アインベルガー家の屋敷にて
今週、少し文章量少なめです、ごめんなさい…
年次が変わるので、しばらくの間、学園は休みである。
ということで、アインベルガー領から帝都のアインベルガー家に帰る。
迎えてくれた屋敷の使用人たちは、一様に笑顔だ。
「お帰りなさいませ、リーゼッテさま」
「学園が休みに入った途端、馬車での長旅はお疲れでしょう」
次々と話しかけられ、リーゼッテは嬉しそうに微笑んだ。
「た、ただいま戻りました。大叔父さまは?」
「お嬢さまのお帰りを今か今かとお待ちしていますよ。でもその前に、まずは旅装を解きましょうか」
リーゼッテの世話は、世話を焼きたい屋敷の侍女たちに任せる方が良さそうだ。私は、その間に荷物を運び入れておくか。
休みの間、リーゼッテと商品開発をしようと資料をいろいろと持って帰ってきたのだ。ついでに、アインベルガー領の薬草畑からもいくつか薬草を貰っている。
馬車の荷物をおろしていたら、アインベルガー家の護衛であるヴィンケルが手伝いを申し出てくれた。
「たまに帰っているのを見かけてはいたが……ちゃんと顔を合わせるのは久しぶりだな。元気そうだ。……お、だいぶ、背が伸びたじゃないか!細っこいのは変わらんが」
「学年の女子のなかでは、一番なんだ」
「へえ!でもお前、あまり縦ばかり大きくなると、男にしか見えなくなるぞ」
分かっている。
私も別に男になりたい訳ではない。
だからバストアップ運動も頑張っているのだが……驚くほど育たないのだ。何もしないリーゼッテが、今やDカップになりかけているというのに!
前世で、貧乳女子の嘆きをあまり真剣に聞いていなかったが、努力しても報われないのは、確かに辛いもんだな……。
反対にリーゼッテは胸が大きくなったせいで、邪魔だ、重いとときどきボヤいている。
前世の秘書子はBカップだったらしく、「大きい胸に憧れていたんですけど……お、大きいからって普段の生活で得すること、別に何もないですね……適度な大きさか一番いいです」とのことだ。
そうだよなぁ。使えるとすれば、男を釣るくらいだろうか?
荷物を運び入れ、ヴィンケルと別れたあと、食堂に寄る。夕食の材料を倉庫から出して、厨房へ運ぶのだ。
次は庭師のところへ。
そこでは、肥料や土を運んだ。アインベルガー家へ帰ったときの私のルーティンである。
どちらも手伝わなくても良いと言われるのだが、アインベルガー家の現状を教えてもらうために欠かさないようにしていた。
というか、庭師たちは手伝わなくていいと言いつつ、私が帰るタイミングで大量の肥料や土を購入している気がする……。庭師は年寄りが多いから、手伝うのは吝かではないのだけれども。
なお厨房スタッフからも、庭師からも、屋敷の雰囲気が変わったという話をいろいろ聞かされた。
領に薬草畑や工場を作り、新商会も設立する。そのため、人手が必要となって新しい使用人が増えた影響も多そうだ。ただ、新人教育は大変だとアルトマンや侍女頭はボヤいている。
また、ハイノルトがすっかり元気になり、精力的に仕事をしていることも、使用人たちには嬉しいらしい。
「というか、まさかハイノルト様が歌劇を観に行くようになるとはねぇ」
「それを言ったら、ベラルダさまもだよ!しかも、リーゼッテさまと一緒に商会まで始めるんだから!」
きっとリンはクレメンシエルさまの御使いねぇ……なんて言われた。
笑えない冗談だ。私は、その対極の存在と契約しているというのに。
食事が始まってしばらくして、ハイノルトが私たちを見た。
「ところで、お前たちの明日の予定は?」
「あ、明日は……人と会う予定があります」
「そうか……予定があるのか……」
なんだか残念そうな口ぶりである。
リーゼッテはナイフとフォークを置いた。
「何か、ご用事ですか?明後日なら、大叔父さまのために、あ、空けられますけど」
「うむ、いや……」
ハイノルトは悩むように顎を撫でる。
それを見て、明日の予定を変えた方が良いかと問う仕草でリーゼッテが私を見た。
しかし、私が何か言うより前にハイノルトが慌てて顎から手を外してそのまま振った。
「ああ、いや、大した用事ではないのだよ。……一度、外街区の店に行ってみたくてね。リン、君が以前にお世話になっていたというフロストラーゲンという店だ」
「フロストラーゲンに?」
意外な名を聞いて、私とリーゼッテは顔を見合わせた。
「ちょうど明日、フロストラーゲンのエルナさんと会う予定ですが」
「フロストラーゲンの?」
私の返事に、ハイノルトが驚く。私は頷いた。
「正確に言えば、エルナさんはフロストラーゲンではなく、今は中街区でシュパーツという店をやっております。そのシュパーツが、ボナクラッセの一角に店を移しますので」
ボナクラッセとは、ベラルダ夫人を商会長とした新商会の名称である。考案者はベラルダ夫人だ。
そしてエルナは、中街区で小さいながらも独立店舗を構えるようになっていたが、賃料の高さに困っていたそうだ。
で、ベラルダ夫人が新商会を立ち上げるという噂を聞きつけるなり、すぐに私に連絡してきた。今の店より狭い空間になっていいから、ボナクラッセの一角で商売をさせて欲しい、と。ベラルダ夫人なら、賃料を大幅な割引価格にしてくれるに違いないと踏んだらしい。さすが商売人、エルナ。
一方、ベラルダ夫人も以前からエルナのことは高く評価していたので、この提案には一も二もなく乗った。貴族で商売をしている女性はあまりいない。夫人としても、エルナの商売経験を参考にしたいのだろう。
「明日は彼女と、必要な什器の確認、および新しい商品について話し合う予定なのです」
「そ、それと、眼鏡屋のイエルさんも来られます」
リーゼッテが横から補足する。
ハイノルトは興味深そうに何度も頷いた。
「そうか。……商会の準備は順調そうだな」
「はい!……あ!お、大叔父さま。明日、エルナさんと顔合わせされませんか?」
「ふむ」
ハイノルトはほんの少し考え込んだものの、すぐに笑顔になった。
「ベラルダさまの商売に口を出すつもりはないが……関係者とは顔を合わせておく方が良いだろうな。では、明日の話し合いに顔を出させてもらうよ」
「はい!」
リーゼッテは嬉しそう大きく頷いた。
3万pt突破の御礼SS、活動報告へ上げます~。本編とは直接関係ありませんが、良かったらお読みください。




