激闘の後始末
ニアムまで、真っ直ぐに急いで帰れば4、5日ほど。私が休まずに走れば3日掛からずに戻れるかも知れない。
しかし、助けを連れてここまで戻ってくる日数を考えると、時間が掛かり過ぎる。
「リン。帰る手段は後でいい。その前に竜の心臓を取っておけ。それから……もし残っているなら、角と目もだ」
考え込んでいる私に、グルドが竜を指した。
シムが頷き、よろよろと立ち上がる。
「爪と、鱗も取っておくといい。急ごう」
「シム!オレとリンでやるから、ムリに動くな」
「大丈夫だ、見事に炭化したおかげで、血も出ん」
「いや、そういう問題じゃねぇ」
ギルが必死で止めるが、シムは青い顔のまま竜の死骸へ向かった。
私はグルドやザグを振り返る。
ザグが苦笑を浮かべながら、行くように手を振った。
「その火竜のおかげで、数日は他の魔物は来ないわ。かといって、いずれは血の匂いを嗅ぎつけて魔物がやってくる。火竜の素材は超高級品よぉ。せめて、これだけボロボロになった分の元は取らせてもらわないと」
「………わかった」
―――ということでシムの指示の下、素材を手際よく集める。
竜の心臓は、拳大の真っ赤な魔石だった。
「石……?」
「魔法を使える魔物の心臓は、死んだら魔石になる。竜の魔石は貴族どもが目の色変えて、欲しがる品だな。ニアムでは売らん方がいいだろう」
「これで、シムの腕が生えるようにはならないのか?」
「……失った手足を再生させるほどの魔法はない」
そうか。
魔法の世界なのに、夢がないな。
さて、竜の頭は半分ほど潰れていたが、有り難いことに角と目玉(左)は取れた。頭を下にして墜落したので、自重にやられて首の骨が折れて死んだ……ぽい感じだ。
牙や爪も取る。
鱗は剥がすのに手間取ったが、まあまあの枚数を集めた。
「これくらいで止めておくか」
やがて、シムが額の汗を拭いながらストップをかけた。私とギルは頷いて、荷物をまとめる。
それらを担いでグルド達の下へ戻ると、応急手当は済んでいた。グルドの右足は切断され、残った左足は添え木が固定されている。ザグの左足にも添え木があった。
「アタシとアラックは、まあ、なんとか動けるから。少し向こうの岩陰に、アラックが野営の準備をしてるわよ」
「じゃあ、私がグルドを運ぼう」
「リン。俺はこのまま放っておいてくれて構わない」
「ザグを運べと言われたら流石に厳しいけど、グルドならいけるよ」
この2年で、まあまあ背も伸びた。小柄なグルドなら持ち上げられるだろう。
「………あーあ。リンに抱きかかえられて運ばれるようじゃ、俺の人生もお終いだなぁ」
「いい娘を持ったと感謝しろ、ジジィ」
「おいおい、年寄りはもっと敬えよ」
くだらない軽口をお互いに叩きつつ、私はグルドを岩陰まで運んだ。
時々、顔は歪むが苦痛の声は漏らさない。相当の痛みがあるはずなのに、表向きは平然とした顔を装っている。
ザグやアラックの顔色も最悪だ。恐らく、痛み止めを飲んでいるのだろうが……抑え切れるものでもないだろう。
野営場所の周囲に、念のため臭いを消す特殊な香を置く。
そして、そっとギルを呼んだ。
「……助けを呼びに行くんだな?」
「ああ。ギル、4人を頼む」
「ま、がんばってみる。お前も気をつけろよ」
幸い、眉月刀は落下の際、折れずに済んだ。すでにギルに返している。私の双剣も1本は欠けたが、使えない訳ではない。
色々と厳しいが、絶望的な状況ではない。
携帯食を急いで食べ、水を流し込む。
さて、行くか。
真っ直ぐにニアムへは向かわず、少し東の方へ走る。日が暮れそうな頃に岩山に辿り着いた。
息を整えていると、岩狼の群れがのっそりと現れる。
私に付いている血の匂いのせいだろうが、探す手間が省けて助かった。
グルルルル……。
低い威嚇の唸り声に、私はつい笑みを浮かべた。
「前世では、大きな犬を飼ってみたかったんだ。その夢、叶えさせてもらおう」
―――10分ほど後。
一番大きなリーダーらしき岩狼に跨って、私は四苦八苦していた。周辺には他の岩狼が転がっている。今回は素材を取る目的ではないので、殺さず戦意喪失させる程度の攻撃に止めている。
「ウォォォーーーーンッ!」
「だから、言うことを聞けって!」
ガツン!
振り落とそうと岩場を飛び跳ね、遠吠えを繰り返す岩狼の眉間に拳骨を落とす。
「ギャウン!」
ちょっと力が入り過ぎてしまったらしい。岩狼の足取りがフラフラになった。
やがて、項垂れてべったりと地面に伏せる。……そろそろ降参する気になっただろうか?
「よしよし。じゃ、ニアムまで走ってくれるか?あとでちゃんと、いい肉を喰わせてやるから。ほら!」
脇を足で小突いたら、岩狼はキュウウンと情けない声で鳴きながら立ち上がった。
もう一度、小突く。
岩狼は一声吠えて―――勢いよく走り始めた。
……反対方向だ。
「違う、そっちじゃ……無い!」
ぐいっと岩狼の首を行きたい方角へ無理矢理に向けて―――ようやく私はニアムへと向かった。




