巨大な敵との遭遇
新展開に入ります。
そういえば今まで冒頭に注意書きを書くのを忘れてましたが(すみません)、この回と次の回は戦闘シーンが入ります。暴力的描写の苦手な方はご注意ください……。
久々に長期の狩りに出たが、今回、収穫は少なかった。
「魔物の姿が少ないわね。狩人が増えてきたとはいえ、こっち方面に来る人はあまりいないのにどうしてかしら」
ザグが野営の後片付けをしながら、首を捻る。その後ろにはガラム山がそびえ立ち、ところどころ、黒い煙が上がっている。
アラックがニヤニヤして私の頭をぐりぐりした。
「リンのウワサが魔物にも広がってるんじゃないかぁ?魔王の娘がいるって」
「じゃあ、挨拶しに来て欲しいな」
「おっ。リンの前にずらっと魔物がひざまずいてる図が思い浮かぶぜ」
「アラック、オレらもその中で一緒に頭を下げさせられてんじゃね?」
「なにぃ?!オレ達もリンの手下なのか?!」
……近頃、アラックとギルがいいコンビになってるよなぁ。
そのとき、荷物を担いだグルドが左の方を見て声を上げた。
「シム!何かあったか!」
ほとんど音も気配もさせないシムだが、グルドはわりとすぐに気付く。
「……どうも何かおかしい。早くここを離れた方がいいかも知れない」
「そうか。よし、せっかくガラム山まで来たが、今回はおとなしく帰るか」
「えっ、ろくなモン獲れてないぞ、グルド」
「いいから行くぞ、アラック」
私とギルは顔を見合わせた。
経験の浅い私達には、おかしいところはさっぱり分からない。
天気も良いし、不気味な闇狼の遠吠えや大灰鴉の不快な鳴き声も聞こえず、静かな朝だ。
それでも大人しく自分の荷物を持ち上げ背負おうとすると―――突然、グルドに手を引っ張られた。
「なに……」
ゴォウゥゥッ―――!!!
一瞬の後、凄まじい炎が視界を埋めた。ジュッ!と指先が焼ける。
っ?!
グルドに抱えられ、地面に伏せながら私は目を見張った。恐ろしいほど熱気で全身がチリチリする。
何が……起こった?
「シムッ!!!」
ギルの悲愴な絶叫が辺りに響いた。
はっとそちらを見やる。ギルは私のすぐそばにいたはずだ。
少し離れたところに、倒れているシムの背中が見えた。その下からギルが這い出して、シムに縋り付いている。
グルドが私を抱えたまま立ち上がった。
「ザグ!リンとギルを連れてすぐ逃げろ!アラック、ザグの補助をするんだ!」
視線が高くなったおかげで、シムの左手が真っ黒に炭化しているのが見えた。
その事実を消化する間もなく私は乱暴にザグの方へ放り投げられる。ザグは片手で私を受けて、脇に抱えた。
「ギル、来い!アラック、行くぞ!!」
初めて聞くオネェ言葉ではないザグの怒号。
アラックが叫んでいるギルの腕を引っ張りながら、こちらに駆け寄ってきた。
ふっ。
そのとき突然、黒い影が差した。
酷い揺れに耐えながら、遠ざかるグルドの背中を見つめる。
その前に空から大きな何かが舞い降りる。―――竜だ。
全長は……30mはあるだろうか。前にグルド達が倒した土竜は全長10mほどだと聞いた。それよりも遥かに大きい。
私は必死でザグの太い腕を叩いた。
「ザグ!駄目だ、戻ろう、グルド1人では無理だ!」
「腕のいい狩人は、生き残る狩人だ。魔物と、自分の腕の差を見極められんでどうする!」
ああ……グルドが囮となって、私達を逃がすつもりなのか。
アラックが足を止めた。
「アラック!」
「すまん、ザグ。オレにとって、グルドは恩人だ。オレじゃ役に立たないが戻る!」
「クソッ!」
踵を返したアラックに、ザグも足を止めて腕の中の私と、後ろで真っ青な顔をしているギルを見比べる。
「ザグ!私とギルは、あんた達に拾ってもらわなければ死んでいた身だ。恩を返さないまま逃げたくない」
「…………っ」
「ぜ、全員で力あわせて……そ、そんで、逃げよう!」
ギルも拳を握り締めて言う。
ザグはほんの僅か逡巡し―――
「ムリだと思ったら、自分一人だけでも助かるつもりで逃げるのよ?」
少しだけ気弱な笑みを浮かべて私を下した。
ザグは、誰よりも優しい男だ。グルドとシムを残して逃げることは辛かっただろう。それでも、私とギルを逃がすためにすべてを飲み込んで走ってくれたのだ。
私はにやっと笑ってみせた。
「これで私とギルも、2級狩人を名乗れるな。それと、夕食は竜の肉だ!」
「そうそう!今夜は竜の肉パーティーだ!」
「ふふ、竜の肉は美味しくないわよぉ」
馬鹿な軽口を叩き合って。
私達は一斉に再び竜の元へ走った―――。
アラックがすごいスピードでジグザグに走りながら、立て続けに矢を射っている。その足元で、グルドが大剣を振り回しているのが見えた。
岩陰でうずくまっていたシムが私達に気付いて、戻れというように腕を振る。
私は走りながら、隣の大男を見上げた。
「ザグ。両手を前で組んで足場を作ってくれ。竜の背中まで飛ぶ。ギルは、竜の意識を逸らしてくれ」
ザグは固く唇を結んで、ギルはぎこちなく笑って、頷いた。
竜まで、あと少し。
ザグが両手を組み、少し屈む。私は軽く助走をつけてザグを踏み台にし、高く宙へと飛び上がった。同時に、ギルが臭い煙の出る玉を竜の顔目掛けて放り投げる。
玉が炸裂し、竜が首を振って咆哮する。―――口から炎が吹き出た。
一瞬、直撃を受けるかとヒヤリとしたが、ギリギリで逸れ、私は背中に飛び乗る。
(背中を切ったところで、大したダメージにもならないな)
ゴツゴツとした大きな背中。硬そうだ。両翼を切り落とすのも難しいだろう。
となれば。
勢いよく首を駆け上がる。
振り落とされる前に、頭まで辿り着いた。
グォォォッ―――――ッ!
大地が揺れるほどの咆哮に聴覚の意識を切って凌ぎ、右眼を切り裂いた。
再び、咆哮。炎。頭も思いっきり振られる。
私は角にしがみついて耐えた。
ぶわっと風が起こり……次の瞬間には、竜は空へと飛び立っていた。
 




