さあ、素材を売りに行ってみよう
グルド達と出会った岩山から人里まで5日ほど掛かった。
「かなり奥地まで魔物狩りに行くんだな」
とザグに言ったら、ウフフと笑われた。
「あんなの、奥地に入らないわよ。1か月か2か月掛かるところもあるのよ。南にある不毛の大地なんて、いい素材の魔物を取ろうとするなら、1年か2年は放浪しなきゃなんないしね」
「1年か2年?!」
魔物狩人、怖ろしい仕事だな……。
さて、人里には着いたが、素材を売るのはここから更に2日ほど行った街だそうだ。
というか、人里といっても掘っ建て小屋のような家が数軒とそれよりちょっとマシな宿屋1軒だけである。
周囲は、貧相な雰囲気の畑だ。この辺り、あまり豊かではなさそうだな。
どうやら人面鳥には思ったよりも遠くまで運ばれていたようだ。バルード達と旅をしていた街道は、1日か2日ほどで次の村には着いていた。こんな寂れて人気の少ないところを私は知らない。
ともかくも本日、私は初めて宿屋に泊まる。バルード達と旅をしていたときは野宿のみだったので、ベッドで寝られるのは嬉しい。といっても、私とギル2人で1人扱いである。おかげで狭いベッドを2人で寝なければならない。なお、同室はザグだ。
「蹴るなよ」
「お前の方こそ」
「うふふ、リンちゃん、アタシと寝る?」
「あんたの横だと寝返りされたら死ぬ。……その前に、私が寝る隙間もないだろ」
超巨体のくせに、怖ろしい誘いをするな。
ギロリと睨んだら、ざぁんねんと小指を立てながらまた笑った。
……この世界でもオネェはいるんだなぁ。
そういえばザグは女の格好もしたいのだろうか?ほぼ似合わないこと確定だが、わりと目はパッチリと大きくて可愛い。ショートボブのかつらを被せて、メイクすれば……顔限定でかなり可愛く仕上がりそうな気がする。
いつか、機会があればやってみたい。
一応、前世では美容やメイクの会社を経営していたから、他人を“可愛く”するのには興味があるのだ。
宿屋の飯は、まあまあだった。
野営食よりは断然良いが、美味しい訳じゃない。
……はあ、柔らかいパンが食べたいなぁ。この世界は硬いものが多すぎる。おかげで顎が疲れるんだ、顎が!将来は、絶対にエラの張った顔になるじゃないか……。この可愛げのない顔でエラが張ってたら、男に見えそうだ。まあ、別にいいけどさ。
翌朝、起きたらギルにしがみつかれていた。
「放せ、コラ」
「んあ?」
寝惚けて更にぎゅっとされる。苦しい。
「ぐえっ!」
遠慮なく腹を殴って起き上がった。
「お、おま……加減しろよ……いてぇ……」
唸るギルに、すでに起きて支度をしていたザグがフウ~と溜息をつく。
「リンちゃん……そんなんじゃモテないわよ?そこは可愛くチュッと」
「コイツにそんなことされたら、殴られるより怖いわ!」
「ギルにキスなんて、口が腐る」
「ちょ……それはヒドすぎるだろ?!オ、オレの方こそ、病気になる!」
「はいはい。仲が良くてなによりだわ~、アナタ達。可愛すぎてスリスリしたくなるんだけど」
「「……遠慮します」」
全身骨折なんて、冗談じゃない。
―――2日後、街に着いた。ニアムという街だそうだ。
街全体が壁に囲まれていた。中へ入るには、門で審査を受けなければならない。
「ま、外市はそんなに厳しくないからネ」
と入る前にザグが教えてくれる。
内市に入るにはもう1つ門があって、そこはきちんとした身分証や紹介状がないと入れないらしい。大方の市民はその内市で暮らしている。外市は、市場や宿屋などが主で“外”に開かれた場所なんだそうだ。
バルードと旅をしていたときは外壁のある街に寄ったことはないので、興味深い。
なお外壁があるような街は、王都のような首都か、魔物や蛮族がたびたび襲撃してくるような街らしい。つまり、ニアムは魔物の襲来があるということだろう。
グルドが門衛らしき屈強な革鎧の男に袋の中身を見せる。魔物狩人だと説明しているようだ。
……そういえばファンタジーでは冒険者はよく“ギルド”に登録して、身分証みたいなものを発行してもらっているが。この世界にはそういうものは無いのだろうか。あとでザグに聞いてみよう。
さほど厳しいチェックもなく、門の内へ入る。
中は、まあ予想通りだが、中世ヨーロッパ風な木造の建物が並ぶ空間だった。
宿屋で部屋をとり、次に素材を売りに行くことになった。
売るのは、人面鳥の羽、脚、特殊な容器に入れて保存している心臓や腎臓などの内臓系。他に岩山狼の牙、尻尾、毛皮、岩山蝙蝠数匹(干したもの)。
それぞれの大まかな相場をザグに聞く。ザグ監修の元、私が素材を売りに行くことになっているからだ。まずは相場を知らないと、騙されたって分からない。
次にギルと手分けして人面鳥の羽や岩山狼の尻尾、毛皮を綺麗にした。軽く洗って汚れを落とし、乾燥させ(シムが軽い風の魔法を使えるので、魔法をかけてもらった)、表面をブラッシング。
「どぉしてこんな面倒なことするの?」
「売り物は、まず見た目が一番だろ。さっきの血や泥で汚れたのと、今のとじゃ、全然違って見えないか?」
「言われてみればそうね」
中古品でも見た目を綺麗にすれば高値で売れる。これは基本中の基本だ。
さあ、準備は出来た。
次は街の市場で実際に売られているものを調べてみよう。
ところが、人面鳥や岩山狼は貴重なのだろう、扱っている店がない。岩山蝙蝠だけが見つかった。
ふーん……ザグから聞いた買い取り価格と市場での売値を比べると、そんなに買い取り価格は悪くないんだな。
前世的感覚でいけば、売値の2~3割での買い取りが普通だろうと思っていたが、4割か5割近い。魔物素材だからだろうか。
しかしこの良心的な買い取り価格では、あまり極端な値上げ交渉をすると店側に悪いな……。
全部の店を回り、考え込んでいたらザグが目をぐるりと回した。
「リンちゃん、マメねぇ」
「こういうことに手抜きが出来ない性格をしてる」
「一体、どういう育ち方をしたの?!」
「……ちなみに、ここより大きい街は遠いのか?」
市場を回りながら保存食や服、剣などの値段もチェックしている。
今回の素材をザグの言う価格で全部売り払って、再び旅へ出るための必要品を購入すると―――儲けはそんなに多い訳じゃない。こんなショボそうな街で売るより、大きな街の方が高値で売れそうな気がするんだが……。
「遠いわねぇ。10日くらい掛かるわ。そっちで売った方が高そうって思ってるでしょ?」
「うん」
「でも、そこまで荷物を持って移動する手間と掛かる費用を考えると、全然お得じゃないのよね。ニアムはこの間のガレム山やゴア湖のような魔物が多数生息する地域から一番近い街なの。腕さえ良ければ、この辺りで5~6年狩りをやれば、後は田舎で引退暮らしできるくらいには稼げるのよ」
「そうなのか?!」
「ま、稀少素材を取る腕があればという話だけどね。とはいえ、ニアムは魔物素材売買で成り立ってる街だから、買い取りは悪くないと思うわぁ。そりゃ、大きな街だと倍とか3倍近くで売れる素材もあるけど。……そうね、もし竜の目や角なんか取れたら、ここでは売らずに大きなところへ持って行くかも」
なるほど。
「ちなみに、ザグ達の腕はいい方なのか?人面鳥や岩山狼は貴重素材?」
「2級はわりといい方よ?それと……岩山狼は別に貴重じゃないけど、人面鳥はやや貴重素材ね。ただ、この間獲ったのは雌だったから。雄だと羽がもっと豪華で綺麗」
ふむふむ。
それらの情報も頭に叩き込んで、さっそく、素材の買い取り店へ行く。ニアムには5軒、買い取り店があるのだが、ザグ達はいつも一番大きなイーロン商会へ持って行ってるらしい。
「とりあえず、ザグは外で待っていて欲しい」
「まあ、リンちゃん。アナタみたいな小さい子が素材を売りに行っても盗んできたかと勘違いされるか、ぼったくられるだけよ?」
「すぐに売らないよ。偵察。ザグはいない方がいいんだ」
「ええ~……じゃ、ギル。アンタ、ちゃんとリンちゃんを守るのよ」
「……コイツに護衛なんかいるか?」
というより、ギルに護衛なんか務まるのか?




