魔術師を連れて
走るのは、やはり四つ足が速い。風圧はすごいけど、竜と比べればマシだ。
明け方にはニアムへ辿り着いた。
「リン?!な、なんで岩狼に乗ってるんだ?!」
顔見知りの門番が仰天する。
「いいだろ?前からずっと乗ってみたかったんだ」
「いや、馬じゃねぇんだから……」
「うん、まあ、乗り心地はいまいちだった。だけど速いのは助かる」
降りて、岩狼の頭を撫でる。荒い息をついていたが、嫌がる素振りはない。……ふむ。調教すれば、飼えそうな気がしてきたな。
とりあえず、口をあんぐり開けている門番の横を通って中に入り、門の内側にある井戸から水を汲んで、岩狼に水をやった。
すごい勢いで飲むので、その後、もう一度水を汲んでくる。
最後に再び頭を撫で、私は門番を振り返った。
「暴れるようなら、適当に追い払ってくれていい。ただし、殺すなよ?それと、もし大人しくしているようなら、そのまま見守っておいて欲しい。あとで肉をやるつもりだから」
「……そ、そうか。お前の飼い狼なんだな」
「そうなるといいんだけど」
あ、飼えそうなら名前がいるな。ウルフじゃ、まんまで面白くないか……?
まだ周囲は薄暗く、静かに寝入っている街を走る。
内市の門では通り抜ける際に少し揉めたが、「緊急事態だ」と強引に押し入る。
そして私は、ブロイの屋敷の扉を叩いた。
「―――こんな時間に、どうした」
「非常識な時間の訪問だとは充分理解している、申し訳ない。……火竜に遭遇した。みんな、怪我が酷くて動くのが難しい。内市の魔術師に治療を頼みたいんだが、お願いできるだろうか」
言って、懐から火竜の魔石を取り出す。
「これなら、4人分の治療費に当てられるか?」
「……それは仕舞いたまえ。火竜の鱗で充分、足りる。場所は?」
眠そうな顔が一瞬で消えた。すぐに必要最低限の質問が返ってくる辺り、ブロイは流石だ。
「ガラム山の麓」
「いつの出来事だ?」
「昨日の朝方だな」
え?と驚いた視線が突き刺さった。
「どうやって……ニアムまで帰ってきた?」
思わずニヤリと笑ってしまった。
「岩狼に乗って」
初めて見る魔術師は、ニアムに相応しい厳つい体格の……女性だった。30代後半だろうか。錆色の髪、灰緑色の瞳をしている。
ぎゅっと口を結んでいると非常に気難しそうに見えるが、私に視線を移したときは意外と優しい笑顔になり、すっと身を屈めてくれた。早朝の訪問に不快な様子もなく、私を真っ直ぐに見る。
「あなたの噂は聞いたことがあるわ、リンちゃん。私は魔術師のルーアよ。……火竜と遭遇して倒しただなんて、さすがグルド達ね。じゃ、案内してくれる?」
「馬を用意しよう。……リンは乗れるか?岩狼の方がいいか?」
「岩狼?!」
眉を上げるルーアに、ブロイは苦笑を漏らした。
「一晩でガラム山から駆けてきたそうだ」
「……噂以上の子ねぇ」
外市での私の噂はロクなものがないが、内市の方は一体、どんなものだろう?まあ、外市同様、ロクなもんじゃないだろう。
ルーア、ブロイと共に外市の門へ。
門番は思わぬ2人の登場に驚いて直立不動になる。私はその横をすり抜け、外壁の近くで毛繕いしている岩狼に近寄った。
「待っていてくれたんだな」
ブロイにお願いして、念のために牛の肉をもらってきておいて良かった。
大きな塊を前に置くと、岩狼は嬉しそうにかぶりつく。
「……本当に岩狼だ」
離れたところで、おっかなびっくりといった様子のブロイが感心している。
「岩狼って飼えるのね」
「リン以外は無理じゃないか?」
「まあ、普通は飼おうとか、乗ろうとか思わないものねえ」
そうなのか?
私は初めて岩狼を見たときから、乗ってみたいと思っていたんだけどな。
肉を食べる岩狼の前に座り込み、私は話しかけた。
「こっちに来たばかりで悪いが、また走ってくれるか?」
「グルゥ……」
OKだと受け取ろう。
「よし、水をもう一杯、飲んでおくか」
いそいそと水を汲んで戻ると、馬が用意されていた。普通の馬より大きくて黒々としている。
「魔物の血も半分入ってる馬なの。普通の馬より速いわよ。……岩狼には負けるけどね」
そんな馬がいるんだな。
良かった。グルド達の元へ、思ったよりは早く戻れそうだ。




