巨大な魔法陣を描く
そういう訳で、不思議な魔法陣描き生活が始まることとなった。
枷は外され、食事もきちんと用意してくれるため、扱いはさほど悪く無い。だが、強引にここへ連れて来られ、仕事を強要されている件について、素直に受け入れている訳ではない。抵抗しないのは、偏にテネブラエ魔導国の魔法に興味があるからだ。
とはいえ、深淵の塔は急に私が失踪して混乱しているだろうな。ブロイ達も心配しているかも知れない。ギルが無事にザグ達の元へ戻り、私が攫われたと話をしてくれればいいが……でも、私がまさかテネブラエにいるとは想像もつかないだろうなぁ。
とりあえず、ここから逃げ出すとしても助けは期待できない。魔法陣を描きながら、自力でなんとかする方法を考えよう。
見本としてだろう、紙に描かれた魔法陣が渡された。
中身は……え?!悪魔を喚び出す魔法陣??
悪魔の魔法陣は初めてなので、読めない部分がいくつかある。でもまあ、精霊魔法の基礎と重なるところが多いので、補完しつつ読めば、まったく分からない訳ではない。かなり高位の悪魔のようだ。
なお、炎霊の喚び出しのときに気付いたのだが、どうやら魔法陣が大きければ大きいほど、強いモノを喚び出せるようである。もちろん、その際に必要となる魔力も増える。
ということは……
こんなにでかい魔法陣となると、アルマーザだって厳しいのではないだろうか?……といっても、あいつの魔力量は知らないけれど。
さて、魔法陣がでかいので、事前に幾つか目印を付ける。
最初の日は、床に必要な印を付けて回るだけで終わった。歪んでいたせいで喚び出しが失敗に終わり、辺り一帯が闇に飲み込まれたら悲惨だ。私も巻き込まれる。ここは丁寧に作業しておかないと怖い。
中央に見本紙を置き、紐を使ってきっちり等倍になるよう印を穿つ。
「意外と職人気質ですね、君」
と感心したように言われた。
あの黒フードの男だ。名前はゼーンというらしい。相変わらず、顔は隠している。別に見たいとも思わないし、顔を覚える気はないからどうでもいいのだが。
なお、ゼーン以外にも数人、魔法陣描きに協力(というより監視だろう)してくれる黒フードの魔術師がいる。一人は年老いた女性で、朝昼晩の食事を運んでくるのが彼女だ。
───魔法陣を描き始めてしばらくすると、ゼーンの言った「途中で描けなくなる」の意味が分かった。
ある一定量を描くと何故か急にズン!と身体が重くなってしまって、筆が進まないのだ。そうなると仕方がないから、翌日に続きを描く。
しかも、その疲労?は徐々に溜まり出し、一週間が経つ頃には丸一日作業することが出来なくなってしまった。
……どういうことだ?
魔法陣は、ようやく三分の一が描けたところ。まだ、先は長い。
肩で息をする私を見ながら、後ろでゼーン達がぼそぼそと会話をしている。
「……ここまでこの早さで描けただけでも凄いが……やはり無理か……?」
「何が原因なのか……」
なるほど、前任の者も同じ症状だったらしい。
私は大きな筆を置いて、床に座り込んだ。壁際でひそひそ話す魔術師集団に目を向ける。
「とりあえず、明日は1日寝かせて欲しい。一度、体力を回復させる。それと、肉!肉料理をたっぷり食べさせてくれ。ついでにデザートも」
魔法陣を描くのは緻密な作業なので、かなりの集中力が必要だ。今、猛烈に頭に糖分が欲しい。
私の要望に一人が「何をえらそうに……」と怒鳴りかけたが、ゼーンが抑えた。
「分かりました。用意しますよ」
うーん、ついでにたっぷりの湯が張られたお風呂も所望してみれば良かった。今なら通りそうな気がする。
まあ、でも今日はもう風呂に入る体力がない……。
たっぷりの肉料理と甘いデザートをたくさん食べて、私はそのまま爆睡した。
夢も見ない深い眠りだった。
そして翌日。
丸一日休んだら、すっかり回復していた。
「……本当に回復したのかい?」
朝食を持ってきてくれた魔術師の老婆が信じられない顔付きで尋ねてくる。私は頷いた。
「ああ、もう全快だ」
「すごいね。今まで、魔法陣を描いた者は衰弱してゆくばかりだったのに」
……まさか、その人達は皆、死んだりしてないだろうな?
私の眼差しを受けて、老婆はハッと顔を背けた。そそくさと食事を置いて、部屋を出てゆく。
……むむ。皆、死んだのかなぁ。
さあ、作業再開だ。
私が元気一杯なのを見て、ゼーンが少し興奮したような口調で「今夜も肉料理を用意しましょう」と約束してくれた。わりとテネブラエの肉料理は美味かったので、楽しみだ。
───作業を始めながら、今後のことについて考える。
アルマーザを暗殺しようとする奴らが悪魔を喚び出すのである。絶対にろくでもない計画が絡んでいるのは間違いない。だから、成功させては駄目だろう。
とはいえ……私の横にはがっちり見張りが付いており、魔法陣が正しく描けているか常にチェックされている。こっそり内容を描き換えるのは無理だ。
それ以外で何かいい方法はないだろうか?
一つ、思い付くものがあるのだが……これをやって、大丈夫かどうかが分からない。しかし、現状で他の手を思い付かない以上。試しておいた方がいいかも知れないなぁ。




