・・・乙女?誰が?
1週間ぶりに塔へ戻り、最上階へ行くと───驚くほどスッキリ綺麗になっていた。
「やあ、お嬢ちゃん!君のおかげで本当に気持ちよく仕事場に来れるよ!!」
すれ違う魔術師が全員、感謝の意を告げる。
この世界にもゴキブ○に似た昆虫がいるらしく、よく最上階から降りてきて大恐慌になったと知った。
うん、それは大変だったろう。みんな、よく今まで我慢していたな。
「床も壁も窓も、洗浄魔法で徹底的に磨き上げたよ」
「いやあ、普通は1回で綺麗になるもんだけど、全然効かないから怖かったなあ」
どうやら、王宮の事務員だけでなく魔術師たちも清掃に加わっていたらしい。
素晴らしい。完璧な仕上がりじゃないか。
……ところが、肝心の家主が見当たらない。
「アルマーザはどこに?」
「それが、清掃2日目辺りくらいから情緒不安定になってね。そのうち、どこかへフラリと行ってしまったんだ。まあ、しばらくしたら帰ってくるんじゃないか?」
国1番の魔術師なのに、扱いが酷いな。
塔を隅々まで探したが、いない。
他にあの男が行きそうな場所など……ほとんど付き合いのない私に分かる訳がない。
悩んだ末、温室<アモエス>の方へ行ってみた。
木霊のサイフィレスがすぐに現れる。
何故か少し怒っているようだ。眉間に皺が寄っていた。
「アルマーザを探しているんだが……」
「「あなた……アルマーザをいじめたでしょう……」」
「は?」
開口一番に文句を言われ、私はポカンとした。
いじめ?アスワドをけしかけたことか?
「「家に帰れなくなったって……アルマーザが泣いているわ……」」
「帰れない?何を言ってるんだか。汚部屋を綺麗にして、暮らしやすくしてやったんだ。礼を言われてもいいくらいだ」
「「ウソよ……ウソよ……アルマーザの安楽の地を……あなたは奪った……」」
ザワザワと周囲の木々がざわめき始めた。
……これは。なんかヤバそうな雰囲気だ。
「ちょっと待ってくれ。何か誤解があると思う。アルマーザは、ここにいるんだろう?まずは彼と少し話をさせてくれ」
慌てて低姿勢で木霊と交渉する。
サイフィレスはしばらく髪をウネウネさせていたが……やがてゆっくりとおさめ、ムスッとしながら奥を指し示した。
「ありがとう」
礼を言って急いで奥へ───。
枯れ葉の山の中にアルマーザは蹲って眠っていた。
……うわ、キラキラが8割減になっている。
「……アルマーザ?」
「君の顔なんか見たくありません。向こうへ行ってください」
「塔の部屋が片付いたんだ。帰ろう?」
「あれはもう、私の部屋ではありません」
面倒だなー。
そう思いつつも、屈み込んでアルマーザの顔を覗く。
「衛生的でない部屋は、病気になる可能性があるんだ。どうしても一度、綺麗にする必要があった。……新たにあんたの住みやすい部屋を作ろう」
「イヤです。いきなり……いきなり裸にされて何もないところへ放り出された私の気持ち、君なんかに分かりません!」
ああ、分からないよ。
そう答えたいのを我慢し、私は溜め息をついて立ち上がった。
こいつはかなり重症だ。違うアプローチを考えよう。
冷たい目のサイフィレスの前をそそくさと抜け、塔のキリーヤの部屋へ行った。
「あら、リンちゃん!アルマーザの部屋まで綺麗にした浄化の乙女!」
「はあ?!」
「塔の魔術師の間では救世主ですっかり有名よぉ!」
……竜殺しから浄化の乙女になるとは。隔たりがあまりにも凄まじいな。とても同じ人間に付けられた二つ名とは思えん。
キリーヤの部屋は、まだ、綺麗な状態を保っていた。やや机の上は怪しいが、マメに事務員が片付けに来てくれるらしい。放っておくと大変なことになると分かったからだろう。
「で、どうしたの?」
「あ、ああ。エルフについて知りたいんだ」
「エルフ?今や幻の種族ね。中央山脈のどこかに王国があるらしいけど、招かれない限り、入れないって聞くわ」
ふうん。エルフが幻の種族なら、ハーフエルフはもっと希少なのかも知れない。
「エルフは、人族とあまり交流しないのか?」
「人族だけじゃなく、とにかく他種族と交流しないわよ。芸術と音楽をこよなく愛し、争いごとを嫌い、自然に囲まれた生活を好むの。人工の物が嫌いで……っていうか、金属ね。金属製品がダメみたい。だから、ドワーフとの相性は最悪」
なるほど。
キリーヤからエルフの国について、とにかく知っている限りのことを教えてもらい、私はどうすればアルマーザが落ち着く環境になるか、思案した───。
“浄化の乙女”呼称、実は魔術師たちの間でかなりモメました(笑。本人がとても乙女じゃないので。
でも、今後もぜひ、その手腕を披露してもらうために最大限に讃えておくべきだ!という大多数の意見により“乙女”に決定~。(きっと喜ぶはずという偏見に基づく)




