自分の生き方は自分で決めるべき
少々、文章量多めです
「ところで、弟の1人がここのところ、あまり帰ってこないんだけど」
昼の忙しい時間が終わり、夕方に向けて準備をしている途中、ザグがぽつりと言った。
「え?帰ってこない?」
「2、3日に1回は帰ってくるんだけどね。ただ、夜中に出て行くときもあるのよ。まあ、ギルももう一人前だし……親でもないアタシ達があれこれ言うのもどうかと思って何も聞いてないんだけど」
言いながら、心配そうな顔をする。
この世界では、12、13才で独り立ちする平民も多い。それに元々、私やギルは自分たちの力で生き抜いている。確かにザグが世話を焼く必要はないだろう。
だが……
「良くないことに首を突っ込んでそうなのか?」
「良くないというか。たぶん、シムの昔の知り合いのところにいるみたい」
……暗殺系か。この間、動きが変わったと思ったのはそのせいだな。
「稼ぎのいい仕事だしね。元々、シムに憧れてる風もあったから、分からないでもないのよ。だけど、そっちの道へ行くよりは狩人の方がいいのに……ってアタシは思っちゃってね」
はあ、と溜め息をついて、ちらっと表を掃除しているシムに視線を送る。
シムにはこちらの会話は聞こえていないだろう。淡々と片付けていて、こちらを見る様子はない。
「シムは知っているのか?」
「シムが「たぶん、俺の昔の知り合いの元にいるようだ」って言ったから。でも、シムもあまり良くは思ってないみたい」
良いと思っていたら狩人には転向しないだろう。
「じゃあ、私がいるときに帰ってきたら少し話をしてみる」
「よろしくね、お兄ちゃん」
「お姉ちゃん」
「……いやぁね、ときどき忘れちゃうわ、リンちゃんが女のコってこと!」
わざとだろ?
夜中に階下からガサゴソと音がしたので、下りた。
厨房で余り物を食べているギルがいた。
「リン。来てたのか」
男子、3日会わざれば刮目して見よ、という言葉があったが。
3週間でギルはすっかり雰囲気が変わっていた。もう、子供っぽさが完全に消えている。眼光鋭く、気配も尖っていて近寄りがたい。
「暗殺者になるのか?」
回りくどい聞き方は止めよう。直球勝負だ。
ギルは軽く目を見張り、ほんの少し口の端を上げた。以前はこういう笑い方もしなかったな。
「ザグになんか言われたのか」
「いや」
「別に俺が何をしようと勝手だろう」
「そうだな」
私が頷いたら、ふんと鼻を鳴らした。
「じゃあ、聞くなよ」
「またギルと狩りをするつもりだったから、違う道を行くんなら残念だなと思っただけだ」
肩をすくめ、そう言ったら、ギルが驚いたように目を瞬かせた。
「狩人に戻るのか?」
「最初に言わなかったか?もっと強くなりたいって。運だけで竜を倒したっていうのは、どう考えても納得がいかない」
「……使用人をしてて、竜を倒せるのかよ?」
耳の痛いことを言う。
「自分に使える魔法はないか、ずっと調べてたんだよ。……どうやら無理らしいと最近、ようやく納得できたところだ」
正直なところ、これは想定外だ。とはいえ、なんであろうとまずは知るところから始めなければ分からない。これはこれで、収穫有りということだろう。
「……いつ戻るんだ?」
「ギルが狩人をやらないんなら、どうでもいい話だろ」
「お前なぁ……」
少しスネた顔になった。前のような幼さがうっすら現れる。
「こっちの質問に答えなかったくせに、なんで自分のには答えてくれると思うんだ」
「どうしてリンはそんなに可愛げがないんだ」
「可愛げがあったら、ギルは私に優しくしてやろうとか考えるのか?」
「……それは無いな」
だろう。
だったら、わざわざ可愛くするだけ無駄というものじゃないか。
なお、私はやろうと思えば可愛い子ぶることだって勿論、出来る。ただ、この姿では効果が薄いと思うから、やらないだけだ。天然ならいざ知らず……普通、女の“可愛げ”というやつは、意図的に作られている。それなりの労力を払って、“可愛さ”を作っているのだ。労力を払う以上、見合う対価を求めるのは当然だろう。
「……シムの昔の知り合いんとこで、今、仕事をしてる」
「そうか」
言う気はないんだろうと思っていたのに、ふいにぽつりとギルが呟いた。
「リンも人殺しは良くないと思ってんだろ?」
「ギルがやりたいなら、やればいいだろう。どうしてそんなことを聞く?止めろと言って欲しいのか?」
人殺しが良いかと聞かれれば、当然、良くはない、と思う。
しかし、ギルが人の血を見たい性質なら、無差別で人を殺しまくるよりは、暗殺業を生業にしてくれた方がいい。少なくともこの世界にはそういう職業があって、そういう仕事を必要とする人間がいるのだから。
「お前って、わりと冷たいよなー」
「“わりと”ではなく、はっきり冷たいと言ってくれて構わない」
「自覚あるんだな」
「あるよ。自分以外に対する愛は薄い」
かといって、完全な冷血漢ではないつもりだが。基本的には自己犠牲をしてまで他者を救う気がないだけだ。
「……単純に、シムみたいに強くなれたらいいなと思ったんだ」
「うん」
「でも……あんまり、この仕事は好きじゃねぇ気がする」
なるほど?
「なら、さっさと手を引けばいいじゃないか。わざわざ人の恨みを買うこともないだろう。誰かを殺したら、誰かの恨みを買う。いつ刺されても仕方の無い生き方をしたり、常に人目を忍ぶ生活を選ぶなんて物好きだなと思っていた。面倒じゃないか、そんなの」
ギルがじっとり睨んだ。
「なんだよ。お前も本当は止めた方がいいって思ってんじゃねぇか」
「ん?違う違う。どうすればいいと相談されたのなら、まあ、アドバイスくらいはする。だけど、生き方は基本的に自分で考えて自分で納得して決めるべきだと私は思っているからな」
「はー……」
ギルは深い溜め息をついて、頬杖をついた。
「将来とか、そんな先のこと俺には考えらんねぇよ。今を生きるだけで精一杯じゃんか。だから、今、興味のある方へ行っただけなんだ。だけど……他人の命なんか別にどうでもいいと思ってたはずなのになぁ」
「ふうん。まあ、いいじゃないか。それはつまり、いい出会いがあったってことだろ」
「ん?」
「他人の命なんてどうでもいいと思っていたのに、あまりそう思わなくなったってことは、死んで欲しくない人間が周りに増えたからじゃないか?良かったな。昔より、人生、面白くなっただろ」
「……そう……かな…………?」
眉を寄せて、ギルが唸る。
───初めて会った頃のギルなら、誰が死のうと自分が生き残ることしか考えていなかっただろう。だけど、旅をして、グルド達と狩りをするようになって……仲間を知った。火竜と戦ったときは危険を承知で戻り、必死に戦っている。他人の命がどうでもいいと思うやつはそんなことはしない。
「面白い……のか……?」
「私は一人で生きるより、他人といる方が刺激があって面白い」
「リンが?お前は……一人で生きたい方かと思ってた」
「え?私は美味しい物を食べるのが好きだし、宝飾品やドレスみたいな綺麗な物も好きだよ。便利で清潔な文明生活も享受したい。自分でそういうものを作り出したり維持したりする気はないから、そもそも一人で生きるなんて、絶対に嫌だね。それに人に囲まれ、かしずかれて生きることに全く抵抗はないよ。ああ、そうそう。芝居や歌や、祭りなんかも好きだなぁ。だから、大きくて平和な国で暮らすのは悪くないね」
「意外だ……」
そりゃまあ、そういう面を今まで出してなかったからな。
私が前世の記憶持ちだと知らないギルにしてみれば、意外に感じて当然だろう。一応、前世はこの世界のそこら辺の貴族より贅沢な暮らしをしていたんだけどなぁ。泥をすするような生活に一転しても馴染んでいる自分の適応力は称賛に価すると思う。
「ああ、そうだ。生き方を悩むんなら、まずはもっと遊んでみた方がいいんじゃないか。人生なんて、あっという間だから楽しめるときに楽しまなきゃ損だぞ」
「なんだよ。急におっさんみたいなこと言い出したな。お前、俺より年下だろーが」
だから、どうして皆、私の性別を忘れるんだ。
……いや、その前に博打や女を買えと言わなくて良かった。もっとおっさんに思われたかも知れない。もっとも、私自身はそういう遊びは好みじゃないけれど。(会社での巨額取引は常に博打だったし、寄ってくる男が山ほどいて邪魔だったからなぁ……)
ギルは、「ちょっとエンダーと話してみる」と呟き、自室へ下がった。
……すんなり辞められるものかな?それだけがちょっと心配だ。




