お嬢様の素顔
私と話したあと、リーゼッテさまは午前中いっぱいは大叔父のハイノルトと共に公爵家の仕事をしに行った。
私の方は、またあちこち雑用である。
屋敷のメンテナンスを担当している男性から、「君なら、屋根に簡単に上がれるか?」と聞かれる。
「上がれますよ」
「じゃあ、西翼棟の屋根を見てもらっていいか?端の方に何か引っ掛かっているみたいなんだが、あそこまで行くのが大変で……」
「分かりました。外の壁から上がっていいですよね?」
確認をしてから、男性と一緒に西翼棟の方へ向かう。
こちらも窓に装飾があるので、簡単そうだ。
軽く膝屈伸をしてから、一気に屋根まで上がる。尖り屋根の近くにある屋根飾りの一部に、私の身長ほどの枝が絡んでいた。嵐のときに風で飛んできたのだろうか。
それを取って、持ったまま飛び降りる。
「きゃあ!」
「すごーい、 屋根から飛び降りたわ!」
背後できゃあきゃあ言う声が聞こえたので振り返ったら、二階の窓に数人の女性が見えた。
侍女たちのようだ。
私は彼女たちにペコリと頭を下げ、男性に枝を渡す。
「うわ、重いじゃないか。片手で持ってるから軽いかと思ったのに。へええ、すごい力持ちの女の子って話、本当なんだなぁ」
女の子。……言われ慣れてない言葉なので、思わず固まる。
うん。私は、女で子供だ。
別に性別を捨てたつもりはないので……そうだなぁ、もう少し成長してきたら、多少は女らしさを出してみようか?
このモブ顔でどうやって?という難問が発生するが。
昼食のときに、リーゼッテさまの侍女オルティアと一緒になった。
「リンちゃん!お嬢さまの護衛に決まってオメデト~!なんか最近、私は違う仕事が多くて全然会えなくて。ようやくおめでとうが言えた~」
「ありがとうございます」
「これでお嬢さまは街へ出掛けたり、いろいろできるのね。良かった」
私とリーゼッテさまが深く接触しないよう、アルトマンの計略によってオルティアは遠ざけられていたのだが、それには気付いていないらしい。オルティアらしい。そこが彼女のいいところだ。
オルティアはニコニコしながら、さらにおしゃべりを続ける。
「そういえばね、ハイノルトさまが仕事復帰したけど、やっぱり体調は完全には良くなってないみたい。そんな状態で、お嬢さま、ちゃんと学園に通えるかなぁ?ハイノルトさまも、もっとたくさん、ご飯食べればいいのに。ご飯って、力の源じゃない?わたし、食べないとすぐ動けなくなるもの。リンちゃんもさ、たくさん食べるからそれだけ強いんだよねぇ」
「ハイノルトさまは、少食なんですか?」
「というより、偏食?ここ数年はオルトゥス領で品種改良されたオリザを気に入って、そればっかり食べてる。もうちょっと肉を食べなきゃ、力が出ないのに」
「オリザ?」
「あれよ、あれ」
オルティアが指したのは、食堂の片隅の庭師一団だ。平皿からスプーンで何かをすくって食べている。
ん?
炒飯みたいに見えるんだが。
「あれは……」
「ミスケーレ。細かくした肉や野菜を、オリザと一緒に炊いたものよ。オリザはあまり流通してないから、公爵家でも月に2、3回しか出ないんじゃないかしら。でもハイノルトさまが食べているのは、普通のオリザよりもっとふっくらと柔らかいらしいって話。ハイノルトさまは、何も混ぜてない白いオリザと、オカズを少しだけ召し上がるんですって」
オリザ?
……え?まさか、米か?!
さっき、「今日はミスケーレがあるけど」と言われたが、意味が分からなかった。
分かるか!!
くう、現物を見させてもらえば良かった。米なら……食べてみたい。
結局、ミスケーレはすでに全部出てしまっていたため、私が食するのは次の機会となった。
ちぇっ。
さて、午後はリーゼッテさまと一緒に眼鏡屋と細工師に面会だ。アルトマンも同席している。
私は紙とペンを借り、前世の細縁眼鏡を描いて説明した。
「ほう?鼻眼鏡に弦をつけて耳に掛ける、ですか。面白いですね、これは片眼鏡より使いやすそうだ。でも、あなたは目は悪くないのでしょう?わざわざガラスを入れるのですか?」
「はい。視力の悪い若い人向けの商品として考えているからです。私が掛けてお嬢さまと出掛ければ、宣伝になりませんか?」
「なるほど……」
眼鏡屋が真剣に頷く。
私は細工師に、眼鏡の弦の部分を指した。
「で、まあ、私の分はシンプルなので良いんですが、この横の部分に少し装飾を加えてみても面白いと思うんです。その方が貴族の方は興味を持ちそうでしょう?ただし、あまりゴテゴテすると重くて鼻や耳に負担がかかります。小さな宝石をつけるとか、弦を捻じるくらいかな」
「いいね、それ。眼鏡は年寄りのものだったけど、これなら若者も掛けてみたくなりそうだ。……よし、まずは君の顔の幅を測ろう。ふふん、腕が鳴る!」
ちなみに、眼鏡の弦をたたむヒンジは無理かと思っていたら、「それくらいなら簡単だ」と細工師は請け合ってくれた。
この世界にもロケットペンダントなど、小さいアクセサリーはあるので、難しくないそうだ。
さくさくっと話が進み、私の顔の計測が終わったところで、リーゼッテさまがおずおずと口を開いた。
「あ、あ、あの……わ、私もその眼鏡、作って欲しい」
「お嬢さま?!」
アルトマンが目を丸くする。
あれ。私の眼鏡が出来上がってから言うという話だったのに、もう、言うのか。
ま、作るのに時間が掛かるから、早い方がいいけれど。
「お、おもしろそうかな……って」
「やや!アインベルガー家のお嬢さまも掛けるとなると、これは流行するんじゃないですか!?」
細工師が私の顔のサイズを書きとめていた手を止め、嬉しそうに言う。
……お嬢さまが現在は引き籠もりなことを彼は知らない。現状ではとても流行など、作れるはずもない。
というか、この怪しいお嬢さまに対して、何も言わない彼は素晴らしい商人魂を持っていると思う。初めてリーゼッテさまを見たときはさすがにビクッとしたが、ずっとリーゼッテさまに対して腰が低い。
やはり公爵家のご令嬢となると、変な格好でも突っ込めないのだろう。眼鏡屋も同様である。
まあ、アルトマンから事前にそれなりに説明は受けているのかも知れないが。
さて、リーゼッテさまの顔の幅を測るために、彼女の前髪が上げられた。
「!!!」
場に、衝撃が走る。
私も細い目を思いっきり見開いてしまった。
……リーゼッテさま。
可愛いじゃないか。今まで出会ったことのない、超美少女だ(アスラは別。あれは人外なので)。
そうか~、考えてみればバルドリックも筋肉隆々だが美形だもんな。血筋か。
バルドリックと同じ青い瞳はぱっちりと大きく、美しい。
これ、ずっと前髪で隠しているのか?もったいない。
細工師は歓喜し、「お嬢さまのための宝石細工もぜひ!ぜひ、作らせてください!!」と拝み倒している。
うん。
これは飾り立てたくなる少女だよな~。
そして。
リーゼッテさまが掛ければ、眼鏡、流行すること確実だ。
夕方にヒルムートが来た。
昨日、泥だらけにしたアインベルガー家の制服を騎士団で洗濯して持ってきてくれたらしい。
―――というのは建前で。
「これをアスラに……」と、照れた様子で何かを差し出す。
まるで“お前の友人にこのラブレターを渡してくれ”と頼む男子中学生のようだ。
「は?」
「アスラは菓子が好きなのだろう?どれがいいか悩んだが、ひとまず人気のクッキーを買ってきたのだ。……彼女はどこだ?会わせてくれ」
私はお前の恋人の親か。
「……預かる。渡しておいてやるから」
「駄目だ。お前が食べるかも知れない」
失礼な。そんな意地汚いことを私がすると?
思わず憮然としたら、足元で可愛らしく「にゃあ」という鳴き声がした。
「アスラ!」
ヒルムートが歓喜の声を上げて屈む。
私はそっと心の中で呼び掛けた。
(アスラ。お前、いつの間に……)
『呼ばれたので、来たのじゃ』
(違うだろ、菓子に釣られたんだろ)
『失敬な。こんな弱い男の見え見えな誘いに、妾が乗る訳がなかろう』
どうだかねぇ。
嬉しそうに菓子の袋を開け、クッキーを差し出すヒルムート。アスラはその手にすりすりとしてから、ゆっくりとクッキーを噛じる。
『ほう?悪くない味じゃ』
にゃあ!と満足そうに鳴く。ヒルムートは蕩けそうな笑顔になった。
「おっ、美味いか?よし、では今度、違う味も買ってこよう」
『ふむ。違う味か。それは気になる』
「ん?違う味も食べたい?了解した。それで……その、撫でさせてもらっても良いか?」
『まあ、おぬしの貢ぎ物は悪くない。仕方ないのう、特別に撫でることを許す』
……アスラの言葉はヒルムートには聞こえないはずなんだが。
会話が成り立っていなくもない。
私よりヒルムートに飼われろよ、アスラ。
アスラを存分に撫で、すっかり顔の緩みまくったヒルムートは、帰り際にこんなことを言い出した。
「そういえば、エクバルト副団長と話していたのだが。今度、南の砂漠で魔物討伐訓練をすることになった。リン、特別顧問で来ないか?」
聞いた途端、私は思いっきり顔を顰める。
「は?……嫌です」
「先日の蚯蚓退治では、見事な指揮っぷりだったではないか。お前には、素質があると思う」
「だから、イ・ヤです。私は、アインベルガー家のお嬢さまの護衛ですよ?他の仕事をする余裕はない」
だから、今後も呼び出すなという意味を込めて、そっぽを向く。
ヒルムートははあ、と溜め息をついた。
「蚯蚓退治のときの騎士連中にも、お前の評判は良かったのに。そもそもその年で、しかも魔力もない平民の身で、騎士団に見出されるのはすごいことなのだぞ」
「それはそれは、ありがとうございます。ま、騎士団の力が底上げされれば、私なんて不要になるでしょう。訓練、頑張ってください」
「言われずとも」
ムッと口を尖らせつつ、「では、またな」とヒルムートは帰って行った。
また?
もう来なくていい!




