とりあえず、隊商についていってみる
翌日から街道で隊商探しが始まった。
ゾア王国が貧しいからだろうか。通るのは柄の悪そうな連中が圧倒的に多い。
3日目。
髭モジャでゴツイ体格だが、妻子を連れている商人の一行を見つけた。馬車は2台、もう少し大きい隊商が良かったが、まあ、これくらいでも構わない。
しばらく付けてゆき、休憩に入ったところでヨロヨロと商人の前に行く。
護衛らしき無骨な男が私を摘み上げた。
「こら。汚いガキだな、向こうへ行け」
途端に、ボロボロと私は泣いてみせた。
「うっ、うっ……うぇ~~ん!」
「ちょ、おい、泣くなよガキ!」
「どうした?」
来た!
商人がのしのしとやって来る。
私はギルに殴らせた顔の青アザがよく見えるように、哀れっぽい視線を髭モジャ男に向けた。
「お、お願いです、荷物運びでも何でもするので、連れて行ってください。お金はいらないです。怖い盗賊の元にこれ以上、いたくないんです!」
「………」
髭モジャ男は、むぐっと唸って眉を寄せた。
うーむ。
こういうとき、可愛げのないこの容姿は損だな。だが、“幼さ”は十分、使えると思ったんだが。
「あなた。こんな小さな子が可哀そうだわ。連れていってあげてもいいんじゃない?」
髭モジャ男の後ろから、人の好さそうな骨太の中年女が言う。よし。
「この国を出るまででもいいです。お願いします!」
「あなた」
「うーーーん……」
用心深いな。
まあ、商人としては正しい。
「……本当になんでもするか?」
「します」
「……わかった。連れて行ってやろう」
「ありがとうございます!」
ふふ。妙なものを拾ってしまったと思っているだろうが、後悔させないくらいの働きはするぞ!
―――それから私以上に青アザだらけのギル(私が殴った)も引っ張り出し、同行させて欲しいと頼んだ。髭モジャ男は(このクソ餓鬼……!)という目で私を見たが、怪我の酷いギルに目を潤ませた奥方の取り成しで問題なく一行に加わることになった。
「なぐりすぎなんだよ!」とギルから文句を言われたが、過剰なくらいでないと信用は得にくいんだから仕方がない。
髭モジャ男はバルード・グランと名乗った。織物の商人だそうだ。
妻はモーリー。12才の息子はザディ。バルードに似たゴツい少年だが、利発そうな目をしている。
私とギルは、事前の打ち合わせ通りにとにかくよく働いた。
移動しながらの薪拾い、休憩場所での水汲み、洗濯、馬の世話。
夜の火の番もやった。
ただ、バルードも完全に信用することは出来ないのだろう、私とギルを一緒には行動させないし、必ず誰か大人が横にいる。
別に信用してもらう必要はないし、好きなだけ用心してもらって構わない。こちらは安全に移動したいだけだ。“誰かの目がある”と、私やギルが気に食わない連中から嫌がらせを受けることもない。
「お前、小さいのにキモが据わってるな」
最近、よく一緒に薪を拾うドドという男に感心したように言われた。ドドは本名ではなく、“鈍くさい”という意味のどこかの国のスラングらしい。背が低くて小動物のような真ん丸の目をしているが、腕は丸太のように太く力のある男である。護衛ではなく、バルードの下で働く従業員だ。
「そうかな」
「クマがいても驚かなかった」
「ああいうのは、驚いて大きな声を出すと、余計に追いかけてくるんだ」
「そうか」
馬車の旅ではあるが、馬車に乗るのは商人の親子だけだ。後は、商品の織物と野営道具一式が載っている。残りの者は全員、徒歩。
ちなみに馬車の車輪は木製。ゴムが付いている訳でもないし、サスペンションのような衝撃吸収材だってないから乗り心地はきっと良くないだろう。速度も子供の私が早足で付いて行けるほどなので、別に乗りたいとは思わない。ときどきザディも降りて歩いているので、彼も楽をするために乗るというより、荷物を運ぶ運転手的役割で手綱を握っているようだ。
で、徒歩の者は全員、歩きながら目についた枯れ木を片っ端から拾っていた。
一晩、火を焚くとなると、それなりの量が要る。食事の支度にも必要だ。だから常に枯れ木拾いをするのである。ただ、どこでも枯れ木が落ちているわけではないため、ちょこちょこと森に分け入っては枝を拾ってくることだってある。
そういう役目を、私やギルはせっせとこなした。余分に動き回らなければならないので、これは好まれない仕事なのだ。
そうして森へ入っていたとき、たまたま、熊と出くわした。熊といっても小熊。向こうも驚いている風だったので、見合ったまま音を立てないようにゆっくり後退った。ただし、大声をあげそうになったドドの口を塞ぎながら。
ドドはそのときの私の落ち着きっぷりに感心しているらしい。まあ、5~6才児らしくはないだろう。
「あ、アビカの実だ。これは甘くてウマイぞ」
それ以来、ドドは私に心を開いてくれたようで、枝集めをしながらこの実は美味い、あの草は毒がある、このキノコは食べられると色々教えてくれるようになった。
枝を拾いながら、食べられる物を見つけたらそれも持って帰るのだが……甘い果実などは黙って森でたくさん食べさせてくれる。私が小さくて細いから、しっかり食べろと言う。
ザディも周りが大人ばかりだからだろう。いつの間にか私に話しかけてくるようになった。
おかげで休憩時にバルードから読み書き計算を習っているのを、私も横で参加できるようになった。
「そんなもん、おぼえてどうするんだよ」
ギルが信じられないというように言うので、
「計算くらいできないと、買い物をした時にぼったくられても分からないだろ」
と答えたら、ギルもときどき参加するようになった。現金なヤツだ。
バルードも最初は渋い顔をしていたが、私やギルという共に学ぶ仲間が出来たことでザディの勉強意欲が上がったので、途中からは雑用をしていても呼ばれるようになった。
ちなみに計算能力については、明らかにバルードよりも私の方が上だが隠している。“出来る”ことはあまりバレない方がいいだろう。
なお共通語の文字は、アルファベットに似ていた。26字というのも同じだ。英語にかなり近い感じがする。私は英語にフランス語、中国語が出来たので、言語習得に関してはそんなに苦じゃない。まあ、そんなに時間を要せず読み書きは出来るようになりそうだ。
また、護衛のベンとダールからたまに戦い方を教えてもらっている。本格的に教えて欲しいが、あまり目立っては困るので、遊んでいるフリをしつつ教えてもらう感じだ。ザディが剣術を習っているので、それに混じらせてもらう場合もある。ギルもどうやら教えてもらっているらしい。
そうそう、教えてもらっている中で知ったが、この世界には“魔物”がいるようだ。普通の獣より強く、怖ろしい。しかも普通の剣などでは倒せないとか。
そして、魔法も存在するようである。ただ、庶民は魔力が低いため簡単なものしか使えない。“魔力”が高い者はほぼ貴族であり、庶民でも生まれもって魔力が高いと大抵は貴族へ養子に入るそうだ。
ちなみに、ベンの見立てでは私は魔法は使えないだろうという話だった。魔力を“外”へ放出できない代わりに“内”に巡らせて身体能力を上げるタイプじゃないかという。ふ~ん、魔力というやつは……なかなか興味深い性質だなぁ。
この話は、しばらくのんびりと進めていくつもりをしています。
次話から週1の金曜更新に。
コミカル展開になったら、更新回数を増やすかも……。