部屋と服を与えられる
学院へは行かないけれども私を護衛として雇うとリーゼッテさまがアルトマンを呼んで告げると、アルトマンから疑惑の視線が向けられた。私が腕力で訴えたとでも思ったのだろうか。
リーゼッテさまはそんな執事長の様子に気付かず、両手の人差し指をこねこねする。そして、少し嬉しそうな声音で今後の計画を話し始めた。
「あ、あの、あの、あのね……お、お祖母さまや、お、お父さまが推すくらいだから、リ、リンは護衛として、ゆ、優秀ってことでしょう?だ、だから……リンと一緒に一度、り、領の方へ行ってみたいなって」
「領へ、ですか」
アルトマンが意外そうに声を上げた。
「うん。わ、わ、わたし、この屋敷からあまり出たこと、な、ないから」
「左様ですか。分かりました、そういうことなら……」
ほんの少しだけ、アルトマンの私を見る目が柔らかくなった。
リーゼッテさまとの話が終わると、アルトマンが屋敷内を案内してくれることとなった。
といっても、使用人用の食堂、洗濯室、執務室くらいを回った程度である。
リーゼッテさまは私を雇うと言ったが、アルトマンの方は私を信用していいかどうか、まだ決め兼ねているようだ。そりゃ、お嬢さまの部屋の扉を吹っ飛ばして中へ入るような奴だから、当然だろう。
最後に私の部屋にも連れて行ってくれた。
一度、屋敷から出て、横手にある別の建物に入る。使用人の宿舎のようだ。
「お嬢様はあなたを雇うと言われたが……5日後、旦那様が来られたときに、正式採用するかどうかの決定がされる予定です。それまではこちらに。もし正式採用となれば、お嬢様の部屋の近くに移ることになると思いますが」
「分かりました」
私としては、別にどこでもいい。屋根があって、ベッドで寝られるなら万々歳だ。
ちなみに、ここでも屋根裏部屋だった。
中は綺麗に整えられているが、ここに案内されるまで、屋敷内の他の使用人から歓迎されてない空気をそこはかとなく感じた。
ふと、思う。
もしかして、アルトマンは私とお嬢さまを会わせないまま、5日間、過ごさせるつもりだったのではないだろうか。
部屋を見渡していたら、アルトマンがぼそりと呟いた。
「お嬢様は内気な方で……まさか、貴方のような人と打ち解けるとは思いませんでした」
「打ち解けたかどうかは分かりませんが、お嬢さまと直接話ができて良かったです」
強引な手法を取ったのは、悪かったなーとは思っている。しかしお試し期間終了後、護衛不採用になっても構わないが、お嬢さまと会わないまま話をしないままで終わっては、オバはんから何を言われるか分かったもんじゃない。最低限、話だけはしたかったのだ。
アルトマンが私を見つめ、少しだけ口元を緩ませた。
「お嬢様は知らない人とは会いたくないと仰せだったので、なるべく、貴方とは会わせないようにするつもりでした。しかし……大奥さまの見立ての方が正解でしたね」
「大奥さまの見立て?」
「同じ年頃で平民の子の方が、気が合うかも知れないと仰せだったのです」
……え。
そんな風に考えていたのか?オバはん。
意外な気持ちで目をぱちくりさせたら、アルトマンは苦笑した。
「我々では、なかなか平民と知り合う機会はありません。そして、平民で公爵家に仕えられるほどの者はまず見つからない」
うん、まあ、そうだろう。これだけ平民と貴族がすぱっと分かれて暮らしていたら、出会えるはずがない。
平民の方も貴族と付き合いがないのだから、貴族に仕える礼儀だのなんだの、知るよしもない。
「大奥様は、感心していましたよ。貴方は、恐れ知らずで無鉄砲な面はあるが、とても子供とは思えないほど理知的で礼儀も正しく、強い。異国民で、しかも孤児だとは信じられないと」
今度こそ、パカッと口が開いてしまった。
それ、本当にあのオバ……じゃない、大奥さまが言ったのか??
私の内心を読み取ったらしい。アルトマンは軽く肩をすくめた。
「大奥様は大変気難しい方ですが、物事は公平に評価される方です」
「……私は結構、暴言を吐いた気がするのですが」
「そうですね、かなり失礼ではあったが、間違ったことは言っていなかったと仰っていました。大奥様は、面と向かってはっきり意見されたことが初めてだったので、つい、頭に血が上ってしまったとか。……あの大奥様を取り乱させるとは……貴方は何を言ったのですか?」
何を言ったっけ?
首を刎ねたいなら刎ねろみたいなことは言った気がするが……。
「あ。そもそも、大奥さまが先にわりと強引なことを言ってきたので、つい、言い返してしまったような?」
「ああ……あの日、大奥様は旦那様の元乳母が病気になったというので、見舞いへ向かう途中だったと聞いております。気が急いていたため、つい無茶なことを言ったのかも知れません」
そうだったのか。大奥さまにもそれなりに事情があったとは。
それを少しでも言ってくれたら、ちょっとは対応が違ったかも知れないのに。まあ、あくまでも“ちょっと”だけど。
アルトマンが咳払いをした。
「少々、喋りすぎました。では、最後に屋敷の者を何人か紹介します。付いて来てください」
「はい」
いやいや、全然喋りすぎじゃない。
できれば、もっと公爵家の情報を流して欲しい。
侍女頭のトゥータ、リーゼッテさま付きの侍女メリアとオルティア他、数名を紹介される。
全員、警戒感いっぱいの眼差しだったが、アルトマンが「お嬢様は、この子供が護衛になることをお望みです」と言った瞬間、みなの顔がパッと明るくなった。そして、
「まあ!本当ですか?!」
「あらあらあら、あのお嬢さまが……」
と嬉しそうに一斉に話し出す。
ふうん。リーゼッテさまは使用人たちに慕われているのかな?
アルトマンが一度、パン!と手を打ち、場を静めた。
「まだ、彼女が正式採用になった訳ではありません。あまりあれこれ、先走らないように。……ではトゥータ、リンに服を」
「分かりました。……リンちゃん、じゃあ、こっちに来てくれる?」
侍女頭はアルトマンと同じくらいの年齢だろうか。
ちゃん付けは止めて欲しいな。そんな可愛い柄じゃない。
トゥータと共に、洗濯室の隣の部屋に入る。
制服がたくさん置かれていた。公爵家は制服支給らしい。
そういえばお試し期間だから、服もそのままで来たけれど……公爵家のお嬢さまの護衛となれば、きちんとした格好でなければならないのかも知れない。自腹でなく、制服支給とは有り難い。
……いや、でも、まさかメイド服なんて言わないよな?前世の若い頃なら可愛く着こなす自信はあったが、今世は似合わない気が。
「あなた、護衛よね?やっぱりスカートは良くないわよねぇ。そもそも子供服は少ないから……うーん、これかしら?」
トゥータはぶつぶつ言いつつ、いくつか引っ張り出す。
黒のパンツに黒のベスト、白のシャツ。少年用の服だ。
「男の子用だけど。着れるかしら?」
「大丈夫だと思います」
なんせ、まだ第二次性徴がみられないからツルペタだし、尻も小さいからなー。大きな胸は戦闘に不便そうなので、このまま育たない方がいいのだろうけど……うーん、でもせめてBカップくらいには、いずれ育って欲しい。そうすれば寄せて集めてCカップに偽装できる。
今から対策を立てておくべきか?
前世でキャベツを食べると胸が大きくなるという話を聞いた覚えがあるんだが(あのとき、ちゃんと調べておけば良かった!)……この世界のキャベツっぽいやつに同じ効果はあるんだろうか?
そんなことを考えつつ、渡された服に着替える。
「少し大きいくらいね。これ以上、小さな服はないから、今日はこれで勘弁して頂戴。明日までに直しておくわ」
パンツの裾などをチェックしながら、トゥータが全身をくまなく調べる。くすぐったい。
「あらあら、まあまあ!年頃の女の子にしたら筋肉質だけど、細身ねぇ。本当にあなた、強いの?なんだか魔獣を倒したって聞いたけど、信じられないわ。そうね、夕食は肉中心でたっぷり用意してあげるから、たくさん食べなさい」
「ありがとうございます」
おお、やった、公爵家のご飯!
どんなものが出るかなぁ。楽しみだ。
そういや、アスラとアスワドはどうしよう?正式採用になったら、迎えに行かなきゃならない。アスラ、貴族街でおとなしく出来るかな??




