まさかの、再会
執務室を出て、庭へ向かう。
やはり庭師たちがアルトマンを呼んだらしい。アスワドとミチルの容態をかなり心配していたということなので、お礼と報告に行く。
「ああ、リン!あの子たち、大丈夫かい」
「はい。しばらく大人しく体を休めれば、治りそうです。アルトマンさんを呼びに行ってくれたと聞きました。ありがとうございました」
「いやいや、わしらで助けてやれたら良かったんだが……」
私は知らなかったが、アスワドとミチルは庭師の仕事をいつも手伝っているらしい。なので、庭師は2匹の危機に動いてくれたのだった。
一体、どんな手伝いをしているのかと思ったら……なんとミチルは害虫駆除!せっせと虫を食べる。
ミチルの言葉は私には分からないが、あいつの好物は肉だ。虫は基本的に食べない。たぶん、庭師らのために虫を食べてやっているのだろう。
ちょっとお馬鹿鳥と思っていたが、これからは考えを改めなければならない。賢くていい子じゃないか……。
一方、アスワドは大型犬の姿になって、土を掘り返したり、重い肥料を口で挟んで運んだりしているらしい。重労働を率先してこなすため、大層、有り難い存在だそうである。
「本当にいい子たちなんだよ。クレフなんかより、よっぽど公爵家の役に立ってる。良かったよー、あの子たちが助かって、馬鹿どもが解雇されたのは」
「はあ」
クレフ……犬や鳥にも負けたな。
ほんと、あいつら、今後どうなるんだろうなぁ。
自室へ戻ると、ソファに金色の毛玉がいた。
「……リーゼッテさま」
「リン!あ、あの……だ、大丈夫だった?あなたの……じゅ、従魔」
「はい。ご心配をおかけしまして、申し訳ありません」
そうか、リーゼッテさまはハイノルトさまと仕事をしていたんだったな。
ハイノルトさまが見ていたのなら、リーゼッテさまも見ているか。それにしても、私の部屋で待っていなくてもいいのに。
そんなことを思いながら、リーゼッテさまのそばへ行くと、リーゼッテさまはもじもじした様子でソファから私を見上げた。
「……あの」
「はい」
「きゅ、急に、へ、変なことを聞くと、お、思うかも知れないけど……」
細く白い指がこねこねと動く。
変なこと?
なんだろう。
とりあえず、しばらくじっと待つ。リーゼッテさまはかなり長い時間、こねこねを続け……やがて、ぎゅっと両手を握り合わした。
「リ、リンって……」
「はい」
「もしかして…………ぜ、前世の記憶を持ってる?」
「え?」
思いがけない質問に、思わず目を瞬く。
前世の……記憶?
だけど、こういう質問を私にする、ということは。
「―――それはつまり、リーゼッテさまも前世の記憶があるということですか?」
「やっぱり!」
大きな声を出して、リーゼッテさまはソファから飛び上がり、私に迫った。
そしてほとんどぶつかりそうな距離で、リーゼッテさまは両手を振り回す。
「そ、そうだと思った!だ、だって、メガネのこととか、孤児なのにその年でちゃんと礼儀をわきまえていることとか……。あと、じゅ、従魔の名前も……!」
なるほど。
私も納得だ。
初めて会ったときから、気になっていた。屋敷からほぼ出たことのない生粋のお嬢さまのわりに、砕けた口調だったこと。
平民で孤児の私が礼儀を弁えているのがおかしいように、貴族のお嬢さまが下町的な話し方をするのは変だ。前世で、ずっとお嬢さま学校に通っていた私は、働き始めるまで挨拶は「ごきげんよう」が普通だった。「おっはー」だの「おっつー」だのと挨拶をしてくる奴らは、一体どこの国の言葉を話しているんだと首を捻ったものだ。
それと、眼鏡の話をしたとき"この世界"と言った。"この国"や、"この地方"なら分かるが、奇妙な表現だなと引っ掛かっていたんだ。
そうか、彼女も転生者だったのか……。
私が考え込んでいるうちに、リーゼッテさまの興奮はさらにヒートアップした。
がしっと私の両手を掴んでくる。そして、長い前髪の間から爛々と青い瞳がこちらを見た。
「そ、それで、あの……あの……さ、さっき、馬場で怒ってるのを見て……は、初めて会ったときも感じたけど、も、もしかして……」
ゴクリと彼女は息を飲んだ。
私を握る手が震えている。
大丈夫か?何故、こんなに興奮しているんだ?
リーゼッテさまは何度も逡巡のすえ、ようやく言葉を押し出した。
「―――マ、マミヤ社長ですか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
マミヤ……しゃちょう??
それはかつて、私に毎日のように掛けられていた言葉。今やすっかり遠い記憶の彼方へ、消えかけていた言葉―――だ。
呆然とリーゼッテさまに問い返す。
「何故、その名を……」
その途端、リーゼッテさまは飛び上がった。
「やっぱり!やっぱりぃぃぃ!!社長、私です、私!タチバナヒサコ!ううん、秘書子です。秘書子!」
「秘書子?!」
興奮してピョンピョン飛ぶリーゼッテさまを私は思わず凝視した。
タチバナヒサコ―――もちろん、覚えている。
頭はいいが、要領の悪い前世の私の秘書。あだ名が"秘書子"。
ああ、そうだ。
私のそばでぜひ仕事がしたいと秘書に応募してきたくせに、面接でずっと俯いていた。対人恐怖症で、人の顔が見れないんですと小さな声で呟いた。それで秘書希望?!大丈夫なのだろうか?と首を捻ったっけ。
それと。
……最期。私と共にヘリに乗った子だ。
あの高さから落ちたのだ。きっと、一緒に死んだことだろう。
そうか。
一緒に……転生もしていたのか。
驚きすぎて、何と言っていいか分からない。一方で秘書子はますます舞い上がっている。
「て、て、転生して、公爵家のお嬢さまなんて柄でもないし、もう、どうやって生きていけばいいか、ずっと不安だったんですぅ。ううう、社長と会えて嬉しいぃぃぃ。でも社長、なんで糸目なんですか、あの美貌はどこへ行ったんですか、それにどうして魔物狩人なんですか、社長なら前世知識で商人無双でしょう、なのに狩人としての腕もめちゃくちゃ強くて意味分かりません!!」
「……落ち着け。というか、リーゼッテさまからキャラが変わってるぞ」
若干引きながら、どうどうと宥める。
秘書子のときでも、引っ込み思案な性格だからこんなに喋らなかったと思うんだが。
「そ、そ、それだけ社長に会えて、嬉しいんです!うわぁぁぁん、社長~~~!」
駄目だ。ちょっと落ち着くまで待つか……。
リーゼッテ様が転生者という予測をされている方は多かったと思いますが、ようやくの正体暴露です。ここまで長かった……。
それにしても、リーゼッテ様は登場時の評価が高かったので、正体がわかって「なんか違う~」と思われそう~…。