本来とは違う仕事ばかり増えてゆく
最近、自分の立ち位置がいまいち分からない。
当初は、キリーヤの使用人だった。それが、アルマーザへと雇い主変更になった……はずなのだが、今はなんだかアルマーザの使用人というより秘書っぽいのだ。
私に依頼すればアルマーザを動かせると周りが認識したため、王宮での会議だの、魔法学科の特別講師依頼だの、あれこれが私の元に持ち込まれるようになってしまった。聞くとどれもアルマーザでないと難しい内容ばかりだ。仕方がないので、承ける。しかし、アルマーザの自己管理能力が圧倒的に低いので……アルマーザに任せて終わりにはならず、私がすべて把握して滞りなく進むよう手配するのだ。
面倒臭い。
下手すると、朝、起こして飯を食わせて、身嗜みを整えて送り出さねばならない。最悪だ。
秘書というより、オカンか!と言いたくなるときもある。
前世で、秘書は数人雇っていたが……まさか今世で私が秘書をする方になるなんてなぁ。
ふと、能力はあるが鈍くさかった秘書子のことを思い出した。ヒサコという名だったはずだが、いつの間にか秘書子があだ名になっていた子だ。
秘書のくせに茶も満足に淹れられず、電話応対も酷く、1から私が指導したのだ。……まあ、アルマーザはその秘書子よりも使えないが。
何故かやたらと懐いて(?)いた秘書子が今の私を見たら、きっとショックを受けることだろう。「そんなの、社長じゃないですぅ!」と。
なお。
秘書業務に加え、私は魔術師の書記?のようなこともするようになっていた。
魔術師たちが使う魔法陣、なんとあれは、本人が描かなくても良いらしいのである。
素人目に見ても下手な魔法陣を描く奴がいて、思わず横から指摘し、試しに描いてやったら───私の描く魔法陣は美しい!と評判になり、やたら依頼が来るようになってしまったのだ。
どうやら魔法陣は綺麗に描いた方が作動の際にトラブルが起きないらしい。そして基本的に一発描きである。間違えたり歪んだりしたら、1からやり直しだ。
なので、一発で綺麗な魔法陣を描く私は重宝されるようになった次第である。
私には使えないのに、ただひたすら描かされるとは……まったくもって理不尽な話だ。
「それにしても、美しい円を描きますね」
アルマーザにも感心したように言われた。
「魔法文字も完璧だ。リンは、平民の孤児でしょう?何故、これほどきちんとした文字を書けるのですか」
まあ、これは前世で習字をした経験が関係しているのかも。
なにせ、私は前世ではお嬢様。習字にバイオリン、バレエなど一通りの習い事は修めている。元が器用だったおかげか、かなり腕前も良かった。
生まれ変わり、身体は変わったとしても……そのときに習得した腕の動かし方やコツはしっかり覚えている。だから労なく描けるのだろう。
とはいえ自分では使えないのだけど。
ちなみに、大量に描くせいか、いつの間にか魔法文字もスラスラ読めるようになった。魔法陣の構築法則も理解したので、私がもし魔術師として魔法が使えれば……独自の魔法を使ったかも知れない。
悔しいので、そのことは黙っているし、頼まれた魔法陣を頼まれたようにしか描かないけれど(間違っていても指摘しない)。
もったいないから、なんとか魔法が使えるようにならないものかなぁ。モブへの転生を気にしたことはなかったが、さすがにこの件は努力だけではいかんともしがたい……。
3週間ぶりにザグの店へ行く。
……シムが大人しそうな女性といい雰囲気になっていた。
「シムに春が来たのか?」
「市場でゴロツキに絡まれてるのを助けてあげたんですって。それ以来、毎日、うちに通ってきてるのよ」
女性の名はラウ。20代半ばくらいらしい。市場で野菜を売っているそうだ。
その野菜をこの辺りの飲食店にも卸していて、配達の際にこうやってシムと雑談をする。
「シムも満更ではなさそうだな」
「まあねー、でもだいぶ年が離れているし、経歴が経歴でしょ?普通のお嬢さんには合わないと思って一歩引いてる感じ」
ザグが苦笑しながら言う。
まあ、元暗殺者だからなぁ。しかも今は隻腕だし。悩むのは分からないでもない。
「ザグはいい人はいないのか?」
「……ときどき、リンちゃんの年齢が分からないわ。いい人って言い方、どうなのよ?」
白い目で見られてしまった。
「アタシはねぇ。まあ、ちょっといいなって思う人はいるんだけど。向こうが引くだろうから、こっそり片想いで満足してるの」
「ちなみに、相手は女?男?」
そういえばザグの好み、今まで詳しく聞いたことはないなぁ。
ザグは妖しくフフフと笑った。
「ご想像にお任せするわ。……あ、リンちゃんが育ったら、アタシ、いけるかも知れない」
「うーん。私はあまりこだわりは無い方なんだが……ザグはなんだかお母さんって感じがするから無理な気がする」
首を傾げて真面目に答えたら、目を丸くされた。
「ウソ!アタシのこと、お母さんって思ってくれてるのぉ?!」
「みたいな、感じ」
前世の母親とは全くタイプは違うが。うっすらとしか覚えていない今世の母親とも、たぶん違うが。
甲斐甲斐しく世話を焼き、あれこれ心配してくれるザグは、不思議と“お母さん”だなぁと感じてしまうのだ。
「ちなみに、お父さんは?」
「ブロイ。と、グルド」
「シムは?」
「叔父さんかな」
兄ではない。なんだかんだと面倒見のいい叔父という感じ。
「アラックは?」
「アラックとギルは弟だな」
「兄じゃないのねー」
「とても兄には思えない」
「そうね。リンちゃんが長男よねぇ」
いや、待て。長男てなんだ、長男て。




