ミチル・ショー
食事のあと、調理室で肉を分けてもらった。
何に使うのかと聞かれたので、飼っている鳥にやるんだと答えたら、えっ、こんな量の肉を食う鳥を飼っているのか?!とギョッとされた。
大きな肉の塊をぶら下げて、庭へ行く。
その途中、話を聞きつけたらしいオスムントという男が、私の飼い魔獣(?)をぜひ見たいと付いてきた。
「第二騎士団に知り合いがいるんだが、彼から君の話を聞いてね。子供なのに魔獣を倒したってことも驚いたけど、魔獣を飼っているって……とても信じられないと思ってさ。この屋敷まで連れて来てるんだって?本当にそれ……魔獣なのかい?」
30代になるか、ならないかくらいだろうか。非常に体格のいい男だが、まるで子供のように好奇心いっぱいの目をしている。どうやら、この屋敷の護衛らしい。
……屋敷の裏の馬場へ。
今は馬も厩舎にいるらしいので、ここなら他へ迷惑をかけることはないだろう。
ここへ来るまでに、いつの間にか数人の使用人たちも加わっていた。完全に見世物である。しかも魔獣というより珍獣を見に来ている感じだ。全員、ワクワク感が滲み出ている。
私は馬場で、空へ向かって大きな声を出した。
「ミチル!おいで!」
本当はわざわざ声を出して呼ばなくても念じるだけで来るのだが……まあ、ギャラリーがいるしな。パフォーマンスとして必要だろう。
すぐにミチルは上空に現れた。軽く馬場の上を回って、伸ばした私の腕に降りてくる。
「え?それが……魔獣??」
オスムントが目を真ん丸にして尋ねてくる。
手の平サイズの小さな鳥。
可愛く首を傾げて私を見上げている。
ザワザワと後ろのギャラリーたちも騒ぐ。
私は思わずにやっとして、もう一度、ミチルを空へ放った。
「元の姿に戻れ!」
「ケーーーッ!」
瞬間、バサリと青く大きな翼が広がり辺り一面に怪声が響く。
「う、うわあああっ!!」
「きゃーーー!」
オスムントはポカンと口を開けて空を見上げ、後ろでは特大の叫びが飛び交った。腰を抜かしたり、逃げ出した者もいる。
あ、やばい。これ、楽しいかも知れない。
―――しかしその後。
私はアルトマンに盛大に怒られた。魔獣の件は聞いていたが、公爵家の屋敷でこんな騒ぎを起こすとは非常識な!とかなんとか。
何故、私が怒られるんだ。
見たいと言って付いてきて、勝手に恐慌に陥った奴らが悪いのに。納得がいかん。
「リン、ま、魔獣を飼ってるの?そ、そ、そういえば、魔物狩人とか言ってたわね……?」
翌日、朝食後にリーゼッテさまに呼ばれた。
「ええ、まあ……」
お嬢さまの後ろに立つアルトマンの視線が痛い。お嬢さまに魔獣は見せるなよ?という牽制だろうか。
しかし、リーゼッテさまは興味津々な様子だ。
見せろと言われたら……どうしたらいいんだろう?小さい姿のミチルなら、別に問題はないと思うんだが……。
「ま、魔獣って飼えるの?」
「正しくは従魔契約らしいです」
「従魔契約?!ま、ま、魔獣と従魔契約?!そんなことが出来るの?!く、詳しく教え―――」
「ンンッ!」
アルトマンの咳払いで、リーゼッテさまはハッとしたように乗り出しかけていた体を元に戻した。慌てた様子でぴしっと姿勢を正すが……すぐに両手をこね始めた。そしてチラチラとアルトマンを窺いつつ、言葉を紡ぐ。
「あ、あのね。て、帝国は初代皇帝が天族の加護を受け、そ、そ、それにより帝都に強固な結界を築くことが出来たと、い、言われているの」
「へえ。そうなのですね」
「だ、だからね、対極に位置する、や、闇の魔法は帝国内では禁忌と、さ、されていて。わ、わたし、魔法を研究しているんだけど……や、闇の魔法のことは全然資料がないから……し、知りたいなー、って……」
「お嬢様」
「だってアルトマン!」
意外なほど大きな声を出してリーゼッテさまは執事長に反駁した。
「て、帝都内で闇属性の人間に会える機会なんて、な、な、無いもの!き、気になるに決まっているじゃない!」
「彼女の中街区への立ち入りは特別な許可によるものです。それはお嬢様の“護衛”としてです。決して、お嬢様が闇の魔法を彼女から知るためではありません。禁忌には、手を出さないでください」
「~~~っ!」
悔しそうにリーゼッテさまは唇を噛んだ。
……うーむ。これまでアスワドもミチルも、驚かれはするものの結局は周囲に受け入れられてきた。なので特に問題意識はなかったのだが。
もしかして帝国では闇属性というだけで、ヤバいのだろうか。
闇属性どころか、今の私は闇魔法だって使える。これ、隠しておいた方が良い件……?
というか、一番ヤバいのはアスラの正体かも知れない。バレたら、縛り首だったりして……?
アルトマンの私への警戒感が更に増し、早々にお嬢さまの部屋を出された。リーゼッテさまはもっと話したそうにこちらを見ていたが……(もっとも、もっさりした前髪のせいで違う方向を見ていた可能性は否定できない)。
そして部屋を出されたところでトゥータと鉢合わせ、私用に丈を調節した制服に着替えさせられた。どうやらトゥータが丈を詰めてくれたようである。
たった一晩で手直し!
裁縫の苦手な私にはまるで奇跡のような手技だと思う。
ついでに、靴も渡してくれた。靴は私に合うサイズがなかったので、元々自分の履いていたものをそのままにしていたのだ。
今までは柔らかく厚めの革のショートブーツだったが……かっちりとした硬い革靴は、少し変な感じだ。いつものように動けるだろうか?早めに慣らしておいた方がいいかも知れない。
その後は、またあちこちの手伝いに回った。護衛で来たはずなのに、これではただの便利屋である。
その代わり、アインベルガー家の内情はわりと把握できた。
奥さまは西翼棟の方に部屋があり、リーゼッテさまとはほとんど顔を合わせないらしい(リーゼッテさまは東翼棟に部屋がある)。
使用人も奥さまとリーゼッテさまでは分かれていて、あまり交流もないそうだ。
お2人共通の使用人といえば料理人くらい。
といっても、料理人が奥さまと直接話すことは無い。リーゼッテさまの方はたまに調理室へ行き、料理の感想を言ったり、こんなものが食べたいと要望を述べることがあるらしいが。
「西翼棟で働いている使用人の多くは、奥さまが輿入れの際に奥さまのご実家から一緒についてきた人たちなんだよ。東翼棟の方は、アインベルガー家に古くから仕えている人たちばかりだね」
オスムントがそんなことを教えてくれた。
ちなみにオスムントは祖父の代からアインベルガー家で護衛職に付いているそうである。
「奥さまってどのような方ですか」
「ん?お綺麗な方だね~」
……いや、そういうことを聞いた訳ではないのだが。
オスムントの断片的な情報をまとめると、どうやら騎士団長のバルドリックがわりと熱烈なプロポーズをした末に結婚したらしい。
それが今やほぼ別居状態とはねぇ。やはり結婚なんてするもんじゃないな。




