いろいろと、開発や改良など
侍女に案内されてアインベルガー家の応接室に入って来たエルナは、緊張しているのか硬い表情だった。
だが、私の存在に気付くとホッとしたらしい。私に向かって頷いたあと、柔らかな笑顔を浮かべてハイノルトとリーゼッテの前に跪く。そして、スッと美しい礼をした。
以前、一緒にマナー講義を受けていた頃とは比べものにならない。中街区で店をするようになって、動きがますます洗練されてきたようである。
下手をすると、ときどき挙動不審になるリーゼッテより、貴族らしい雰囲気を放っているのではないだろうか。
ハイノルトは感心したように頷いて、エルナと挨拶を交わした―――。
エルナとハイノルトが軽く話をしたあとは、リーゼッテ、エルナ、眼鏡屋のイエルと共に新商会の店の商品配置などの相談だ。
そしてそれが済むと、私はさっそく、新しい商品の作成をエルナに依頼した。
「この……眼鏡を入れる入れ物ですって?」
「そう。前にバッグを作っただろう?あのバッグの要領で、眼鏡に合うサイズのものを作って欲しい。眼鏡を使わないとき、鞄の中に入れて持ち運びたいんだ」
「ふうん……」
エルナは眼鏡を取り上げて、形状を確認する。イエルが横から口を挟んだ。
「片眼鏡を仕舞う木の箱を改良していたのですが、どうせなら、もっとお洒落なものをとリンさんが言い出しまして」
「ええ、そうですね。……まあ、木箱の上から布を貼ることも出来るんですけど。当店のバッグの要領で作る方が軽くて良いと思います。……この眼鏡をお借りしてもいいですか」
「どうぞ!」
イエルはホッとしたように頷いた。
―――実はオーディスの眼鏡を作り始めたときに、他の視力の良くない生徒からの眼鏡の受注も行った。学園で、リーゼッテとオーディスだけが眼鏡をしていると、まるで特別な関係のように見えるからである。
すると生徒だけでなく、教師からも依頼が舞い込み、今、イエルは眼鏡作りに追われる日々となっていた。
おかげで、以前は眼鏡ケースも自分のところで用意していたそうだが、そんな余裕がなくなったという。エルナが作ってくれるなら、彼としても有り難いのである。
エルナは眼鏡を元々入っていた箱へ大事に仕舞いながら、私に向かってにやっと笑った。
「眼鏡を守るため、内側には綿を少し詰めてクッションを作った方がいいわね。……ねえ?眼鏡ケースと同じ布で、バッグも作りませんかっていう売り方をしてもいいかしら?」
「うん、いいと思うよ。……店にお揃いで作ったバッグと眼鏡ケースのセットを見本で置いておいて、好みの生地を選べます、としておくといいかな」
「そうね。……ふふ、若い学生向けに、華やかな布を仕入れてこなくちゃ!」
エルナは、すっかりやる気満々だ。
まったくもって、頼もしい。
その日の夜は、いろいろと持って帰ってきた資料を整理しつつ、新たな付与魔法の研究に取り掛かった。
とうとう隠蔽の魔法を付与したコンタクトレンズが完成したので、それにさらなるを改良を試みている最中なのだ。
リーゼッテが私の横で魔石を手の上で転がしつつ、呟く。
「オーディスが、こ、このコンタクトの存在を知ったら、眼鏡よりそっちがいい!って絶対言うでしょうねー」
「そりゃ、言うだろな」
「はあ……。すっごい発明なのに……世の中に公表できないのは勿体ない~」
何を言うやら。
コンタクトレンズは、そもそも私の瞳の印を隠すために作ったものだから、世に知られる訳にはいかない。そのうえ、現状、作れるのが私一人なのである。一層、知られる訳にはいかなかった。
何故なら、魔法が使えないはずの私が、魔法でこんなものを作っているからである。
「それにしても。な、何度くらいなんでしょう?社長の作る炎」
「鉄がすぐドロドロに溶けたから、最低でも1500度はあるかな」
「ふぇ~。わ、私も火の魔法は使えるけど、鉄は赤くなるくらいで、溶けたりしないですもんね。社長の炎とは、だ、だいぶ、温度が違うんでしょうね……」
リーゼッテが目を丸くしながら感心した。
さて、私がコンタクトレンズに魔法を付与するために使った方法だが……いわゆるメッキである。
元々の方法のやり方を少し変えただけだ。
つまり、魔石を水に溶かすのではなく、魔石単体をドロドロに溶かして、それに目玉片を浸けたのである。
この方法だと、固着力が断然に強くなった。それに目玉片を触ったとき、ザラッとした感触もない。擦り潰したものでは、やはり粒感が残ってしまうものらしい。
ただ、魔石をドロドロに溶かすのは、かなり高難度である。低い温度では、まったく溶けないのだ。悪魔の炎の力があるからこそ、魔石を溶かせたのだと思う。
それと、浸けるのが魔物の目玉というのも良かったようだ。
相当な高温なのに、目玉は溶ける様子がなかった。これがもしガラスで作ったものだったら、溶けてしまったのではないだろうか。
「私……メッキって、で、電気が必要と思ってました。溶かしたのに浸けるだけで、メッキって言うんですね」
私がせっせと魔法陣を描く横で、リーゼッテが無知なことを言い出した。私は苦笑する。
「メッキの技術は、前世でも紀元前から行われていたよ。この世界でも、使われているんじゃないか?」
「そうなんですか?!」
「メソポタミアだったか……金属の腐食を防ぐために錫メッキを行っていた。溶かした錫を鉄器に塗るという溶融メッキだ。今、私が魔石でやっているのと同じやり方だな。そこから時代が下ると、アマルガム法という手法が生まれる」
「あまるがむ……?」
リーゼッテが首を傾げる。
私は手を止めて、リーゼッテを見た。
「奈良の大仏のメッキ法がそれだったはずだ」
「ええー!そ、そんなハイカラな名前なのに、奈良時代の日本でも?!」
おいおい、ハイカラって……いつの時代の人間だ、リーゼッテは。
前世で私よりかなり年下だったはずなのに、ときどき、妙に古い表現をする。
「ち、ちなみに、そのアマルガム法って、どーゆー方法なんですか?」
「水銀と金の混合液……まあ、これをアマルガムと呼ぶんだが、それをメッキしたい対象物に塗って、水銀だけ蒸発させ、金を固着させる方法だな」
「へえ~。……って、水銀?!あ、危ないですよね?!」
「うん。だから産業界では電気メッキが主流になったんだよ」
「ほへー……」
間抜けな返事をしてから、リーゼッテは目を輝かせた。
「さすが社長です!ま、まさか、メッキのことも詳しいなんて!」
詳しいといっても、ちょっと歴史を知っている程度である。大したことではない。
私は肩をすくめた。
「スマホアプリの会社から始めたせいか……最初の頃は電子機器関係の会社と関わることが多かった。で、電子機器の半導体なんかは、メッキが使われているだろ?その関係でメッキのことを調べたんだ。―――秘書子はすぐ化粧品のことを言うが、うちはそれ以外の事業もたくさんある。幅広い知識を持っておかないと、困ることも多いんだよ」
「は、はい……先輩に、うちは多角経営なんだから、ぜ、全部の事業にもっと興味持ちなさいって言われたことあります……」
ふうん、注意されたことがあったのか……。
もっとも秘書子は、資料作成やスケジュール管理が上手かったから、私としてはその能力で充分だったが。
「ま、今世は秘書子が商会経営者だ。何が商売に繋がるか分からない。これからは、なんにでも興味を持って調べるのも良いと思うよ。強制はしないけれど」
「うう、そうですね。前世の社長に憧れてたので……が、がんばります……」
うん、そういう前向きな姿勢を取るようになった辺り、だいぶ変わってきたよな。
がんばれ、秘書子!
どうでもいい豆知識:
・鉄が赤くなる温度は600度~1000度、溶ける(融点)のは1538度
・メッキは、日本語(今回、初めて知りました…)
元々は「金を塗る」→「塗金」と呼んでいたが、アマルガム法で金が水銀に溶けて見えなくなるため、「滅金」と呼ぶように。で、この「めっきん」が変化して「めっき」となり、後に「鍍金」という漢字が当てられるようになったらしいです。




