綺麗なもの、可愛いものは好きだ
ほぼ一月で帝都シェーンコルリスに着いた。
帝都は、エルサール王国のサンルドアより立派な街壁と幅広く大きな街門を備えている。しかしながらチェックはそれほど厳しくない。ニアムと同じようなシステム───外部の者を比較的緩やかなチェックで受け入れる外街区と、そうではない中心部、中街区とに分かれているらしい。
ちなみに帝都までの道中は大したことのない魔獣と2、3回遭遇する程度で、護衛といえるほどの仕事はなかった。かなり平穏な旅だったのではないかと思う。しかも道はすべて石畳で舗装され一定の距離で宿場町も形成されており、快適といっていい。昔、ザディたちと道ともいえない道を旅していたときと比べると雲泥の差である。
すべての道はローマに通ず───ではないが、どうやら帝国周辺の国の主要路はみな、きちんと舗装されて帝国に繋がっているらしい。素晴らしい。
「これだけ整備された街道を行くなら、こんなに護衛は要らないんじゃないか?」
不思議に思ってエルナに聞いた。ふんっと鼻で笑われた。
「何を言ってるのよ。魔獣一匹でも、普通の人間は逃げるしかないの。あなたと一緒にしないで頂戴。それに、うちは明らかに金持ち商人でしょ。盗賊に狙われることも多いのよ。護衛人数を多くして、襲うのは無理だなと思わせないと」
「ふうん。盗賊、出るんだな」
「やっぱり田舎の山の方とかね。帝都付近は出ないけど」
───街門から西の方に倉庫街があり、そこに荷物を搬入した。
ここで、護衛任務は終了だ。護衛の人間はみな、報酬をもらって次の仕事を探しに行ったり、しばらく帝都でのんびり過ごしたりするようである。
エルナが私を見た。
「せっかくだから、うちの店を見ていく?」
「うん、見てみたい」
マイノの店は、服飾専門の店らしい。かなり大きい店だと聞いているので、楽しみだ。
倉庫から、外街区の中心へ向かう。
……マイノの店“フロストラーゲン”は4階建ての立派な店だった。
格子は付いているが通りに面してショーウィンドウが設けられており、ドレスやバッグが飾られている。見た瞬間、テンションが上がった。
「おお!素敵な店じゃないか。バッグもドレスもいいデザインだし」
奇異なものでも見るような視線がこちらに注がれた。
「…………あなた、こういうバッグやドレス、好き?」
「ん?何かおかしいか?」
「おかしいって言うか……意外……。だって、あなたが興味あるのは剣とか魔獣だと思っていたから」
「失礼だなぁ。女なんだから、綺麗なもの、可愛いものは好きに決まっているだろう」
「えええっ?!」
エルナだけでなく、少し離れたところにいたマイノとザディも大きな声を上げる。
ん?エルナの腕の中でアスラも目を真ん丸にしてないか?
……コラ。形代、ブサイクな形に変更するぞ。
「みんな、驚きすぎだろ!」
「あー……うん、そうね、女だったのよね……?」
「男に見えるか?」
「男……ではないけど、女でもない……かな?」
かな?って、なんだ。何故、疑問形になる。
「じゃあ、まあ……店の中で商品も見ていく?というか、このあとはどうするの?特に決めていないなら、もうしばらく私の護衛をしてくれるとうれしいんだけど」
「ああ、うん。まだ言葉を完全に覚えていないし、帝都のことも分からない。仕事させてもらえるなら、有り難いよ」
元々の契約は帝都までだ。
だけど、エルナ先生の知識は語学だけに止まらず、地理、歴史、文化など多岐にわたっていて非常に得難いものがある。こちらから延長をお願いするか、店で下働きとして雇ってもらえないかと考えていたところだった。今、慣れない帝都で一人の生活が出来るとは思えない。
ところが、マイノが「待て」と声を掛けてきた。
「エルナ。勝手に決めるな。こいつには破格の値段で護衛を頼んだんだ。同じ値で護衛を頼むのは困る」
「ああ!それなら……」
あまりにトラブルなく帝都まで着けたので、実は私も心苦しかったんだ。
「これまでの護衛料は一般的な料金で構わないよ。このあとも、普通の料金で。帝都までほとんど護衛の仕事がなかったし、貰いすぎだと気になってたんだ」
「いや、そういう訳にはいかん。お前一人で全部、魔獣を倒しただろう?」
えぇ?あれは準備体操になるかどうかという魔獣だったんだけど。
「まあ、お前が並の護衛より上だということはよく分かった。俺は約束は違えない。きちんと契約通りの報酬を払う。で、新たに今後の契約をしようか。今夜、一緒に食事でもしながら話すのはどうだ?」
「分かった。……じゃあ、店内を見せてもらうより先に宿を探してくるよ」
なるべく店から近いところを見つけたいな。
さっそく探しに行こうとしたら、今度はエルナから止められた。
「あら、待って。リン一人では宿を取るのもきっと大変でしょう。5階で良かったら、うちで下宿するのはどう?」
「下宿?」
「屋根裏部屋だけどね」
ふーん。4階建てかと思ったら、5階まであるのか。
まあ、寝るだけだし。屋根裏でも構わないかな?
エルナの言う通り、まだ子供の私一人では宿も取りにくいだろう。
「では、下宿で」
「ええ!そうと決まれば、まずは店を見ていってちょうだい!」
店内のドレスは、ロココ調の趣きだった。
ベルサイユ宮殿でマリー・アントワネットら貴婦人方が着たであろう、あのドレスに似たデザインだ。ただ、リボンやレース、柄のついた生地はほとんど使用されていない。華やかさにもやや欠ける。
が、エルサールで見たロココ以前の───チュニックドレス風な衣装より完全に私好みである。
ううーん、しかし勿体ない。もっとフリルやリボンを増やせばいいのに。
頭の中であれこれデザインを浮かべながら、傍らのマイノを見上げる。
「なあ。柄のついた生地を仕入れていたのに、何故、ドレスに使わないんだ?」
マイノが片方の眉を上げた。
「平民は、お貴族様より一段低くなくてはならないからさ」
「……ということは、ここには平民用のドレスしか置いてないのか」
エルナが横で吹き出した。
「いやぁね、外街区の店で貴族向け商品なんて置いているワケないでしょう」
「ふぅん。……じゃあ、マイノの店は、中街区にもあるのか?」
「残念ながら、伝統と格式のある商会しか中街区に店を構えられないの。でも、良い商品や斬新なデザインの物を継続的に作り出せば、後援してくれるお貴族さまが現れて、うちも中街区へ店を出せるかも知れない。私は、いつかそれを実現させたいのよ」
瞳がキラキラと輝いている。マイノは愛娘の頭を優しく撫でた。
「夢が大きいのはいいがな。お貴族様相手は危ない橋だ。あまり無茶なことはするなよ?」
「でも、髪飾りやバッグは少しずつ売れ始めているのよ。もっと華やかなドレスだって……作りたいわ」
うん。エルナの気持ちは分かる。アイディアはあるのに、作れないのは悔しいだろう。
そして、マイノの心配も分かる。
住む場所も着る服も明確に分けられているほど、身分の差がある世界だ。ちょっとした粗相一つで、首が文字通り切られる可能性がある。慎重にならざるを得ないんだろう。
「髪飾りやバッグは、貴族向けの分も作っているんだ?」
「ううん、元は平民向け───大きな商家の奥さまやお嬢さま向けのものだったのよ。でも、数年前から小物なら柄を入れても良いと許可が出て、そのときにいろいろと新しいデザインに一新したの。そうしたら評判が広がって、中街区の商会の一つがうちの商品を置いてくれるようになって!」
恐らくエルナが考えたデザインなんだろう。その顔は自信に溢れている。
……いいな、こういう野望に満ちた夢。
「楽しそうだな。私も……少し手伝いたい」
「あら。ドレスやバッグに興味があるのも意外だったけど、リンにデザインを考えたりできる?商売のことも分かるのかしら?」
私は思わずニヤリと笑ってしまった。
「任せてくれ。エルナもマイノも腰を抜かすぞ」




