王都散策
翌朝。わりと早くに目が覚めた。
まだ寝ているザグとシムを起こさないよう店の方へ静かに下りる。
さて、早いが街の探索に行ってみるか?
考えていたら、ギルも起きてきた。
「早ぇな。……一緒に朝飯、行くか?」
ギルは、朝食をいつも街門の外の市場で食べているらしい。珍しいものも多いと言う。
せっかくなので、行ってみることにした。
「あ、そうだ」
外を歩き出してすぐ、ギルがなんでもない風にさらりと言った。
「オレ、ちょっとは魔法つかえるようになったぜ」
何?!私がひたすら片付けに追われている間に……魔法習得?!
「前は小さな火を点けるくらいしかできなかったけど、手の平くらいの火の玉をいくつか飛ばせるようになったんだ」
…………くう。絶対、アルマーザから精霊魔法を習ってやる。
街門外の市場は、すでに賑わっていた。
確かに異国風の料理が並ぶ屋台が点在している。
「あっちの串焼きは、かなり辛いんだ。そっちのは、少し甘ったるくてオレは好きじゃねえ。あ、向こうの包み焼きは、安いし旨いし腹持ちもよくてオススメだ」
どの料理も美味しそうで目移りしたが、まずはギルお勧めの包み焼きを買うことにした。ギルとは味覚が似ているのか、大体、好むものが同じなので間違いないだろう。
香りの良い大きな葉っぱの包みを開けると、米に似た穀物と肉、野菜が一緒くたになっていた。
ギルは包み焼きと言ったが、恐らく葉に包んで蒸した料理だ。
うん、旨い。米にしては、ややパサッとしているが、悪くない。
無言で食べていたら、いつの間にかどこかへ行っていたギルが飲み物片手に帰ってきた。
「ん、ノド渇くだろ」
「ありがとう」
ハーブ茶だろうか。わりとサッパリした味の飲み物だ。
今まで飲み物といえば水か、牛乳か、まれに果物水しか飲んでいなかったので、新鮮だ。
うーん、深淵の塔から街門まで少し距離はあるんだが……早起きして、朝飯だけ、ここまで食べに来ようかなあ。塔の食事はどうも味気なくていけない。
狩人をしているときは粗食でも平気だったが、野外ではなく文明社会の中で生活をしていると、食べ物に対する要望は高くなる気がする。
「じゃ、オレは仕事に行くから」
人混みに誰かの姿を認め、ギルがそそくさと立ち上がった。
「ん?……ああ、分かった。いってらっしゃい」
「んあ?なんだ、それ」
「送り出しの挨拶」
「ふうん。じゃあな!」
サッと人波を抜けて、灰色のフード姿の人物のそばへギルは行ってしまった。
……フードの人物が、こちらを見ている。こちらから相手の目は見えないけれど、嫌な感触だ。
ギル。変な仕事だったりしないだろうな?
市場を見て回ったあと、城下町へ戻る。
王国着いてすぐにザグの店の物件をあちこち探したので、街門に近い辺りはまあまあ分かっている。
なので今日は、貴族街から近い商業区の方を回ってみよう。私のような庶民の小娘は入れないだろうが、どんな店があるか見ておきたい。
もし気になる店があれば、アルマーザなりキリーヤなりをちゃんとした格好に仕立て、私が小間使いとして付いていけば入れるはずだ。
街門外の市場で昼近くまで時間を潰したのだが、金持ち商業区はようやく店を開いたばかりのようだった。お貴族様は、朝早くから動き出さないからだろうか。
瀟洒な外観の店々は、服飾、靴、宝石など身を飾る高そうな物が多かった。
ああ、化粧品を置いてる店もあった。
ふと、ガラス窓から中を覗き込む。
この世界の化粧レベルはどれくらいだろう?前世では美容系の事業に力を入れていただけに、少し気になる。
今は日焼け止めも化粧水も縁のない生活をしているけれど。
───小汚ない子供が覗き込んでいるからだろう。
細面の神経質そうな若い男が店から出てきて、シッシッと私を追い払った。
……こいつ、ニキビ痕が目立つな。この世界の化粧、大したことはなさそうだ。
帰りに街中の市場でジャガイモに似た野菜と卵を買う。
火竜の鱗亭に帰り、店内は空いていたので、厨房を少し借りてポテトサラダもどきを作った。
「あら。なぁに、それ」
「ま、食べてみて欲しい」
興味津々のザグに試食してもらう。
「あ、美味しい~!これ、何で和えてるの?」
「マヨネーズと言うんだ。普通に野菜につけて食べても悪くない」
マヨネーズの作り方は簡単。
卵の黄身に酢と塩を入れて混ぜる。そこに植物油を少しずつ入れて混ぜ合わせればいい。
今日、外の市場でいろいろ見たが、マヨネーズを使った料理はなかったので、珍しいだろう。
ちなみに、こちらの世界にもサルモネラ菌がいるかどうかは分からないが、生卵を食べる習慣はなさそうなので……念のために卵は60度の湯で5~10分ほど消毒している。(湯の温度は測れないため、沸騰した湯に、同程度の常温の水を加えて作った)
「これ、店で出してもいい?」
「もちろん」
ザグの問いに、大きく頷く。
最初っからそのつもりだった。ザグの店は、繁盛してもらわなければ。ここから、是非、エルサール王国の食改革をして欲しいのだから。
来週も金曜日1回更新です。




