怪鳥との戦い
今回も文字数多めです!
黒塗りの馬車の上に、バサリと巨大な影が舞い降りた。
青い翼の……まるで恐竜のような、鳥。羽毛の生えているプテラノドンっぽいだろうか。身体は細いが翼が大きい。広げた全長は3mほど。両側に岩壁がそそり立つこの狭い谷では、ギリギリの幅だ。
荷馬車の車輪越しに、細い青羽に貫かれて絶命している男が見えた。
服装からして、私と一緒に歩いていたもう1人の護衛者だろう。ああ、そういえば名前も聞かないままだった……。
「キェーーーッ」
怪鳥が奇声を上げ、荷馬車の下にいる私たちを見た。
狙われて……いる?
目が合ってヒヤッとしたとき、鳥が音もなく飛び上がり、荷馬車を後ろへ蹴飛ばした。
馬も一緒に吹っ飛ばされ、一瞬聞こえた悲痛な嘶きのあと、岩壁にぶち当たって馬車の壊れる破壊音がした。
それを確認する暇もなく、私はエルナとザディを抱えて、今度は黒塗りの馬車の下へ潜り込む。
黒塗りの馬車の馬は、青い羽によって死んでいる。御者と前を守っていた2人の男と馬も死んでいる。
ガキン!
硬い金属音が響いた。
私たちに話しかけてきた男が、鳥に斬り掛かったのだ。馬には乗っていない。
鳥は嘴と鋭い爪を持つ足で、男の剣に反撃していた。
「アスワド!2人を守れ!」
私はアスワドを喚び出し、男の加勢へ―――。
私の最初の一撃は、鳥の脚に阻まれた。大きいくせに動きが速い。
二撃目を繰り出そうとしたら、後ろから誰かが鳥に突っ込んでゆく。向こうの馬車の後ろにいた男の1人のようだ。
これで……3対1。
不利と見たのだろう、途端に鳥はふわりと飛び上がる。
狭い谷間だというのに、両側の岩壁に当たることなく一気に高い上空へ。そして矢のような羽を飛ばしてくる。
凄まじい射出速度だ。
それらをなんとか双剣で弾き、道端の小石を拾って鳥めがけて投げてみた。
が、簡単に避けられてしまう。それでも懲りずに3つ、4つと続けて投げれば、「キェーーー!」という怒りの叫びとともに鳥はサッと急降下してきた。
私は転がって避けたものの、近くにいた後から加わった男が引っ掻かれた。呻き声を上げて蹲る。
鳥は再び空へ。
……くそ、逃がすか!
私は勢いをつけて両側の岩壁を交互に蹴り上げ、駆け上がるようにして鳥を追い掛けた。
鳥は慌てて更に上へと羽ばたく。そして逃げながら、羽をこちらに飛ばそうとするので……私は両手の双剣を投げた。
わずかに首元を掠めたものの、鳥は器用に旋回して避ける。
大丈夫、まだ追撃の手はある。
私は腰の後ろに差していた火竜のナイフを抜いて、壁を蹴って鳥の背中に乗った。そのまま、一気に鳥の頭を切り落とす―――。
瞬きするほどの一瞬の空白時間ののち、すぐ、落下が始まった。
私は首のない鳥の体を蹴って横の岩壁へ。そこからトントンと壁を蹴りながら下へ降りた。
「……殺ったのか」
地面に降り立ったら、鳥襲撃前に話しかけてきた若い男が信じられないといった声音で尋ねてきた。
彼の肩の肉はざっくり抉れている。
鳥の首と身体がバラバラで落ちているのに、わざわざ聞くことだろうか?殺ったに決まっているだろうに。
「リン!ケガは?!大丈夫!?」
馬車の下からエルナが飛び出してきて、私の両腕を掴む。
「大丈夫。……ごめん、先に双剣を回収する。2羽目が来られたら対応できない」
「2羽目って……」
絶句しているエルナを置いて、少し離れたところに落ちている双剣と、ついでに鳥の首も拾う。
この鳥の嘴は、高く売れるらしい。前にエルナから狩人なら獲物の素材のことをちゃんと勉強しておけと言われたことが悔しくて、帝都にいる元魔物狩人に帝国近隣の魔獣についていろいろ聞いておいたのだ。
この蒼刺鳥も、昔はたまに山間部に出現した鳥と聞いている。
嘴と脚の爪の価値が高い。羽なら、尾羽根。翼の先の羽も良いが、根元に強い麻痺を引き起こす成分が付いているため、扱いには要注意、とのこと。
さて、さっと解体をするか。
いや、その前に怪我人の確認か?と周囲を見渡したら、黒塗りの馬車から誰かが出てきた。
「大奥様!まだ安全確認が済んでおりません、中へ……」
「その子供が鳥を倒したのではありませんか」
「は。そうではありますが、今しばらくお待ちを」
ん?
灰色の髪を綺麗に結い上げた、やや癖の強そうな年配のご婦人が出てきたぞ。
エルナと視線を交わし、急いで膝をついて礼を取る。
婦人は、馬車の横にいた男―――馬車後方にいた最後の1人だろう、鳥が襲ってきたときからずっと馬車の横で守っていたようだ―――にエスコートされ、優雅に地面に降り立つ。
冷ややかな薄い青の瞳が私を見据えた。
「そこの子供。わたくしの護衛の半数以上が使いものにならなくなりました。そなた、腕は立つようだから、目的地までわたくしの護衛をなさい」
「大奥様。身元の知れぬ子供です……」
「お黙りなさい。さあ、さっさと馬車を動かして」
おおっと?!これは……なんて高飛車なオバはんだ(年配者には敬意を払わねばという意識はもう消えた)。
合わない。
絶対に私と合わない。
男が困ったように私の方を見る。
私は跪いて両手をクロスしたまま、顔を上げてオバはんに視線を合わせた。
「許可なく口を開くこと、お許しください。貴きお方に大変失礼ですが、私はこの―――と、エルナを見る―――お嬢さまの護衛です。契約を交わしておりますゆえ、他の方の護衛は出来ません」
ヒュッとエルナや男たちが息を飲んだ。
高位貴族に平民が口答え。きっと首を刎ねられるような案件だろう。
案の定、オバはんはキッと私を睨み付けた。
「許可なく口を開いたうえに、わたくしの命令に逆らうというのですか」
「これは遺憾なお言葉ですね。民の上に立つ貴きお方が、世の規範を守らなくて良いと仰るとは」
「……!」
頬に朱が上る。扇を持つ手がプルプルと震えた。
「ぶ、無礼な!」
「私は事実を述べただけです。間違ったことは言っておりません。それでも、首を刎ねますか?……ああ、この蒼刺鳥は恐らく番です。オスが帰らぬため、直にメスが探しに来るかも知れませんね。オスより、メスの方が凶暴だそうですよ。残りの護衛の方と無事、目的地まで辿り着けることをお祈りします」
ふふん。
どうだ?私の首を刎ねたくても、刎ねられないだろう?
呼吸困難に陥ったかのように、何度も口を開け閉めするオバはん。見かねたらしい男が、「私が交渉いたします。大奥様は、馬車の中へ」とオバはんを馬車の方へ誘った。
オバはんはヒステリーを起こして怒鳴るのもみっともないと感じたようだ。悔しげに唇を噛み締め、「下賤の者と話すのではなかった」と捨て台詞を吐いて中に入った。
勝った。
「……本来なら、君の首を刎ねなければならないところだ」
苦々しい顔で、馬車の横にいた男が言った。年齢は40前後か。恐らく、この男が護衛のリーダー格だ。
「本来なら、ね。でも番の話はハッタリではありません。本当に来ますよ。私の首を刎ねたら困るのは貴方がたではありませんか」
「リン……」
エルナが不安そうに私の袖を引く。
エルナの言いたいことは分かる。帝国の貴族は、江戸時代の侍みたいなものだ。たとえ貴族側に問題があろうと、平民は機嫌を損ねて首を刎ねられても文句は言えない。
しかし、このリーダーは貴族でもきちんと話は通じそうな御仁である。変におもねるより、はっきり意見を言った方がいいはずだ。
私の人を見る目に間違いはなかったようで、リーダーは頷いた。
「そうだな。確かに君の言う通りだ。恥ずかしい話だが、我々ではあの鳥に太刀打ち出来ない。君に助力を乞うだけだ。……力を貸して欲しい」
「では、まずは貴方がたの目的地へ向かうのではなく、我々が行こうとしていた村の方へ行きましょう。この谷の出口は、そちらの方が近い。怪我人も運びますよね?」
ちらっと現場を見渡す。
リーダー自身も腕に傷を負っているが、かなり大量出血して動けない者が1人、そしてもう1人もざっくり肩の肉が抉れている。
「番が来るというなら置いては行けない。しかし、馬が……」
「残っている馬は2頭。十分だ。1頭をそちらの馬車に、もう1頭を私たちの荷馬車に繋ぎましょう」
「荷馬車?壊れてないか?」
「車輪が外れただけです」
言いながら、まずは大量出血者の元へ。
エルナが急いで地面に散らばっている織物の中から、柔らかそうなものを選んで持ってきてくれる。
「これ、包帯代わりに」
私は受け取り、急いで男の手当をする。
残る2人も手当し、次は荷馬車に取り掛かった。
死んでしまった馬を外し、荷馬車を道の真ん中に置く。転がっている片方の車輪を拾って、リーダーに声を掛けた。
「車輪を嵌めるので、こちらを持ち上げていてください」
「あ、ああ。君、小さいのに力があるな」
「強化してるだけですよ」
車輪をぐっと軸に押し込めば、多少ガタガタするが荷馬車は使える状態になった。
よし。
それから、蒼刺鳥をさっと解体する。嘴と爪、尾羽根。残りは……
「アスワド!食べていいぞ」
「うぉん!」
それまで大人しく端に控えていたアスワドが嬉しそうに鳥にかぶり付いた。
リーダーが目を丸くして私を見た。
「……魔獣に見えるんだが、君の飼い犬か?」
「狩人をしていたときに、懐かれたんです」
「そ、そうか……」
さて、残るは。
「亡くなった方まで運ぶのは難しいと思うんですが」
「そうだな。心苦しいが、あとで迎えに来るしかないだろう」
ということで、リーダーと手分けして亡くなった人たちを端に寝かせる。
ザディが来て、鞄から小さな袋を取り出した。
「獣避けの香です」
狩人や、ザディの父バルードのような旅をする行商人には必需品だ。
血の匂いは、獣を呼ぶ。生者も使うが、死者への手向けとしてもよく使われている。死者が食い散らかされないように(普通は埋めたあと)。どこかの国では獣に食わせる葬法もあるらしいが……。
―――私たちは死者に香を焚き、軽く手を合わせた。
死者の送り方は、案外、世界が変わっても大きな違いはないものだな。
前世の自分が「ババア」や「オバはん」と言われそうな年代だったため、基本的に年配者にそういうことは言いたくないリン……。
さて先週、ブクマが650を超えて狂喜乱舞していましたが、一週間で1700を超過!
たくさんの方に読んでいただき、ありがとうございます。さすがに二週続けて御礼SSを書くヒマがなく……代わりに今週来週、文量多めでお送りいたします。




