なかなか護衛の仕事は出来そうにない?
翌朝、早めに出る。
出立のとき、ザディに「エルナお嬢さんより先にリンが中街区で働くことになるなんてね……」と呆れた調子で言われた。
「本当に君、すごい運を持ってるよ。僕にも分けて欲しいや」
「ザディだって、自分一人の腕でここまで来たじゃないか。充分、持ってると思うけどな」
「そっか。そうだよなぁ。リンの運にあやかると一緒に災難もやってくるかも知れない。うん、自分で頑張るかぁ」
……否定できないところが苦しいな。
ちなみに、ザディよりドドの方が別れを惜しんでくれた。まだ帝国語が片言のドドにとって、気楽に話せる私がいなくなるのは寂しいらしい。
とはいえ、気のいいドドはフロストラーゲンでもわりと人気がある。頑張って馴染んで欲しいところだ。
騎士団本部の入り口では、ヒルムートが腕組みをして仁王立ちしていた。
彼の後ろには馬が一頭、所在なげに立ち尽くしている。
「団長も副団長も今日はいろいろあって、お忙しい。そんな訳で僕が君を送り届ける」
「あ、そうですか。ありがとうございます」
何かあったのだろうか。
「後ろに乗りたまえ。……ん?犬?犬を連れて行くのか?」
「えーと、犬だけでなく猫もいます」
背負った荷物の中から、アスラがひょっこり顔を出した。
なお、この世界の猫はもっと大型で獰猛なものがほとんどらしい。
「……猫?」
だからだろう、ヒルムートが驚いたような声を出した。
「それが……猫?」
「そうです。ちょっと魔物の血も入っていますが」
と、いうことにしておく。砂漠で拾った魔物猫で通すつもりだ。
ところが、見たことのない猫だから詰問してきた訳ではなかったようで。
ヒルムートは目をキラキラさせて寄ってきた。震える手をアスラに伸ばす。
「か、可愛いな……!触っても良いか?」
「え?えーと……」
慌てて心の中でアスラに呼びかける。
(アスラ!触れられるのは嫌か?)
『ヤロウは好かぬ。が、この男の見目は悪くないので、まあ、許してやっても良い』
何がヤロウは好かぬだ。美味しい食べ物をくれる者なら、誰にでも懐くくせに。
「……優しくそっと撫でてくれれば、大丈夫です」
「そうか。……うむ」
ヒルムートは嬉しそうに口の端を持ち上げて、そっと宝物に触れるようにアスラの頭を撫でた。
「にゃあ」
アスラが可愛らしい鳴き声を上げる。
びっくりして、思わず吹き出しそうになった。まさかアスラが可愛い猫のフリをするとは。
「ふわふわとしていて……なんと愛らしい……。この子の名は?何が好みだ?」
「……名はアスラです。好きな食べ物は高級菓子です」
「菓子?!菓子を食べさせているのか?!それはイカンだろう、ちゃんと肉を食べさせろ!」
「魔物の血が入っているといったでしょう?肉ももちろん食べますが、普通の獣のような食事はしません。人間の食べ物を好みます」
「えええ?しかし……菓子など……」
『高級菓子!良いのう、良いのう。鳥に負けた若者よ、妾に貢ぐのじゃ』
背中でアスラが喜ぶ。
アスラの声は聞こえていないはずだが、ヒルムートは眉を下げた。
「ん?菓子が欲しいのか?菓子はあまり体に良くないと思うぞ?」
「にゃあ!」
「む……では今度、持っていってやる」
良かったな、アスラ。愛想を振りまいたおかげで菓子パトロンが出来たんじゃないか?
街中で馬を駆けさせてもいいのは緊急事態のみ。
なので、速歩で街を行く。アスワドはその横を付いてくる。
ちなみに帝都内で馬に乗れるのは、貴族貴民だけらしい。外街区でも平民は馬に乗れない(馬車は許されている)。
外街区も広いので、乗れないと不便な人もいるだろう。まったく不公平な国だ。
私は今、ヒルムートの後ろに乗せてもらっているが、これも本来ならあまり良くないようだ。
というか、貴族が平民の送り迎えをすること事態が有り得ないので、街の人は私のことを(平民っぽいけど、まさかどこかの貴族の隠し子……?)と想像を逞しくしているかも知れない。
別に私は走ってついて行くのでも構わないんだけどなぁ。
「その犬も魔獣なのか……。鳥はどうした?小さくなったと副団長から聞いたが」
中街区の門へ向かいながら、ヒルムートが聞いてくる。
「公爵家に置いてきました」
「危なくないのか?」
「私がいなくて勝手に暴れるようなら、従魔化の意味がないでしょう」
「そうかも知れんが……」
話しているうちに、門へ着いた。
腕輪を見せただけで、馬から降りることもなく通される。昨日も馬車から降りずに腕輪を見せるだけでOKだった。厳しくチェックされたのは1回目だけだ。
すると、ヒルムートがその理由を教えてくれた。
「その腕輪があるのなら、本来は団長や僕などの同行は必要ないはすだ。しかし、君は平民で子供。門衛によっては、難癖をつける者が出るかも知れぬ。団長はそれを心配されていた。故に、今後も勝手に門は出入りするなよ?」
「え、そうなんですか?私一人でも通行は出来たんですか?」
「そうだ。我々は国を守る騎士。不要な問題を起こさぬためにこのような配慮をしているのだ」
そうだったのか。
まあ、公爵家でも全面的に受け入れられている訳ではないので、納得は納得だ。騎士団の団長が家の使用人のことで面倒事を起こしたくはないだろう。
やがて公爵家が見えてきた。
「ところで……近いうちに、君が従魔契約の方法を披露してくれると聞いているのだが……従魔契約は難しいか?やはりあの鳥に負けるようでは無理だろうか?」
急に自信なさそうな調子でヒルムートが質問してきた。
私は首を捻った。
「うーん。基本的には魔獣より強くないと難しそうですが、こいつには負けないという気合いも重要かも知れません。というか、私は毎回、成り行きで従魔契約に至っているので、よく分からないんですけど」
「気合い?負けないという気合いなら、なんとかなりそうな気がするな……」
うん。君は負けん気の強さで、駆け上がってきたタイプに見える。空回りしている節はあるけれど。
「そうそう、君は狩人だったとか?あの鳥のような危険種を狩った経験は多いのか?」
「どれが帝国の危険種に区分されるのか分からないので、どうなんでしょうね?でも、二級狩人にはなりました」
竜はさすがに危険種だろう。
しかし、ヒルムートが首を捻る。
「二級?二級ですごいのか?」
一番じゃなければ、大したことないってか?悪かったな。
「さすがに一人で竜を狩るのは難しく」
「竜?!竜を狩ったのか?!!え、それで二級??!」
「仲間との連携で、運良くという感じですけどね」
ヒルムートの驚きが半端ない。帝国はあまり魔獣が出ないせいもあると思うが……ふむ。やはり竜を狩ったのはスゴイよな?
今なら……一人で狩れるかなぁ。
アスラの魔法なら一発で丸焦げに出来るけど、それ無しではどうだろう。背も伸びてきたことだし、そろそろ大剣を使ってみるか?双剣は竜相手にはちょっと厳しいんだよなぁ。
あ、そうだ。これをヒルムートに聞いておこう。
「ちなみに……従魔契約は、なんの魔獣で試すかご存知ですか?」
「あ、ああ。月豹だ。従魔具で縛っているが、とにかく乗りこなせる者が少ない。従魔にするともう少し乗れる者が増えるのでは?という意見があるのだ。北の人間は、首輪無しで乗っているようだからな」
ふうん。月豹で試すということは、その月豹は私にもらえるんだろうか。
ミチルがいるから、空を飛ぶのはなんとかなるかと思っていたけど、月豹に乗れるようになるなら嬉しいな。竜も狩りやすくなりそうだ。
……ただ、アスワドが悲しむかも知れない。
「一体、あなたは何匹、魔獣を飼っているんですか!」
屋敷に着いて早々、アルトマンから叱責された。
なんだよ、バルドリック、この件をアルトマンには説明してなかったのかー……。
そんな訳で、アスワドは私のそばに付いていたいようだが、アルトマンから「屋敷内は駄目です」と許可が出なかった。
アスラも、魔物の血が入っているなら駄目だと言われた。
が、「にゃうん……」と絶妙に可愛らしい仕草でアスラが訴え、周りの使用人一同が「こんな愛らしくて小さな生き物を外で飼えなんて!」と一斉に味方へ回ったため、撤回された。ただし、お嬢さまには会わせないようにとのお達しである。
お嬢さまには私が魔獣の犬猫を飼っていると言ってしまったので、どうやって会わせないようにしたらいいんだろな。
それにしても。
アスワドもチワワサイズにさせておけば良かった(このとき、中型犬サイズになっていた)。小さければ、アスラ同様、周りが認めてくれたかも知れないのに。
ま、あとでこっそり喚ぶか。
さて、リーゼッテさまからさっそく呼び出されたが……一人の侍女が申し訳なさそうに私とリーゼッテさまに告げた。
「あの……アルトマンさんが、護衛の仕事はお嬢さまを守ることである、お嬢さまと話すことではないと仰られて……」
私とリーゼッテさまが会話するのを阻止するよう言い付けられたそうだ。
「ええ?!そ、そ、そんなの、おかしいわ!」
「でも、あの、わたし……ちゃんと仕事しないと、お給料減らされちゃいます……」
「うっ……」
「そもそも、屋敷内で危ないことは何もないので、あの、出掛けるときに付くだけでいい、と」
うん、まあアルトマンは間違っちゃいない。
よほど平民の小娘が大事なお嬢さまに悪い影響を与えないか心配らしい。過保護な執事って、面倒だなぁ。
―――という訳で、入れ替わり立ち替わりいろいろな侍女が監視に来るので、私は壁際でぼーっと突っ立っているだけの半日を過ごした。
その間、お嬢さまは自主勉強である。学院へ入るための簡単な試験があるので(学力の程度を見るためのものらしい)、今までに習ったものの復習だそうだ。
そして、午後。
再び、ヒルムートがやって来た。
「……至急、第二騎士団へ来て欲しい」




