空中戦(?)
両手の強化を上げても、しがみついているのが厳しい。風圧がすごい。
(こんな状態で、次はどう攻撃したらいいんだ……)
必死に頭を働かせながら、下を見て仰天した。ギルが……宙を舞っている。いや、正確には、竜の脚に鞭を巻き付けぶら下がっている。
「馬鹿か!」
思わず、声が出た。
強化のできないギルが、このままぶら下がり続けるのは無理だ。
咄嗟に双剣の1つを竜の頭にぶっ刺した。角から手を離し、刺した剣を支えに風圧を利用して胴体まで一気に移動する。上手く風に乗れた。首を薄皮1枚程度、一直線に切り裂きながら胴体まで辿り着く。竜は、その程度の傷はものともしてないらしい。……いや、咆哮が上がり、急降下した。攻撃の意図はなかったが、多少は効いたようだ。
だが、慌てて後ろを向く。
目を固く瞑ったギルが尻尾の横辺りではためいているのが見えた。鞭を……手に巻きつけているのか?
良かった。とりあえず、落ちていないなら重畳。
そして、この距離ならば。
背の隆起の関係か、胴の上は意外と風が強くない。それでも剣を少し深く刺してしっかり握り、腰の鞭を取り出す。ギルが使っている鞭より半分ほどの長さだが、充分だ。
竜の背に沿って低く滑るように鞭を繰り出し……ギルの胴体に巻き付かせる。よし。
今度は鞭の持ち手を口で咥え、開いた手で投擲ナイフをギルの手元へ投げた。
ギルと竜を繋いでいた鞭が切れ―――ガッと顎に強い衝撃が走った。
「ぐ……ぎ、ぎ………っ」
うおお、顎を強化していても、重いっ!
そしてこんなときだが、端から見たら間抜けな構図すぎて笑いそうになる。竜の背に剣でしがみつきながら、何をしているんだ、私は。
……その後、どうにかこうにかギルを私の元まで手繰り寄せた。
ギルは気を失っていた。
ま、風圧やらGやらを考えたら、当然かも知れない。でも死んではいない。腹を殴って起こす。
「げほっ……い、いてぇ……」
「のん気に寝てるな」
「リン……ここは……え?竜の背中?」
目を丸くしながら周囲の状況を把握し、ギルはすぐにきちんと起き上がった。一応、命綱代わりに私の鞭は彼の腹に巻いたままだ。そして鞭は、突き刺した剣と結んでいる。
「ときどき振り落とそうと一回転するから気を付けろ」
「ん。……なあ。これ、どうやって殺ればいいんだ?」
「分からん。これだけデカいやつは、やっぱり魔法を使えないと厳しいのかな」
次の攻撃の手に悩む。さっき、口の中に突撃をかけてみた方が良かったかな。……いや、火を吹かれたら即死か。
首を切り落とすには双剣ではどう考えても無理だし。
この大きさの差は、如何ともしがたい。
そのとき、突然ぐっと全身が竜の背中に押し付けられた。急旋回をしたのだ。
「うえ……」
「吐くなよ?」
べったりと背中に貼り付く格好になったギルへ言い放ち、ふと、私は目についた眉月刀をギルの腰から抜いた。考えても仕方がない。とにかく、出来ることをするだけだ。羽をたくさん切りつけてやれば、飛べなくなって落ちるだろう。
ギルと双剣を繋ぐ鞭に左足を絡めて足場を固定し、私は勢いよく右の翼の根元に眉月刀を振り落とした。
……あっけなく、翼がモゲた。
「ぎゃあああああああああっ!!!」
「うるっさいっっ!」
竜が錐もみ落下する。
目が回りそうになる中、必死でもう一つの双剣を抜き、竜に突き刺す。それを握り締め、眉月刀を口に咥えて空いた手で鞭の絡んだ双剣の方を引き抜いた。緩んだ一瞬の隙に左足を抜く。
急いで、再び双剣を刺そうとしたが……グン!と引っ張られる。当然だ、この双剣はまだギルが繋がっている。
腕の強化をさらに上げながら、引っ張られる双剣とギルを引き寄せようとして―――突然、支えにしていた双剣が竜の体からすっぽ抜けた。
「あ」
あっけなく、私の体は空中へ放り出された。
(あ~~…ギル、死ぬな。すまん)
私は悪運が強い方だろうと思う。
だけど、もしかするとギルはそれ以上に悪運が強いのかも知れない。
無茶苦茶に空を飛び回っていたはずの竜は、偶然にも最初に飛び立った地点近くまで戻っていた。すなわち、グルド達の近くだ。
落下する竜と、それに続いて落ちてくる私とギルを確認し……満身創痍のシムとアラックが残っていた魔力全部を振り絞って風と水のクッションを作ってくれた。
おかげで、ずぶ濡れになったものの私とギルは怪我一つなく生還だ。そして竜は、頭から落ちたせいか、死んでいた。
「アンタ達、おかしいわよ……」
ザグの溜息混じりの言葉に思わず笑ってしまったが、仕方のないことだろう。
―――ただ、生還はしたものの、状況は良くなかった。
シムは左腕を失い、グルドは足がぐちゃぐちゃになっていた。
ザグとアラックもあちこちを骨折して、ほとんど動けないようだ。
「私が考えなしに竜の目をえぐったせいだな……」
「違うわ、リンちゃん。リンちゃんがいなかったら、全員、死んで終わりだったのよ」
「そうだ。……魔法も使えないこんなチビがでかい火竜を倒すなんて、前代未聞だ。いつものようにエラそうに胸を張っておけ」
苦しそうに顔をしかめつつ、グルドが笑う。
……魔法か。
確かに、魔法が使えたらもうちょっと違う結果が出せたかも知れない。
それとも、最初から眉月刀を借りて、首を落としに行けば良かったのだろうか。高い位置にあるあの太い首を落とせたかどうかは……分からないけれど。
ま、今さら“たられば”を言っても意味のないことだな。かなり経験を積んだと思っていても、初めて遭遇する巨大な魔物に即座な対応を取れない私は、まだまだ未熟なのだ。そもそもグルドが庇ってくれなければ、私は竜に気付くこともなく丸焦げで死んでいた。
大爪灰色熊に負けたときよりも、濃い敗北感を感じる。
だが、少なくとも全員生きている。
まずは、ニアムへ戻らなければ。
まだまだカッコよく敵を倒せないリンちゃん。ま、相手が大き過ぎましたね。
ちなみにプロットを立てた段階では、ここでグルドかアラックが死ぬ予定だったんですが、強いてそんな展開にしなくていいか…と変更しました。ギルも助かってますしね……。




