルの話だと思うんです。ま、魔法が衰退しつつある世界で、主人公は平民の少女。少女がある日、聖なる力に目覚めて、世界を救う話なんですよ」
「ふうん。で、秘書子が主人公の敵?」
「リーゼロッテというか……正確には、か、彼女の身体が悪魔に乗っ取られて、悪魔が敵というか……」
「……ん?リーゼロッテ?」
「はい」
「名前が微妙に違うが」
「ご、誤差の範囲かなと思ってます」
えええ?
誤差ってなんだよ。
ま、いい。まずは最後まで聞こう。
「……え、えと……リーゼロッテは7才のときに皇太子と婚約するんですけど、ぜ、全然、皇太子とは性格が合わなくてですね……それで、こ、皇太子の座を狙う第二皇子と仲良くなるんです。で、でも、実は第二皇子はリーゼロッテのことを兄を出し抜く道具に利用しようと近付いてきた人で……リーゼロッテは、か、彼にいいように使われて悪魔を喚び出すこととなり、喚び出したら、の、乗っ取られちゃうんです。ちなみに、リーゼロッテは近年稀に見るほど魔力が高いという設定です」
「…………」
ふうん……。
腕を組んで考え込んでいたら、リーゼッテはまた指をこねながら、スネた声を出した。
「そ、それなら、単純に第二皇子に注意すればいいだけって、お、思っていますよね?で、でもですね、皇太子がどーしても私のタイプじゃなくて。オ、オレ様な性格だし、暴力的だし……。は、反対に、だ、第二皇子は優しくて見た目も好みな感じで、き、きっと、会って話をするようになったら、ころっと好きになりそうだと思うんです。腹黒ってわかってても、ほら、好きになるときは好きになっちゃうじゃないですか。わ、私、前世でそういうタイプが推しだったし。だ、だから、とにかく皇室とは関わらずに済むよう、か、変わり者に徹することにしたんです!」
「……そうか」
必死に言い募るリーゼッテだが、思わず肩が落ちそうになる。
ころっと好きになりそう?
実際に会った訳でもない、たかが小説の登場人物に、そんな心配を?
とはいえ、考えてみれば私は小説や漫画やアニメの人物に恋する気持ちがまったく理解できない人間である。実在のアイドルに入れ上げる気持ちさえも、不可解だ。"偶像"に恋するなんて、自分の"想像"に恋するようなものじゃないか。
なので、この件に関して彼女の不安が理解出来ないのは仕方がないかも知れない。
まあ、そうなると……リスクを考えて会わないようにするというのは、うーん、確かに悪い手ではないか?
ただ変人を装うんじゃなく、もっと他の方法はなかったのかとは思うが。
「あと、あと……一番大きな理由は、こ、この髪、細くて絡まりやすくて……コ、コンディショナーとか、この世界にないから……手入れがすっっっごく大変なんです」
お?
その理由は納得できるぞ?
「社長……社長の髪は、どうしてそんなにツヤツヤしているんですか?わ、私、どうすればそんな髪になります?!」
リーゼッテの台詞は、最後はかなり恨めしげな口調だった。
じっとりした彼女からの視線を感じる。
私は、肩より下まで伸びた自分の髪をすくった。この頃は、後ろで一つまとめにしているのだ。
「なるほど……髪の件は納得した」
それくらいなら、すぐに対処は出来る。
ということで。
「ではそれは、明日にでも対処しよう。……さて、他にも聞きたいことはあるが、こちらもすぐにはまとまらない。今後、互いに追々話していくことにして……ひとまず私がこの帝国に来た理由を話しておいていいか?」
「え?社長が帝国に来た理由……ですか?」
「ああ」
「は、はい、知りたいです。教えてください」
リーゼッテはソファに座り直し、両手を膝の上に揃えた。
私も組んでいた腕を解き、膝に置く。
「秘書子は、前に闇属性や闇魔法のことを調べていると言っていたな?それは、いずれ悪魔に乗っ取られるかも知れないから……だったんだな?実は、私も悪魔について調べたいんだ。帝国の図書館には、悪魔に関する本があるかと思っていたが……もしかして置かれていないのか?」
「社長も?……え?"も"?そ、その理由をお伺いしても……い、いいですか?」
そうだな。今後のこともある。中身が秘書子なら信頼は出来る。
リーゼッテに、こちらの事情を話しておいた方がいいだろう。
「今、私には悪魔が憑いているんだ。それをなんとか出来ないかと思って」
アスラを傷付けて放ったままの状態で、こんな相談をリーゼッテにするのは良心が痛むが……それとこれとは別である。
割り切って、話を進めよう。
が、リーゼッテが途端に「うっそーーー?!」と特大の叫びを上げた。防音の魔術が施されていて良かったと思える音量だ。
「悪魔が憑いてる?!憑いてるってなんですか、え?え?今、ちゃんと社長ですか?!実は悪魔ですか?!待って待って、まだ悪魔の召喚はされてないはずです、帝国の護りは壊れていない。なのに、どおして社長に悪魔がっ?!」
……驚きすぎているからだろうか?リーゼッテの口調がすごく滑らかだ。
「落ち着け、秘書子。私の悪魔は、帝国で召喚された悪魔じゃない。この国へ来る前に、テネブラエという国にいたんだ。そこで、悪魔召喚に巻き込まれた」
「はいぃ?!テ、テネブラエって、まさかもう滅びたはずのテネブラエ魔導国ですか?砂漠の真ん中にあるっていう……。ちょ、ちょっと待ってください、情報処理が追いつきません。というか、私よりも社長の方がヤバい状況じゃないですか!」
「いや、別にやばくはないと思う。悪魔も、本来は受肉というのか?私の身体に降りるものらしいが、拒否したら仮の器で納得しているし。それに彼女との関係は、今のところ良好だ。ただ、ずっとこのまま悪魔の力を借りるのは不本意なので、解消したいんだ」
「は?」
低く、リーゼッテは呟いた。
しばらく硬直していたが、やがて、そろりと首を傾げる。
「悪魔と良好な関係?そんなのってあります?今……仮の器にいるという悪魔はどこに?」
「ん……さっき、少しケンカをしたので、どこかで拗ねていると思うが……私が連れている魔獣のうち、白猫がいるだろう?それが、悪魔だ」
「あれが?!あの、小さな白猫が!??」
信じられないという響きが混じるのは、まあ、当然かも知れない。
これだけ、この国では悪魔が恐れられているのだ。可愛い小猫と、悪魔はギャップが大きすぎるだろう。
「なかなか可愛いだろう?あいつ、いろいろと口うるさくてな。私が形代を作ったんだが、気に入るものが出来るまで、かなり時間が掛かった」
「いやもう……」
パタリとリーゼッテはソファに横向きに倒れ込んだ。
「まるで彼女みたいな言い方しないでくださいよ……。悪魔ですよ、悪魔。社長、なんで手懐けているんですか……」
んん~、アスラは全然、手懐けられていないけどなぁ?
先週もお知らせなくお休みしてゴメンなさい!
ここ2週間ほど忙しく、半分ほど書けていたものの……文章のまとまりがおそろしく悪くて推敲に手間取りました。来週からは、(たぶん)もう大丈夫!ガシガシ進めます。
SSで書きたい話もあるので、頑張って書かなくては~。




