ようやく“自分の物”を手にする
店は前世の漢方薬局のような匂いだった。
壁一面に棚が設えてあって整然と素材が分類されている。入口の近くは、毛皮や皮などが吊るされていた。
「こんにちは、お嬢ちゃん、坊ちゃん」
抜け目なさそうな小男が、入るなりスッと寄ってきた。
額から右頬にかけて軽い火傷の痕がある。ザグから事前に聞いていたブンという男だろう。番頭のような役割らしい。
「岩山蝙蝠と岩山狼の毛皮を売りたいんだけど」
「おや、お使いかい。エライねぇ。……現物はどこかな?物を実際に見ないと、査定はできないんだよ」
「蝙蝠はこれ。毛皮は後で持って来る。いくらになる?」
ずた袋から蝙蝠の干物を出し、わたしはブンと交渉を開始した―――。
結局、売りはせずに値段だけ簡単な交渉をして店を出、その後、他の4軒も回った。
4軒も回るとなると、なかなか疲れる作業だ。付き合うギルとザグもくたびれた顔をしている。
そして、最終的に買い取り専門の小さな店ファーロで売ることに決めた。
「値段は最初のイーロン商会と同じだったのに、どうしてこっちの店なんだ?」
ギルが首を傾げる。
「ファーロの店の奥にあった買い取り品を見ると、品質のいいものが多かった。いい目利きだと思う。イーロン商会は大きいことに胡坐をかいて雑な商売をしている感がある。……ああ、あと大きいのは店主の人柄だな」
「……人柄なんか関係あるか?」
「今後も取引するなら、信用できる方がいいだろ」
「高く買い取ってくれる方がいいじゃねえか」
「イーロン商会は、現物を持って行ったら最初に言った値段より絶対に下げるよ。どこかしらケチをつけてね。ブンは口がうまい」
「ふぅん?」
ギルは素直にうなずいたが、ザグは胡乱な目で私を見た。
「リンちゃん。アナタ、本当にいくつ?どんな人生送ってきたのよ?」
ふふん。ザグより年上で、それなりの修羅場はくぐってきた女社長だ。もっともこれは私の利点だから明かさないけどな。
予想通り、ファーロは余分な口は利かずに誠実な対応をする男だった。
そして綺麗にした岩山狼の毛皮や人面鳥の羽を見て、相場より良い値をつけてくれる。
「フン。儂がやるよりキレイだな。嬢ちゃんがやったのか?儂んとこで働くか?」
「人に使われるのは嫌なんだ」
「そうか。残念だ」
そして、ザグが他の店で買う予定をしていた保存食その他、狩りに必要なあれこれも卸値に近い価格で売ってくれた。買い取り専門店ではあるが、狩人の必需品の販売もしているらしい。
「ま、良い品を持ってきてくれる狩人には融通しといた方がいいからな」
「助かるわ~」
ザグが満面の笑顔になった。
―――ということで、私とギルは無事に短剣ゲットである。何も持たなかった私が、ようやく自分の力で手に入れた記念すべき第一号だ。
「リンちゃんのおかげで、懐が温かいしね。今日は夕飯も奮発しちゃう~!」
「いやったぁ~!」
「あら。ギルはなぁんにもしてないでしょ」
「オレが鳥に攫われなかったら、リンはアンタ達と出会わねぇもん。オレの手柄じゃね?」
「んまぁ!図々しいコねぇ」
おお、私以上に図太い神経だ、ギル……。
ザグやグルド達と共に魔物狩りに明け暮れる日々が始まった。
バルード達との旅で体力はついたと思っていたが、荒野や泥沼や森、岩山など道なき道を行くのは街道沿いの旅とは比較にならない。遅れないよう必死について行くが、恐らくグルドは私やギルがギリギリついて行けるレベルに調整している気がする。悔しい。
そして魔物を狩る間は、ザグと安全圏にいる。これも悔しい(でも、獲った素材の番という、ちゃんとした役目はある)。
とりあえず、アラックから弓も習う。正直なところ、こいつから教わるのはムカつく。が、近接戦では戦闘力のない私は邪魔になる。遠距離で役立つには、今のところ弓くらいしかない。
「ま~、もうちょっと腕を強化しないと実際の戦闘では役に立たないがなぁ。ひょろひょろっと落ちて矢がムダになるだけだ。いや、その前に届かないかぁ」
ニヤニヤとアラックに馬鹿にされつつ、(そのうち、絶対にアラックより上の腕前になってやる)と誓う。
見てろよ?いつか、お前を的にして人型に射抜く見世物を開催してやるからな。
ちなみに、アラックは水の魔法が使えるらしい。一方、ザグとグルドは魔法は使えず、身体を強化して戦うタイプだった。
前世でのゲームならば、パーティーには回復役の人間が1人はいたと思うが、この世界では回復治療が使える者はかなり高位の少数の魔法使いなのだそうだ。そういう貴重な人材は、国に囲われてるとザグが教えてくれた。
なるほどね。現実はゲームほど楽じゃないということか……。
そんな訳で、怪我をすると大変である。一応、回復薬みたいなものはある。あるが、一瞬で傷を塞ぐようなことは出来ない。人間の回復力を10倍くらいにする程度だ。
また、亜空間に収納するような便利な魔法ももちろん無いし、瞬間移動も無い(ただ、これも高位の魔法使いなら出来るのかも?とのこと。魔力の低い一般人には“なんだそれ”的な魔法のようだ)。
そういえば、冒険者ギルドのようなものも無かった。グルドに「ギルドってなんだ?」と首を捻られた。
……大きな国なら、商工会の組合っぽいものはあるらしい。ま、国をまたぐような組織なんて、通信網も整っていない時代にそう簡単には運営できないよな。
 




