アスワドに導かれ、巣の近くへ
森を駆けるアスワドの足取りに迷いはない。巧みに木々を避けながら、かなりのスピードで先を行く。
月豹の方は障害物のある森を走るのが苦手なのだろう、若干遅れがちになりながら後に続く。
「西側に魔獣は多いのか?」
頭の上からエクバルトの質問が降ってきた。
「私が狩人をしていた地域は多いと思います。でも、大きい街の周辺はそうでもありません」
エルサール王国では、魔獣の話はあまり聞かなかった。ザディたちと旅をしていたときも、人面鳥に攫われるまでは特に遭遇した記憶がない。
ニアムにわざわざ狩人が集まるということは、やはり、魔獣が出やすい、出にくい地域というものがあるんだろう。
「そうか。……で、君は代々狩人の家系にでも生まれたのか?」
「いいえ。孤児です。魔獣に攫われたとき、狩人に助けてもらいました。行く宛てがなかったため、そのまま弟子入りさせてもらったんです」
「なんと……!そのような幼い身で苛酷な……!」
そうかな?盗賊の奴隷として捕まったことと比べれば遥かに良い境遇だと思うけどな。
そもそも私がグルドたちに狩人をやりたいと頼み込んだのだ。
「ぐるる……」
やや前方でアスワドの唸り声がした。
いつの間にか足を止めたアスワドが、こちらを向いて待っている。
「……魔獣はどこに?」
エクバルトも月豹の足を止め、私に聞いてくる。
私は月豹から飛び降りてアスワドのそばへ行った。頭を擦り付けるので、撫でてやる。
「ぐるぅ……」
アスワドは満足そうに唸って、鼻先を右上の方へ向ける。
鼻先に視線を向けてみた。
―――いた。
蒼刺鳥だ。
ここから1kmほど先に見えるかなり大きな岩。
その岩のてっぺんに。
蒼刺鳥の巣があった。普通の鳥のように木材で(というか、丸ごと一本の木が積み上げられている)作られた巣だ。
雛が2羽。そのそばに親鳥。
「あれか……」
私の横に来たエクバルトが小さく呟いた。
「副団長と2人なら狩れますよ。さっさと狩ってしまいましょう」
それまでエクバルトの後ろで静かに付き従っていた若い騎士が、意気込んだ発言をした。
ちらっと私を見たので、「こんな子供に出来て、自分に出来ないはずがない」と言っている気がする。
「駄目だ。私たちの役目は魔獣の居場所を特定することだ。討伐は団長の指示を仰いでからだ」
「しかし、いつ親鳥がここを離れ、民を襲いに行くか分かりません」
「危険種は最低でも治療師を含めた5人で当たるよう規定がある。逸るな」
「……」
若い騎士は悔しそうに唇を噛んだ。
うんうん、組織はこういうところが面倒だよな。
でも、彼は少々自分の力を過大評価しているタイプに見える。敵と自分の力量を見極められず、無茶をして手痛い目に遭いそうだ。
目測だが……メスはオスの1.5倍くらいの大きさがある。雛もどうやらすでに羽が生え揃い、十分、成鳥の域に達しているようだ。親の半分ほどの大きさでも、かなりの脅威判断していいだろう。そんな3羽を相手するとなると……どう考えても厳しい。副団長に従い、素直に増援を待つべきだ。
―――エクバルトが懐から紙を取り出した。
魔法陣が描かれている。
小さく呪文を唱え、息を吹き掛けた。
すぐに紙は手の平に乗る小さな鳥の姿に変わる。
「エクバルトです。件の魔獣を見つけました。親鳥一羽、雛が二羽。羽に麻痺毒を持つそうです」
鳥に向かって言い終えると、エクバルトは再び息を吹き掛けた。
小さな鳥はふわっと手の平から浮かび―――ヒュン!と音がするほど高速でどこかへ一直線に飛んで行った。
へーえ。通信術か?
「今のは?」
「魔術を見るのは初めてか?……あらかじめ定めた印に向かって飛ぶ魔術だ。芸がないが、我々は通信鳥と呼んでいる」
「着いた先で、伝言をしゃべってくれるのですか?」
「そうだ」
ふうん。
テネブラエでは見かけなかった魔術だな。どんな仕組みなんだろう。頼めば、魔法陣を見せてもらえるだろうか。
ちなみにテネブラエでは、鏡を使った相互通信の魔術があった。そちらの方が優れているように見えるが、細かな座標指定が必要で設置と設定に手間が掛かる。さらに鏡は動かせず、言うなれば固定電話のようなものだった。
今の通信鳥の場合は、一方通行のようだが場所を固定せずに使えるらしい。やり取りにやや時間の掛かる持ち運び可能な送信機……という感じだろうか。
数分ほどして、ヒュッと白い塊が飛んできた。
エクバルトの前で止まり、小さな白い鳥がホバリングしながら金属質な声で喋りだす。
「すぐそちらへ向かう」
おお!話した声をそのまま再生するのかと思ったら、機械ちっくな声がしたぞ。
思わず前世の人工合成音声を思い出してしまった。
面白いなー。この鳥、どうやって音声を作っているんだろう?
「あ!親鳥がどこかへ行こうとしています!」
伝言を終えた白い鳥がサラサラと崩れて消えてゆくのを眺めていたら、若い騎士の焦った声が聞こえた。
そちらを見ると、騎士が月豹の手綱を固く握って空を見上げていた。今にも飛び出しそうだ。
「ヒルムート。待機だ」
「しかし……」
彼の反論が展開される前に、黒い影が通過していった。
蒼刺鳥が上を飛んで行ったのだ。
「…………追います!」
「ヒルムート!」
上司の制止を聞かず、若い騎士は空へと月豹を走らせた―――。
「あの、馬鹿!」
エクバルトは短く吐き出し、すぐに月豹に跨がった。
「リン!君は木の影に隠れているんだ。いいな?」
私に向かって指示を出したあと、すぐに若い騎士を追い掛ける。
……大変だなぁ、血気盛んな若者がいると。
とりあえず、私はしばらくここで待つしかあるまい。適当な場所で腰を下ろし、アスワドを招く。
が。
再び、上空を黒い影が過った。
「キェーーーッ!」
「ゴァァァァァッ!!」
ああー……どうやら雛が親鳥を追い掛けたらしい。
続いてそんなに遠くないところで戦闘の始まった音がする。
……うーむ。騎士たちはプライドが高そうだけど、加勢に行った方がいいかな?3対2は大変じゃないだろうか。まあ、騎士の実力は知らないけれども。
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ありがとうございます!
御礼のSS……書きたかったけど、間に合わないので……来週にでも上げます。もうずっと書くのに追われている気がする~。




