変なキラキラ男に絡まれた
発光しているのか?と思うくらいキラキラした銀の長髪に、不思議な虹色の瞳。
整いすぎた顔は、まるで作り物のようだ。
年齢不詳の美しい男は音もなく私の横に来て、優美な仕草でそっと箱を撫でた。
「これは、時を止める魔法を使っているのですよ。とても高度で美しい魔法式を使うのですけれど、効果がたった1日しか続かなくて。“解除”しない限りずっと止まったままなのが理想なのに、どうしても上手くいかないんですよね」
「……冷凍でなく、時を止めている???」
「冷凍?」
「食べ物を凍らせているのかと思っていました」
男は目を丸くして私を見た。
「食べ物を凍らせたら、食べるのが大変でしょう」
「……温めたら食べられるでしょう」
「凍らせて、それを維持し、最後に温める―――かなり難しいことを言いますね、君」
……そうか、難しいのか。
時を止める方がよほど難しいと思うが、魔法ではそうじゃないらしい。
「時を止める魔法も難しそうに思えるんですが、そうでもないんですね。人間にも使えますか?」
男はパッと目を輝かせた。
「人間には使ったことがないのです。君、実験体になってくれる?」
!!!
ブルブルブルと大慌てで首を振った。美しく整った顔が異様な迫力で眼前に迫り、(これはヤバい)と本能が告げる。こいつ、絶対にマッドサイエンティスト系だ。本気で私をモルモットにしようとしている。
「人類の未来のためです」
「私を含まない“人類”のために、私の未来を捨てる気はない」
「貴女の名が永遠に残りますよ」
「死んだ後に名だけ残っても無意味だろう。死んだ私には関係ないじゃないか」
「いずれ死んでしまうからこそ、名くらいは残したいじゃないですか」
「“名”は“名”だ。それは私じゃない。私を知らない誰かが私の名だけ知ってて、何になるんだよ」
「即物的な人ですね。なんて夢のない」
「放っといてもらおう。私は現世主義だ。今を生きている“私”が一番大事なんだ」
男は信じられないとばかりに悲しげに顔を振った。途端に周囲も暗くなった気がする。
ゆっくりと膝をつき、男は私の手をそっと握った。
なんだろう。今度は男の周りがキラキラと輝いてきたような?
「そんな刹那的な生き方をして、空しくなりませんか。本当に大事なものほど、目には見えないのです。君がもっと視野を広く持てば、世界は美しく変わって見えますよ」
……なんだ、これは。私は変な宗教の勧誘でも受けているのか?
これだけ綺麗な顔の男だ。優しく口説けば落ちる女はきっと山ほどいるのだろう。しかし、こいつは私の好みではない。男なら、顔より筋肉。
いやいや、今はそういう話じゃなかった。こいつは私を口説いている訳じゃないのだ。あやしい宗教の勧誘先は、単なる実験モルモット。子供を実験体にしようとする非道人間の言葉に、素直に頷くはずがない。
「現実は、結構残酷なものだと思うが?ま、勝手に幻想を求めるのは個人の自由だ、ただそれを私に強要するのは止めてくれ。……ということで、私はこれから食事なんだ。あんたの戯言に付き合う時間はない。失礼する」
「……おかしいですね。私が全力で口説いて、落ちない女がいるなんて。君、本当に性別は女?」
頭突きをかましてやろうか。
前世を含めて自分が女らしいと思ったことはないが、女を捨てた訳じゃない。失礼な言い草だ(その前にこんな子供を全力で口説くって大丈夫か?)。
「あんたみたいな“顔だけ”男には興味がないだけだ。もっと中身を磨いてから出直せ」
がーん!という効果音が聞こえそうなほど、大袈裟に男はよろめいた。
「こ、こんな色気もない糸目少女になんて言われよう……!そうか、分かりました。君は美的感覚がおかしいのですね!」
「えらい自信だな。美の基準は人それぞれだろう、勝手に押し付けるなよ」
「完璧な美は、誰にとっても“美”なのです」
「はいはい、分かった分かった。じゃ、私は人間じゃないってことでいいよ。じゃあな!」
いやもう、今まで出会ってきた人間の中でトップクラスで面倒な奴だ。もう二度と関わりたくない。
まだ縋ってくる男を振り払って、私は箱から取り出した料理を手に外へ出て行った。ここで食べようとしても、ずっと絡まれるに違いない。
男を振り切り、中庭のような場所でパスタに似た料理を食べる。
……まあまあだな。
この国の料理は味に深みがなくて、美味しいと思うものが少ない。味付けに塩くらいしか使って無いんじゃないだろうか。
ニアムは辺境のわりに意外と香辛料が使われてて、肉料理は悪くなかった。前世では17世紀頃、香辛料を求めてヨーロッパ諸国が争ったらしいが、今ならその気持ちはよく分かる。香辛料の存在は重要だ。
ザグの居酒屋、どんな料理を出すんだろう?香辛料たっぷりの肉料理だったら、ぜひ食べたいなぁ。
―――食べ終わり、皿を食堂に返しに行く。
男はもうおらず、安心する。
続いて図書室へ。
天井までびっしりの本、本、本!
すごいな、この世界にこれだけ本があったとは。
かなり古い貴重本がたくさん並んでいるようである。司書の許可を得なければ読めない本の割合の方が多そうだった。
ま、私はまだ簡単なものしか読めないから、手前の本で充分だけど。
それにしても。
全部は無理にしても、奥の方の本を読める日がいつか来るのだろうか?残り一生をこの図書館で過ごしても達成できない気がする。ううーん、これぞ積み重ねられた人類の叡智の重みだなぁ。
最初は丁寧に応対していたのに、どんどん口調が粗くなってゆくリン……。




