変化してゆくニアムの街
「……ちょっと狩りへ行ってる間に、どぉしてリンちゃんとギルちゃんがブロイの養子になってるのよ?」
理解できないといった様子でザグがグルドを顔を見合わせる。
「ん~、剣の改良をしたら、その製法を買い取らせてくれと言われて、その流れで養子になった」
「省略しすぎでしょ、それ」
分かりやすく簡潔にまとめてみたのに。
グルドが苦笑する。
「まあ、ブロイに認められたんなら、大したものだ。……ただ、イーロン商会の方は何やらゴタゴタしていたようだな」
「そうそう、それ。ビックリよね~、ブンが長年、裏で帳簿を誤魔化したり横流ししていたなんて。リンちゃん、最初っからブンは信用できないみたいなこと言ってたけど、その通りだったわね」
私は黙って肩をすくめる。
信用できないどころか、刺客を送ってくるような奴だ。でも今さら、その件を明かす必要もないだろう。
―――ちなみに今回の市民権取得で知ったことだが、アラックはニアム出身らしい。内市に実家があるとか。
グルドとザグは別の国の生まれだ。だが、グルドはニアムで針子をしていた女性と結婚し、成人間際の子供2人がいるということだった。奥さんは10年ほど前に亡くなり、今は奥さんの両親が子供達の面倒を見ているとのこと。
シムは暗殺業をしていたという過去から予想できる通り、流民だ。
「俺はこれが身軽で楽だけどな」
と、ニヤリとしながら言われた。
さて、携帯食レシピと剣の造り込製法に関する魔法誓約も行ったので、私とギルは大金を手にした(もちろん、私の方が多く貰っている)。
世話になっているグルド達にいくらか手渡そうとしたら、「不要だ」と断られた。
「お前たちが加わって以降、稼ぎが良くなったから気にしなくていい。俺たちは別に大金持ちになりたいワケじゃないしな。まあ、どうしてもと言うなら一度、飯を奢ってくれ」
本当に人がいいな、グルド達は。
……ただ、夕飯を奢ったときは4人で食堂の酒を全部飲み干すのではないかと思うほど大量に飲まれて驚愕した。ウワバミなんてものじゃない。底なし沼だ。一体、どんな胃袋をしているんだ?!
ガフ渾身の双剣は、私と相性ぴったりだった。
私一人で大爪灰色熊とも再戦したが、一発で首を落とせた。非常に気持ちがいい。
なんとか骨折から復活したギルはそれを悔しがり、自分も双剣を使う!と言い出したのだが……残念ながら重さに振り回され上手く扱うことは出来なかった。ふふん、武器を扱うなら自分の方が上だというギルの自負も折って、私の気分は上々だ。
ただ、ポッキリ折ったままでは後味が悪いので、ギル用の武器も考えてやることにした。
というより、ガフが「他にも、いい武器のアイディアを持っているんだろ?!」と迫ってくるので、やむを得ずという部分もある。
作ってもらったのは―――日本刀である。柔らかい魔鉄を硬い魔鉄で包んで作る。
この世界の長剣は、一般的に両刃の直刀だ。反りの入った片刃の長剣はない。ので、ちょうど良い反りが分からず、これを作るのもまあまあ時間は掛かった。
とはいえ、今までと違う新しい武器が作れるらしいという噂がドワーフの間で広まっており、ガフの工房には弟子入りを求めるドワーフが続々と集まっている。おかげで外市の外に新しく大きな鍛冶場を作る計画も進んでいるくらいだ。全員、製法を口外しない、他の工房へ移っても新製法では作らないという厳しい誓約も喜んで受けている。ドワーフはよほど武器作りが楽しいらしい。
そんな訳で、私は手伝わずに横から口を出すだけである。作らないのなら、好きなだけ注文をつけられるので気楽なものだ。そして鍛冶師が増えたので、試作も一気に複数作って時間効率が非常に良い。
さて、今日はその日本刀の試し切りの日である。
丸太に藁を巻いたものを用意してもらった。一度、居合切りをやってみたかったのだ(ちなみに日本刀に合わせた鞘を作るのも大変だった)。
「そんな細い刀じゃ、こんな太いのを切れるワケないだろう」
心配そうにガフの弟子その1が言う。
「というより、なんだあの構え」
弟子その2が首を傾げる。
ま、見てのお楽しみ。……でもギャラリーが予想以上に多いので、ここは格好良く決めたい。
柄に手をかけ、腰を低く落とし、ゆっくりと息を吐く。手に神経を集中させ、刀を一気に引き抜いた。その勢いのままに丸太を一閃する。振ったときに最適な刃の角度はこっそり何度も練習したので、完璧なはず……!
シュッ!
あっけないほど簡単に、丸太は切断された。
「う……うおおおおおおっっ!!!」
背後で野太いドワーフ達の雄叫びが上がる。
うーん、予想以上の切れ味に私だってビックリだ。ガフが落ちた丸太の断面を見ながら、感心する。
「これは……見事なまでに切ることに特化した刀だな」
「ここまで良い切れ味とは思わなかったよ。……この製法で私用にもっと短い刀やナイフを数本作ってもらえると助かるんだけど」
「お安い御用だ。すぐに取り掛かるよ」
ギルが日本刀――ニアムでは眉月刀と呼ばれるようになった――を使うようになって1か月。
最近は、私とギルの2人だけで戦うことも増えてきた。狩人を始めて恐らく1年2か月ほど。悪くない習熟速度だと思う。“私”としての意識を持ったときは特に特殊能力もなく、栄養不足で今にも死にそうなほどヒョロヒョロの女児だった。それが2年足らずでここまで成長できるとはね。
ブロイの奥方やお子さんとも顔を合わせ、たまに夕食をご馳走にもなることも増えた。そのついでに、ブロイから西側諸国のことを色々と教えてもらっている。とある国で文官をしていただけに、バルードに比べると知識量が多いので学び甲斐がある。書斎には面白い本もたくさん並んでおり、借りて読むのも楽しみだ。
ガフの工房は移転し、大きくなった。
ニアム産の武器の評判も広がり始めたので、紛い物と区別がつくよう、ニアム産の武器には特殊な刻印を付けておくようアドバイスする。
……ニアムで技術独占せずに、製法を広めて安価な武器が作られるようになると良いとブロイには言ったが、造り込みは手間と時間が掛かるうえに、繊細な技術が必要だ。ガフのような信頼できる真面目な職人の元でのみ作られるようになったのは良かったかも知れない。
さらにこの頃はニアムに滞在する狩人も増えてきたので、ブロイに新しい宿の形態も提案した。
ニアムはそもそも宿がそんなに多くない。とはいえ、すぐに宿の経営者を増やすのも大変だ。だから、一部屋に複数のベッドと鍵の掛かる荷物入れを並べ、自炊をするために共用キッチン、洗濯場を備えた簡易宿所……前世でバックパッカーが利用していたようなゲストハウス形式を提案した。狩人を始めたばかりで金のない人間でも長期滞在しやすい。
こうしてニアムは、急速に大きな狩人の街へと変化し始めていた―――。




