治療、そして街への帰還方法は
丸一日、走り続けてグルム山まで。
休憩は一度だけ。
水場で人も獣も水を飲み、軽い食事をした。……その辺にいた黒角兎を捕まえて岩狼にやったが、驚いたことに馬も食べた。さすが魔物の血の入った馬だ。
岩狼の方は、なんだかすっかり懐いた気がする。耳の横や腹をかいてやったら、気持ち良さそうに目を細めて体をすり寄せてくる。名前、付けるか?
―――すっかり深夜になっていたが、グルム山の麓に辿り着くと荒野に炎の明かりが見えて、グルド達の居場所が遠くからでも分かった。
「丸一日、馬で駆け通せるとはルーアさんは体力があるな」
「ルーアでいいわよ。私、ニアムの生まれなの。母が狩人をやっててね。小さい頃はときどき、ついて行ったものだから。まあまあ慣れてるわね、長距離移動とか魔物の対処とか」
なるほど。
さて、野営地に近付くと、あまりに早く戻ってきたことと、私が岩狼に乗っていたこともあって、ギルから本気の攻撃を受けた。
問答無用の初撃を凌ぎ、距離を取って怒鳴る。
「こっちはロクに飲み食いせず寝もしないでずっと走り続けてきたんだぞ!ふざけんな!」
「ああ?そっちこそリンの姿を取るなんて、ふざけすぎだ!」
「私が私の姿で何がおかしい!」
疲労も溜まっていたので、本当に頭に来てギルを思いっきり蹴飛ばした。が、当たる瞬間、身体強化を切る。さすがにこれで死なれたら寝覚めが悪い。
ギルはちゃんと受け身を取っていたので、吹っ飛んでいったが軽傷だろう。
呻いているのを無視して岩陰に入る。
顔色の悪いアラックが苦笑しながら片手を上げた。
「早ぇな。どんな技を使ったんだ。魔王の娘はマジで怖ぇ」
「生きてたな」
「勝手に殺すなよ」
ごほっと苦しげに咳き込みつつ、奥を示す。
「あとの3人は熱が高くて、もう意識がないんだ。やばい」
私は頷いて、後ろのルーアを呼んだ。
ルーアは厳しい顔で最初にグルドの元へ行く。
「……酷いわね。でも、4人を全部治せるほどの力も魔力も私にはないわ。最低限、ギリギリの治療をして、ニアムまで運ぶしかないわね」
「最低限とは?」
「死なない程度、ってこと」
「充分だ」
返事をしたのはアラックだ。
「魔物の狩人をやる以上、死と隣り合わせなのは全員、分かっている。そもそも火竜と戦って生き残ったことは奇跡だし、大ケガを負ったのにこんなに早く現場で治療を受けられるのも信じられない奇跡だ。助かるだけ、恩の字だよ」
「そうね。……とりあえず、あなたは死ななそうだから後回しにするわよ」
言って、ルーアはグルドの治療を始めた―――。
結局、グルドとザグの治療だけでルーアの魔力は尽きた。
ちなみにシムは火竜の炎に焼かれたので、普通の炎の火傷とは違って出来ることはほぼ無いらしい。アラックとともにルーアが持って来てくれた解熱剤、化膿止め、回復薬を飲んで後は自身の回復力頼みとなった。
そして治療をするだけしてルーアも倒れてしまい、動けない大人5人を抱え、私とギルは頭を悩ませていた。
「リン。もっと岩狼を捕まえてこれないか?」
「捕まえても、言うことを聞くかどうかは分からないぞ?それに怪我人の乗り物としては、お勧めできない」
「だよなぁ。なんか、荷車みたいなのがあればいいんだけどな」
すっかり懐いた岩狼に、獲ってきた黒角兎を与える。
とりあえずシムやアラックの熱が下がるか、ルーアが目覚めるまで待つという結論を出し、今は交代で食料や水を探しに出掛けている。ニアムに帰って荷車を持ってこようかとも思ったが、その間、ギル1人でここを守るのは恐らく大変だろう。ちらほら、魔物の姿が見えている。
ということで時間があるので、火竜の鱗はかなり剥がした。とても全部運べないが、少し離れた岩場にまとめて積んでいる。試しに肉も焼いて食べてみたが、臭くて不味かった……。
丸一日経って、ルーアが目を覚ました。
「久々だわぁ、魔力切れなんて」
まだ体がだるそうだ。魔力があって魔法が使えるのは羨ましいが、魔力が底を突くとこんなにも動けなくなるのは不便だな。
「え?丸一日、寝てたの?ごめんねぇ」
「いや、どうせ身動き取れないし。……食事を用意している、こちらへ」
「ありがとう」
食事を済ませ、ルーアがグルドとザグの様子を見る。相変わらず熱は高いが、危機は脱したらしい。
この後、どうするかの相談をしたら、ルーアはカラカラと笑った。
「明日ぐらいには、たぶん、街から何人か来るわよ」
「そうなのか?」
「火竜の素材は貴重だもの。手の空いてる者はみんな、来ると思うわ。それにグルド達が動けないほど怪我をしてるってことはブロイも横で聞いていたからね、連れて帰るための算段もしてくれてるでしょ」
大きくて貴重な魔物を倒した場合、近くの街の者は総出で素材を取ることは普通なのだそうだ。ま、数人の狩人だけで全部解体できないから、それはそうかも知れない。
なお解体した素材のうち、レアなものは狩人のものだが、残った素材の半分は手伝ってくれた者に振る舞うことが多いのだとか。その代わり、その後しばらくは街での滞在費が無料になるなどの特典が発生する。
「火竜の骨は丈夫でいいのよ。あれで武器も作れるからね。作ってもらいなさい」
たぶん、ガフなら大喜びで作ってくれるだろう。ぜひ、頼んでみよう。
ルーアには、敬意をもってちょっと丁寧な態度のリン。(ブロイに対しても一応、丁寧に接している)




