素材を売ったり、口座を作ったり
「あなた、言葉を覚えるの早くない?」
エルナが不満そうに口を尖らせた。
ふふん。見くびってもらっては困る。
私は前世で英語、仏語、中国語を習得していた人間だ(スペイン語も少し出来る)。これくらい、どうってことはない。
しかも、私がこの世界で話していた西のエルディー語と帝国語の差は、日本語とフランス語のような差ではない。分かりやすく言えば、同じヨーロッパ語圏の差という程度だ。
つまり、文法は同じだし単語に類似性があるのだ。となれば、がんがん単語を覚えていけばいい。
「……僕は簡単な会話ができるようになるまで半年はかかったのに」
ザディが悲しげに言う。
とはいえ、あちこち行商していたからだろう、ザディは西側の言葉なら幾つかは話せるらしい。最低限の会話だけだというが、十分すごいことだと思う。
そういえばザディが店を持ちたいと思った理由について、ドドがこっそり教えてくれた。
私とギルが魔鳥に拐われてから半年ほど後のこと。
立ち寄ったとある町のパン屋の娘にザディは恋をした。相手も満更ではなかったようだが、結局、行商人との結婚は難しいと断られ……ならば店を持ってやる!と一念発起したらしい。
「……店を持ったら、彼女を迎えに行くつもりなのか?」
「どうだろう。その頃には相手はもう結婚しているんじゃないか。坊っちゃんがどう考えているかは知らないが」
この世界は10代で結婚するのが普通だ。まあ……待っててくれと言った訳ではないなら、ザディが店を持つ頃には結婚しているかな。
ちなみに現在のザディは、私が見る限りエルナに気がありそうな感じである。対するエルナは、まったく眼中に入れていないが。
……ザディ、惚れっぽい気質だよな。でもそれが原動力となって、こうやって親元から離れ、遠い国で頑張っているのだ。素晴らしいことだろう。前は大人しい冴えない少年という印象だったが、今は評価を上方修正しなければ。
なかなかいい男になったんじゃないか?
途中、わりと大きな街で砂漠で獲った蠍の毒針などの素材を売りに行った。
大砂蜥蜴の皮はマイノがすべて買い取ってくれたが、他は服飾屋では使い道があまりないな……と言われたので、素材買取屋へ行くことにしたのだ。持って歩くのが面倒になったせいもある。
まだ言葉があやしいので、エルナに付いてきてもらった。
「……蠍は毒針だけかのぅ?丸々一匹あると、かなり高く買ったんだが」
傷だらけのシワシワ親父が針を検分しながら聞いてきた。
「あー……あんなでっかいのを運ぶのが大変だから、針だけにした」
「小さいやつを一匹だけでも持って帰れば良かったと思うぞぉ。それだけで、この針全部より高い」
なんと!
そんなに価値があったのか?!
でも緋色砂蠍、小さくても1mくらい。大きかったら2.5mほどあったんだよなー。
持ち歩こうとすると大変だったんだよ……。
そもそも砂漠の素材は、ニアムで覚えた魔物素材と違うため、どれがどれほど価値があるのか分からなかった。仕方ないので適当に部位を選んでおいたのだ。
というか……アスワドが悪食でわりと何でも食べる。なので、どちらかといえばアスワドの食べ残したものを集めておいた、という方が正しいかも知れない。
ちなみに───アスラは美食家である。
アスラが食べないものは、どうやら私も食べない方がいいらしいと学んだ。
たとえば緋色砂蠍とヤツメ大蟻地獄。アスラは一口も食べなかった。
試しに食べてみたら、クソ不味い。特にヤツメ大蟻地獄は後々まで口の中が苦かったし、舌もビリビリした。
砂大蜥蜴の方は、『調理するなら、食べても良い』というので、スパイスだのを適当に振って焼いて食べたら、なかなか美味だった。
アスラ、食べずに判別できるのだからスゴい。
ついでに言うと、砂大蜥蜴は皮が異常に硬かった。アスワドの牙も通らないほどだ。
なので、火竜のナイフで皮を剥がなければならなかった。で、その皮を一晩外へ放っておくと……寒さと乾燥のせいか勝手にいい感じに乾いてくれる。
という訳で、わざわざ皮を集めるつもりはなくとも薄く持ち運びしやすい形状になったので、荷物に加えておいたという感じだ。
「リン。魔物狩人だというなら、素材のことをもっとちゃんと勉強しておきなさいよ。勿体ないじゃない」
買取屋を出てから、エルナに叱られた。
その通りだ。返す言葉もない。
ただ魔物狩人は徒弟制というか、親や師匠、先輩の狩りを横で見て学ぶ。マニュアルがある訳ではないのだ。魔物一覧や素材集のような本があったら、初見の魔物でもなんとかなるのになぁ……。
いや、言い訳はするまい。
素材買取屋で、どういう素材がどういう値段で売られているか、きちんと観察しておくんだった。
……さて、
マイノに売った砂大蜥蜴の皮は帝都に着いてから代金をもらう予定だが、ヤツメ大蟻地獄の目や顎が高額で買取りしてもらえたので、持ち歩くには少々難を感じるようになった。
「銀行ってあるんだろうか?」
「あるに決まってるじゃない。でも……リンは利用できるかしら」
あ~、西の人間だしなぁ。
向こうでも、市民権を持ってないと駄目だったしな。無理かな?
とりあえず今後のために利用資格だけでも知りたいと、エルナと共に銀行へ寄ってみた。
───驚いたことに、私は口座を作ることができた。
「あなた、上級市民の子なの?!」
エルナに驚かれたが……どうやらブロイの娘であることが、強力な保証になったらしい。
ちなみに市民権の確認は、手の甲に施された特殊な印(目には見えない)によって行われる。魔道具で現れた印を見て、銀行員が驚いた顔になっていた。
うん。
まあ、どう見ても私は貧しい出身にしか見えないよな?モブ顔だし、服もボロっちぃし、腰に双剣を差してるし。
「上級……?」
「ああ、西側にはそういう区分けはないんだっけ?」
エルナいわく、貴族に階級があるように、平民にも3種類の区分があるそうだ。
上級、二級、三級。そして他国籍でも上級の場合は、帝国の銀行を利用出来るらしい。
なるほどなぁ。
ブロイ、娘にしてくれてありがとう~!いつかニアムに戻って、親孝行をしなければ。




