騎獣に乗って空を行く
新章開始です!
といっても、まずは鳥討伐が終わらないと話が進まない……。
音もなく銀豹が地面に降り立つ。獰猛そうな獣に、村人たちが後退る。
―――羽がないのに空を飛ぶ獣か。すごいな。かっこいいじゃないか。
魔獣なんだろうか?ぜひとも乗ってみたいが……。
「魔獣が出たと聞いた。どこだ?」
「は、この子供が襲われたと……」
わくわくしながら銀豹を眺めていたら、鋭い声が問うてきた。村長は慌てて手をクロスさせて跪き、緊張した声で答える。
あ、この人たちが騎士団なのか。
私とザディも急いで跪く。周囲の村人たちもばらばらと跪いた。
「子供。魔獣はどこだ?」
兜の下から力強い視線を向けられたので、自然と背筋を伸ばして後ろの谷を指した。
「あちらの谷の途中で遭遇しました」
「そうか。怪我人は……その3人だな?フロヴィン!治療に当たれ。ヒルムート、我々は谷へ向かうぞ」
「あ!あの……蒼刺鳥のオスの方は退治しましたが」
「そうか、オスは退治したか……退治?!誰が??」
そういや、村人に魔獣が出たとは言ったが、倒したとは言ってなかったような?
私の発言に村長や村人からも「え?」というような視線が向けられた。
まあ、でもまだメスがいるはずだから、騎士団に退治してもらった方がいい……と思う。
「エクバルト様。本当です。その子供が倒しました」
ヴィンケルが薬師の隣で声を上げた。
おや。騎士団の人を知っているらしい。
「ヴィンケル!怪我人とは、君のことか。では、あの馬車は……」
「ええ、大奥様が中に……」
「ご無事か?」
「はい」
騎士は銀豹からするりと降りた。そして大股にヴィンケルへ近付く。
背が高い。30代くらいだろうか。何気ない身のこなしからでも、かなり鍛えていて隙がないのが分かる。
ヴィンケルと少し話したあと(何度か驚いていたようだ、まさか!とか本当か?!という声が聞こえた)、彼は私の方へ来た。
「君は狩人らしいな。そんな小さいのに、魔獣を倒したとは信じ難いが……しかし魔獣の知識があるのなら、ぜひ、我々に協力してもらいたい。この1月ほどずっと件の魔獣を探しているのだが、まったく見つからないのだ」
「えーと……確かに私は狩人ですが、中央山脈より西の出身で、こちらの魔獣には詳しくありません」
頼りにされては困る。
大体、国を守る騎士団なら、こんな異国の子供に聞くのではなく、専門家に相談するべきだろう。
しかし騎士は首を振った。
「だが、名前や習性を知っていただろう?」
「帝都で、引退した元狩人から話を聞いただけです」
「ほう、帝都にそのような人物がいるのか!まあ、その伝聞の知識でも十分だ。帝都内で危険種に分類される魔獣はここ2、300年は出現していない。その元狩人も、実際に遭遇した訳ではなく知識として知っているだけだろう。それよりも君のように、真に魔獣を狩った経験が我々には必要だ」
え?2、300年出現していない?
元狩人の話ぶりでは、そんな前の話には聞こえなかったんだが。話を盛ったんだろうか。
そのとき、騎士の後ろでザディが手を振っては首をカクンカクンさせているのが見えた。何をやっているんだ、ザディ。
「さあ、私の騎獣に同乗しなさい」
「いや、私は―――」
「リン!お嬢さまのことは心配しなくていい。ここからなら、僕だけでも大丈夫だ!」
耐えかねたようにザディが叫んだ。顔が真っ青になっている。
騎士が驚いたように振り返った。ザディが慌てて低く頭を垂れる。
「突然、口を挟んで申し訳ありません!その子供は、商家の娘の護衛でして。仕事に対して非常に真面目なので、お嬢さまのそばから離れられないのです。ですが、もちろん騎士団の要請には従います!異国の子供で、こちらのことをまだよく理解していないのです。お許しください。な、リン、同行するよな?!」
……なるほど。断らずに行けと言っていたらしい。
村人たちも固唾を呑んで見守っているため、ここは大人しく騎士に同行した方が良さそうだ。
ま、あの銀豹に乗れるようだし。行ってみるか。ただメスの蒼刺鳥がどこにいるか、私には分からないと思うんだよなー。
騎士は、エルナを必ず帝都まで無事に送り届けると約束してくれた。
怪我人を治療している治療師にそのことを頼み、私を銀豹のそばまで連れてゆく。
銀豹は馬よりも大きく見える。その艷やかな毛並みを感動して見上げていたら、騎士に後ろからひょいと両脇の下を掴まれた。
そのまま持ち上げられて銀豹に乗せられる。
……まるで小さな子供のような扱い!
不本意だ。これくらいなら飛び乗れるのに!
「まあ、君は大丈夫そうだが、念の為に注意しておく。月豹のそばであまり騒いだり動いたりしないように。騎獣用に縛っているとはいえ、魔獣は魔獣だ。従魔具を付けていない者が不用意なことをすると襲われる」
「従魔具?」
「この腕輪だ。これと、その月豹に付けている首輪で縛っている」
へえ。飼い慣らしている訳ではないのか。
騎士は大柄なのに、驚くほどしなやかに銀豹―――月豹に跨がった。月豹の背には、ちゃんと鞍がある。どうやら私は騎士に抱き抱えられる形で乗るらしい。
さっきといい、今といい……子供扱い過ぎないか?
憤慨していたら、音もなく月豹が走り出していた。
2歩、3歩めで―――もう空中だ。ほとんど揺れない。
おお、これは良い乗り心地じゃないか。
私の頭の上で低い声が響く。
「私の名は、エクバルト・フォン・シュタイナー。帝国第二騎士団の副団長だ。君の名前は?」
「リン」
「リン。では、まず君が件の魔獣を退治した現場に案内してくれたまえ」
はいはい。「案内してくれたまえ」ね。
命令するのに慣れた口調だ。これは、つい言い返してしまわないよう、気を付けなくては。
空を駆ける月豹は、感動的な乗り心地だった。滑るように空を行く。そして速い。
……うーん、一匹欲しい。
アスワドも、練習すれば空を駆けられるようにならないだろうか。というか、ぜひ、空を駆けて欲しい。なんせ乗り心地が……イマイチなんだよなぁ。ガクンガクン揺れるせいで、長距離走行のあとは頭がグラグラするのだ。
谷の現場には、あっという間に辿り着いた。
周囲には、まだ獣避けの香が漂っている。エクバルトは並んだ遺体をちらっと見たあと、ぐるりと周りを見渡した。
「魔獣の死体は?」
なんだ、蒼刺鳥の死体を見るためにここへ来たのか。それを言ってくれれば、先に説明したのに。
「解体して、素材を獲ったあとは飼い犬に食べさせました」
「は?犬が魔獣を食べるのか?」
「魔獣によっては、人間が食べても美味しいものがありますよ」
「魔獣を?!」
あ、仰け反るほど驚かれた。
まあ、お貴族さまにとっては魔獣なんてゲテモノに感じるのかも知れない。とはいえ、少しムッとする反応だ。まるで野蛮人を見るような目でこっちを見るなよ。
「……さすが狩人だな。で、雌の居場所は分かるか?」
狩人だから魔獣を食べる訳じゃない。一般人だって食べている。そして、メスの場所なんか知らない。そもそも帝国の魔獣には詳しくないと言ったはずだ。
……ああ、もう!
お貴族さまに無礼な物言いをしないために、脳内で一人ツッコミだ。うう、ストレスが溜まる。
さて、なんと答えよう?
そのとき、いつの間にかアスワドが横に現れた。
「うぉん!」
「魔獣か!」
途端にエクバルトが信じられないスピードで剣を抜き、アスワドに斬り掛かる。
アスワドはヒラリと身を躱し、もう一度、私に向かって「うぉん!」と鳴いた。
び、びっくりした。ものすごい気迫だった。帝国の騎士、侮れない。まさか気圧されるとは。
とりあえず、アスワドは平気そうだ。
「騎士さま!アスワドは私の飼い犬です。攻撃しないでください!」
「飼い……犬?!飼い犬だと?!どう見ても魔獣ではないか!」
「飼い犬です」
「……」
疑いの眼差しを向けられたので、アスワドに近寄って「お座り」と命じた。アスワドはすぐにお座りし、尻尾をパタパタと振る。
うむ。可愛い。
思わず頭を撫でてやると、アスワドは目を細めて「うぉん!」とまた鳴いた。
ん?
「なんだ、アスワド。もしかして、あの鳥の片割れを探してくれるのか?」
「ぐるる……」
「そうか。では、お願いしようかな」
「うぉん!」
背後で見守っていたエクバルトが目を剥いた。
「魔獣の言葉が分かるのか?!」
「いえ。なんとなく彼の意図が分かるだけです」
アスラいわく、従魔契約で私とアスワドは繋がっているが、何故か通常よりかなり深い繋がりだそうである。なので私の気持ちや意図をアスワドはきちんと感じ取るし、逆もまたしかり、なのだとか。ただアスワドの知能が低いため、複雑な意思疎通はさすがに難しい。
ちなみに、アスラとはそこまで繋がっていない。だから余計にアスワドを目の敵にしている気がする。『受肉してくれれば、妾がもっとも深く主殿と繋がるのに』と嘆かれた。絶対、イヤだ。
ま、アスラに私の考えていることが伝わっていないのは有り難い話である。
―――ともかくも、こうして私たちはアスワド先導で深い森の中へ分け入った。
アスワドは高い岩壁をなんなく登り、ほとんど迷わず森を駆けてゆく。
鬱蒼とした木々のせいで上空からアスワドの姿を追うのは困難なため、月豹は地面すれすれを飛んで後を追う。
うーむ、こういう騎獣に乗る狩りも悪くないなぁ。




