悪魔の召喚が始まる
風邪を引きまして……熱は一日で下がったものの頭痛が酷く執筆がままなりません。ストックがあるので本日の更新はできましたが、火曜日はもしかすると厳しいかも。ここからが山なのにぃ……。
皆さまも風邪にはお気を付けください……。
あと少しで魔法陣が完成する。
結局、一月ほど掛かった。後半になるほど圧力とでもいうのだろうか?身体を押さえ付けるような不思議な力が強くなって、大変だった。
でも、実を言えば最初に丸一日寝込んだ日以降、コツを掴んだので……気合いを入れれば二週間で仕上げることは可能だったと思う。
だが、情報収集をしたかったし、さっさと描き終えてお役ごめんで生贄にされても堪らない。そんな訳でわざと時間を掛けて描いた。
あと、待遇が格段に良くなったのも理由だ。
作業時間は午後のみになった。食事は常にデザート付きで味も量も満足なものになったし、ベッドは王族が寝るのか?!というほど巨大でふかふかベッドに変わった。風呂も毎日、入らせてくれる。
う~ん、この世界に生まれ変わって、こんな贅沢生活は初めてだ。この身体がちょっとビックリしてる。
そして私に出す食事量が増えたので、運ぶのが大変だからだろうか、世話係が老婆から二十歳前後の若い男に変わった。
この男が───有り難いことに口が軽い。おかげで色々と欲しい情報が手に入った。
「へえ、悪魔の喚び出しのときには、魔術師30人掛かりで一斉詠唱するのか」
「ああ、すごいだろう。実力のある者だけがそれに加われるんだ。もちろん、俺も入っている」
「すごいな!」
褒めたら、すぐ鼻高々になった。
「俺が一番、最年少だ」
「ふうん。じゃあ、あなたはここの生まれ育ちなのか?あまり他の人は見ないけど……たくさん住んでいるのかな?」
「何言っているんだ。ここはテネブラエ魔導国。何千人も魔術師がいるに決まってるだろう!もちろん、俺はこの国の生まれ育ちだ。しかも代々、大臣を務めている一族なんだからな。普通はお前のような魔法も使えない外部の孤児が会えるような人間じゃない」
「そうかぁ。……えーと、お会いできて、光栄です」
「うむ。少しは自分の立場が分かったようだな」
別に私はお前に会いたくて会ってるんじゃないけどな。大体、大臣の一族だか何だか知らないが、結局、下働きさせられてるじゃないか。
───ということは心優しい私は口にしないでおく。
それにしても驚きだ。こんな砂漠の真ん中で、他と交流もなさそうなのに、多くの人間が暮らす国として成り立っているとは。
食料や水はどうしているんだろう?魔法で生み出せない訳ではないと思うが、厳しくないか?
私の疑問が伝わったのだろう。男はにやっと口元を歪めた。
「何故、こんな秘境で国が成り立つのか不思議か?」
「はい」
「ふっふっふ。何度も言うが、ここは魔導国だ。他の国と比べて魔法の水準が高いのさ。水を生み出す装置があるし、地下には畑や牧場がある」
「えっ、地下に?!」
それは見てみたい……。
私が素直に感心しているせいだろう、男の鼻がさらに伸びてゆく。
「地下には、魔石の採石場もあるんだぞ。掘って魔石が採れるなんて珍しいだろう?ここは昔、古代の魔物の墓場だったそうだ。だから、掘れば死んだ魔物の魔石がよく出てくるらしい。長い年月を経た魔石は、通常の魔石より力も強い。それを、他の国に売ったりもするのさ」
へえええ。ますます地下へ行ってみたくなった。テネブラエ魔導国、興味深い。
「地下へ行ってみたいか?」
男がにんまりと聞いてくる。私は大きく頷いた。
「ええ、見てみたいです」
「だが、地下は我が国の極秘区域だからなぁ。……ああ、奴隷になるなら、行けるぞ?」
「奴隷に?」
「そうだ。奴隷や、他国で死罪や追放罰などの重罪を受けた者を、労働力として使っているからな」
ええ?それは絶対に御免だ。
きっと、逃げ出せないうえに逆らえないようにして、延々と扱き使われるんだろう。
まあ、今だって似たようなものだが……貴重な魔法陣描きとして大事に扱われているというのは、重要な点だ。
「ちなみに」
男は声を潜め、私の耳にそっと囁いた。
「そいつらは、悪魔を喚び出すときの生贄としても使われる予定だ」
……なるほど。
魔法陣を描き終わった。
最後の3日ほどは、テネブラエの高位の貴族らしき者が代わる代わる見学に来て、ずっと外野は大騒ぎだった。もしかするとその中に国王もいたかも知れない。厳重に警護されている人物もいたからだ。
彼らの会話を聞くともなしに聞いていると、どうやら初代国王がこの規模の悪魔の喚び出しをして以降、成功していない術のようだ。なお、初代国王は三千年も前の人だとか?
……ということは、魔法陣がきちんと描けていても───失敗する可能性は高いんじゃないか?大丈夫なんだろうか。
私の密かな心配を他所に、とうとう儀式を行う日となった。私も見学して良いそうだ。
……生贄扱いではないことを祈りたい。
30人の魔術師が魔法陣の周りに並ぶ。そして少し離れた位置に、やたら豪華衣装の魔術師たち。私はゼーンと共に端の方に控える。
「あんたは、詠唱の輪に入ってないんだな」
「あの場に立っているのは、基本的に魔力量の高い者ですよ。私は本来は国外での諜報活動などが主ですからね」
「ふうん。例えばアルマーザの暗殺とか?」
ちろっと視線をやると、ゼーンは悪びれた様子もなく頷いた。
「おや。あの少年とそんな話をする時間があったんですか。……ええ、まあ、そうですね。エルサールのサイフィレスは古い木霊です。我が国としては、あの力を手に入れたいんですよ。しかしアルマーザがいると無理だ。なんとか排除したい……」
ふと、ゼーンがこちらを向いた。口元が嫌な形に歪んでいる。
「そういえば君はアルマーザを自由に動かせましたね?この魔法陣の報酬を倍増させますから、アルマーザの暗殺にも手を貸してくれませんか」
「……勝手に噂が一人歩きしているだけで、私がアルマーザに振り回されているというのが事実だよ」
というより、暗殺とかそういうのは趣味じゃない。
ゼーンは軽く肩をすくめて再び前を向いた。
「まあ、その話はあとでゆっくりしましょう」
───とりあえず、先の話があるということは、悪魔への生贄にはされないで済むってことかな。
そのとき、呪文を詠唱している一人がばたりと倒れた。血を吐いている。
続いて、また一人。
「……血、吐いて倒れてるけれど?」
「魔法陣のときと同じですね……」
ゼーンがやや緊張した声で呟いた。
魔法陣のときと同じ?つまり、私の前に魔法陣を描いた者は、みな、あんな風に血を吐いて倒れたってことか?
その間にもどんどん倒れてゆく。しかし、詠唱は止まらない。
やがて、かろうじて3人残ったところで、魔法陣から真っ白な炎が上がった。
「オオオ……ッ!」
離れた位置にいた豪華衣装の魔術師たちがどよめく。




