思い出した重要な事柄
翌日もリーゼッテさまには会えなかった。
ということで、本日も便利屋業である。
ちなみに今日は馬の世話をさせてもらうついでに、馬に乗せてもらった。
今世で馬に乗るのは初めてだ。平民に縁があるのは脚が太くて背の低い荷馬車の馬くらい。人が乗っても構わないのだが、私には乗る機会がなかった。
アインベルガー家の馬は、当然ながら農耕馬ではなく乗用のための馬である。前世のサラブレッドと似てはいるが……脚がかなり太い。鎧を着た騎士でも簡単に踏み潰せそうだ。
前にニアムでルーアが乗っていた魔物の血の入った馬ほど大きくはないが、充分、速くて持久力もありそうである。
「まずは俺が横で手綱を持ってるから、慣れることから始めようか」
オスムントがおとなしそうな馬を馬場に連れ出しながら、言う。
私は首を振った。
「いえ、たぶん乗れるので、大丈夫です」
「え?だって馬に乗るのは初めてだろう?」
今世は初めてだが、前世は乗馬経験者である。しかも障害馬術はまあまあ得意だったんだ。
今世では馬より難しいアスワドを乗りこなしているしな。これで馬に乗れない訳がない。
心配そうなオスムントを押しのけ、軽く飛び上がって馬に乗った。
……それにしても、オスムントは暇なのか?今日は朝から私と一緒なんだが。
とはいえ、私も他人のことは言えない。リーゼッテさまに会えないと、ただの居候である。
―――さて馬の方は、簡単に乗りこなした。
ただアスワドに慣れたせいか、どうにも物足りない。以前はこの屋敷で月豹も飼っていたとのことで、月豹に乗れなかったのは残念である。
アインベルガー家4日目。
今日の主な仕事は家具などの移動である。
玄関ホールにある私の顎くらいまでの高さの大きな花瓶を物置に片付け、代わりにもっと大きな天使っぽい像を置く。その前に台座も運ぶ。
壁の巨大なタペストリーを外して、違うものに取り替える。階段の絨毯も替える。
「年に1回、使用人総出で模様替えするのに……1人で全部片付けてしまうなんて……」
トゥータが目を白黒させ、私が巻き取った絨毯を眺めていた。
「便利ねぇ、身体強化……」
うん。
今まで魔獣狩りに必要な能力としか考えていなかったけれど、かなり便利だと思う。普通の生活をするなら、魔法より身体強化かも知れない。
絨毯を物置へ運んでいるときにオルティアが人目をはばかるように近付いてきた。
「ね、ね、それを運び終わったら、ちょっと私の用事も手伝ってくれるぅ?」
「いいですよ」
ちょうど一段落したところだ。
絨毯を片付け、オルティアのあとを付いてゆく。
目的地は―――図書室だった。初めて踏み込んだ図書室は壁沿いに棚が並び、高い天井まで本がぎっしりと詰まっている。かなりの蔵書量だ。
うーむ、図書館ではなく個人宅でこんな図書室をこの目で見るとは。感動するなぁ。
本棚を見上げながら素直に感動していたら、本棚の影から金の毛玉が……もとい、リーゼッテさまが現れた。
「オルティア、だ、誰にもバレてない?」
「たぶん大丈夫ですぅ。アルトマンさんはハイノルトさまのお部屋でしたしぃ、トゥータさんは庭師と話してましたからぁ」
「よ、よ、良かった」
ふうと息を吐いて、リーゼッテさまは私の方を向いた。
「リ、リン。あのね。わ、わたしの護衛をしてくれるって言ったのに……辞めるって本当?」
「は?」
思わぬ質問に、私は目を見張った。
その反応を見たリーゼッテさまがホッとしたように頷く。
「や、やっぱりアルトマンがウソを言ったのね」
「……どういうことですか」
「ア、アルトマンはわたしがリンと仲良くするのがイヤみたい」
「というよりぃ、お嬢さまの魔術研究熱が高まるのを心配してると思いますぅ。寝るのも食べるのも忘れるんですもん。それにぃ、闇魔法はヤバいですしぃ」
なるほど。リーゼッテさまと会わせてもらえないのは、アヤシイものに近付けたくないというアルトマンの意向か。
大奥さまからの言い付けもあるのに、執事長が勝手にそんな判断をしていいのか?
「や、や、闇魔法って!や、闇属性のことを知るだけじゃない。ぜ、ぜ、全然違うわよ!だ、だってリンは身体強化するんでしょ?じゃ、じゃあ、魔法はつ、使えないワケだし」
リーゼッテさまのむすっとした口調の台詞に、私はつい、首を傾げた。
「えーと……帝国では闇魔法が使えたら、ヤバいんですか?」
「そりゃヤバいわよぅ!国教会でゴーモンよ、ゴーモン!」
「オルティア」
ふいにリーゼッテさまが低い声を出した。
オルティアが目をパチパチさせて、「はい?」と返事する。
「ア、アルトマンやトゥータに見つかるとうるさいから、ろ、廊下で見張っててくれる?」
「いいですよぅ、了解です!」
唐突な指示だったが、オルティアはにこやかに頷いて図書室を出て行った。きっとこの素直さが、リーゼッテさまに早く気に入られた要因なんだろう。
オルティアが出て行ったのを確認してから、リーゼッテさまは私に近寄り、声をひそめて聞いてきた。
「リ、リン。も、も、もしかして……や、闇魔法使える……の?」
「まさか」
さっき、オルティアは国教会が拷問とか言ってたよな??
国教会って?
ちょっと慎重に動かないとまずそうだ。ここはひとまず、素知らぬ振りをしておこう。
リーゼッテさまは忙しなく両手をこね始めた。
「そ、そもそも、従魔契約自体、ま、魔法を使える人間でないと、け、契約できないって本には書いてあったの。だ、だからリンが従魔契約した経緯が、す、すごく気になって……」
「え?いや、魔獣を殴って言うことを聞かせて、名前をつけたら契約になったみたいで」
「はあ?……そ、そんなんで、け、契約になるの?」
呆れたように言われた。
まあ実際、私自身は契約したつもりはない。アルマーザがそう言ったから、そうなんだろうと思っているだけだ。
……ん?
アルマーザ??
そういえば―――アルマーザに「闇の精霊魔法を使ったら、人間社会から追われる」と言われたことがあったような?闇の精霊どころか、悪魔による闇魔法。これは完全にアウトか……?
うわぁ、忘れていた!記憶力は良いと思っていたのに!!今さら思い出すなんて……テネブラエでいろいろあり過ぎて、記憶から完全に飛んでいたよ……(決して、魔法を使えることが楽しくて我を忘れていた訳ではない)。
突然、重要なことを思い出し愕然としていたら……リーゼッテさまが更に声をひそめた。
「リン?や、やっぱりあなた、や、闇魔法を……」
「い、いえ、前に西のエルサールという王国で、ハーフエルフの魔術師から岩狼と私の間には従魔契約が結ばれていると言われたんです。私自身はよく分かっていないので……」
「ハーフエルフ?!」
素っ頓狂な大声が上がり、リーゼッテさまは慌てて自身の口を押さえた。
「え?え??ハ、ハーフエルフって、じ、実在するの?!エ、エルフもハーフエルフも、もう滅びたって思ってた!」
がしっとリーゼッテさまに手を握られた。
長い金の前髪の間から、キラキラと期待に満ちた青い瞳が少し覗く。
「や、やっぱり一度、ふ、二人だけでゆっくり話しましょう。こ、今夜、わたしの部屋に来てくれない?あ、あなたなら、ま、窓からこっそり入れないかな?」
入れなくはない。が、見つかると問題になるんじゃないか?
返事を渋っていたら、リーゼッテさまは握った手をぶんぶんと振った。
「リン!わ、わたし、ホントにあなたを護衛に雇いたいから……い、いろいろ、事前にちゃんと聞いておきたいの!じゅ、従魔契約のこととかもね、き、気をつけないと、国教会に狙われるかも知れないわ。あ、あなたも、わ、わたしと話をした方がいいと思う!」
ん?
―――そうか。考えてみれば、下手をするとリーゼッテさまと顔を合わすことなく、明日、そのまま外街区へ帰らされる可能性があるんだよな。
いくらリーゼッテさまが乗り気でも、最終的に判断するのはバルドリックだ。アルトマンからの進言で、私の雇用を見送るかも知れない。
ということで、ここは多少の危険を冒してでも、魔術に詳しいリーゼッテさまと話しておいた方が良さそうだ。帝国では、かなり闇属性や闇魔法に対して厳しい対応をしているというなら特に。
大体、アスラ―――悪魔との契約解除の情報を集めるのは、今のところ帝国がベストなのである。その帝国で活動する危険度は、きちんと把握しなければならないだろう。
そして。
アスラがそばにいないこの機会も、最大限に活かしておかねば。アスラの前で“契約解除”なんて言えるはずもないのだから。
「分かりました。今夜、伺います」
なんとなく、リーゼッテさまならアスラの話をしても受け入れてくれそうな気もする。その代わり、テネブラエで仕入れた魔術の情報はいくらでも開示しよう。




