それぞれの行き先
狩人を辞めてニアムを出て行くと言って、驚いたのはギルだけだった。
他の4人は意外そうな顔をするでもなく、ただ頷く。
しかし、エルサール王国で使用人として働くつもりだと言えば、全員、隕石が降ってくるのを目撃したのかと思うほど驚愕した。何故だ。
「お、お、お前が使用人……?」
「使用人って、何をする仕事か知っているか?!」
「リンちゃん、まさか頭を打ってたの?!」
さすがにムッとして口を曲げる。
「馬鹿にしてるのか?」
「い、いや、そういうワケじゃないが……リンが自ら他人の下で働くのを選ぶとは思わなくてだな……」
ポカンと口を開けて言葉を失っていたグルドが、何度も目を瞬かせながらぼそぼそと言う。
確かに、私自身も他人の下で働けるのか?とは思っていたが……こうまで皆から否定的な反応をされるとものすごく腹が立つ。こうなったら、意地でも年単位で働いてやろう。そして見てろ、完璧な使用人になってやる。―――それを生涯の職にするつもりはないが。
グルドは、内市の子供達と一緒に暮らすらしい。アラックも狩人を止めて実家を手伝うそうである。実家は左官業なのだとか。……アラックが左官。私以上に向いてなさそうだ。
ザグは狩人をして資金を貯めてから居酒屋を開くことが元々の夢だったとのことで、私と共にエルサール王国へ行くことになった。
「シムはどうするんだ?」
「そうだなぁ。どこか、静かな田舎町に引っ込んで畑でも耕して暮らすよ」
あ、一番似合わないことを言いだす奴がいた。目付きの悪い、動作の一つ一つが異様に鋭い男が、田舎へ行ったらどうやっても浮くだろうに。
同じことをザグも思ったらしい。小さく笑いながら、シムの肩を叩いた。
「まだ引退には早いんじゃない?特にアテがないなら、少しアタシを手伝ってよ」
「片腕でか?」
「シムなら余裕でしょ。アタシもさすがに知らない街で一人で店を始めるの、不安だし」
―――そんな訳で残ったのはギルだ。
ギルはずっと不機嫌な顔で膝を抱えて座り込んでいる。
「……狩人を続けたいなら、どこかに口をきこうか?」
グルドが宥めるようにギルの頭を撫でる。
ギルはそれを振り払って、私を睨みつけた。
「なんで。そんなあっさり全部、捨てて行けるんだよ。竜、ちゃんと倒せるようになるんじゃないのかよ」
へえ?
まさか、私よりもギルの方が竜を倒すことにこだわっているとは思わなかったなぁ。ギルは狩人でやっていくのがいいのかも知れない。まだまだ伸び代もありそうだし。
しかし私は。
「―――現時点で、私がこれ以上強くなるのは無理だと判断した」
「え?」
「身体強化を習得して体を鍛え、武器も強くしたけど、これが限界だ。あと数年して、もうちょっと体が大きくなれば変わるかも知れない。だけど、それまで現状維持なんて面白くないだろ。だから違う方面で、伸ばせる才能がないか探りたいんだ」
「……もっと強くなるってことか?」
「いや?別に最強を目指すつもりはないし。ただ、自分の引き出しをもっと増やしたいんだ」
「引き出し……」
「そう。やったことがないことに、挑戦していきたい」
前世ではトントン拍子で社長になって、そこからは“経営者”としてしか生きられなかった。最初は純粋に会社経営が面白く、それを大きくすることに夢中だったけど……途中からは抱えた社員の分、責任が生じた。それは、自分都合で新しいことを始めたり止めたりすることが出来ない生き方だ。リスクを最小限にまで減らし、常に先を読み神経をすり減らす毎日。
別にあの生き方に後悔はない。
だけど、今は身一つなのだ。せっかくなんだからその“自由”を満喫したいじゃないか。どんどん、新しいことに挑戦しないと勿体ない。
「ま、ギルに付き合えって言うつもりもないし。ギルはギルで好きな道を選べばいい」
「お前に付いて行くって言っただろ。……分かった。じゃあ、俺も使用人になる」
「はあっ?!」
思わず、眉をしかめて声を上げてしまった。
「お前が使用人なんて、なれる訳ないだろ」
「リンの方が絶対、ムリだろ」
「決めつけるなよ」
「じゃあ、リンも決めつけるなよ」
「まあまあまあ!」
ザグが顔を寄せ合って不毛な争いをする私達に割って入った。
「アタシからすれば、二人とも向いてないって思うけどぉ……まあ、若いうちはなんでも経験だろうし。がんばってみたら?」
……付いて来なくていいのに。ニアムで狩人を極めてろよ、ギルめ。
それから一月ほど後、私、ギル、ザグ、シムの4人はニアムを出発した―――。




