学園長との話、そして次の予定は
話が終わったようなので、部屋を辞そうとして……ふと、聞きたかったことを思い出した。
せっかくだから、聞いても構わないだろう。
「そういえば、アリンダ妃が犯人だという証拠は、なんだったのですか」
「ああ、それは……」
おや?
教えてくれるのか。
秘密だと教えてくれない可能性の方が高いと考えていたんだが。
「日記です」
「日記?」
「本人しか開けず、中も本人しか読めない魔術が掛けられていました。ま、私にとっては、意味の無い防御魔法ですけれど」
やや自慢そうにファジルが言う。
他人の日記を盗み見することは決して褒められた行為ではないというのに。
「誰も中身は読めないと思っていたのでしょうね、鍵も掛けていない机の中に置いてあったようですよ。でも、あれだけ何重にも魔術を掛けた日記なんて、怪しいと言ってるようなもの。分かりやすくて助かりました。もっとも、使われていた魔法陣は古いものだったので、私でなければ解けなかった可能性は高いですけど!」
……えーと、ここは称賛した方がいいのだろうか?
魔法陣を勉強したとき、仕組みは前世のコンピュータープログラムに似ていると思った。ファジルは、たぶん、すご腕ハッカーといったところなんだろう。
とりあえず、「さすが学園長です」と言うと、仮面越しにジロリと睨まれた。
「台詞が棒読みですね」
「いえ、私はこれが通常です」
「どうだか!……まあ、いいでしょう。彼女の日記は、さほど詳しく書いている訳でもないし、私も隅々まで読んではいないのですけど……要は、自分のような美しい女は皇華妃に相応しい、いずれは皇太后となり、栄華を極めるのだと繰り返し書いていました。しかし運に恵まれない、だから悪魔と手を組んだ―――とも。どうやって悪魔と出会ったかは書いていませんでしたが」
なるほどねぇ……。
たまにいるよなぁ、自分は美人だから◯◯に相応しいと言う女。アリンダ妃は、そういうタイプだったのか。
見た目も武器の一つだから、活用するのは大いに結構だと思う。
だが、見た目しか誇るものがない場合、やがて行き詰まる。きっと、彼女はそこら辺を分かってなかったんだろうな。
大体、見た目なんて年と共に衰えるし……そもそも、万人に等しく評価されるものでもない。人にはそれぞれ好みがあるのだから、当然だ。
あと、外見は加工も出来る。
今のモブな私だって、化粧で大化けは可能だ。
というか。
人間は、出会ってわずか3秒ほどで相手の印象を判断するそうだが(0.1秒という説も聞いたことがある)―――最初の一瞬でどれだけ良い評価を得ても、その後の振る舞い次第で評価は下がるものなのだ。
見た目だけにこだわっても、意味がない。
皇妃は四人も子がいるが、アリンダ妃は子が一人。つまり、皇帝もあまりアリンダ妃に通わなかった可能性がある。
だからこそ……アリンダ妃のキーガンに対する期待度は高かったのかも知れない。
ファジルは軽く頭を振りながら、言葉を続けた。
「中が見えるようにした日記を突きつけたら、アリンダは諦めて全部話しました。そのうえで、他の皇華妃たちが自分を妬んでいる、白耀城では多く者が嫌がらせをしてくる、仕返しするのは当たり前のことだ、悪魔は勝手に手を貸してくれた、私は何も悪いことはしていないと、まあ……驚くほど自分勝手な屁理屈を並べて無実を主張していましたよ」
「そうですか……」
「君は子供なので、こういったことを聞かせるのはどうかと思いますが……アリンダは陛下に媚薬も盛ったようですしねぇ」
え?媚薬だって?
ファジルの説明によると、皇帝は揉め事を避けるために、皇妃に子が出来るまでは皇華妃との間に子を作らないと決めていたそうだ。
だが、いつまで経っても自分を抱こうとしない皇帝に業を煮やしたアリンダ妃が、勝手に皇帝の寝所に潜り込んで、事に及んだらしい。
「陛下も、アリンダ妃を哀れに思って、このことは不問にしていたようですけど」
んん~、それはどうだろう。
襲われたと言いたくなかったか、それとも意外と良い一夜だったのか。
まあ、どちらにせよ、一回で子を成したならアリンダ妃の執念勝ちだな。
「女は本当に怖い生き物ですね……。君も気を付けなさい」
ん???
それは、どういう意味だ?
その日の夕食時、食べている途中にリーゼッテが思い出したように手を叩いた。
「あ!そういえば、コ、コルネリアさんが明日の放課後は大丈夫だと言っていました。楽しみにしているそうです」
コルネリアに調整を依頼していたのは、オーディスの都合のことだ。
彼の眼鏡を作る件を、騎士科の大会終了後にする予定だったが、大会が延びたので先に済ませてしまうことにしたのだ。
「良かった。さっさと片付けてしまわないとな」
「ですね。……それと、コルネリアさんやオーディスは、や、やっぱり今回の件の詳しいことは知らないみたいで。ドライモーア公爵やアリンダ妃について、社長が何か関わっているのではと、い、いろいろ聞かれました。社長は学園長から何も教えてもらってない、こ、こちらが知りたいくらいだと返しておきましたけど」
良い返し方だ。
コルネリアは、私に聞いても無理だから、聞き出しやすそうなリーゼッテを狙ったのだろう。残念だったな。
私は思わずにこりとして「上出来だ」と頷く。
リーゼッテも満面の笑みになった。
「わ、私、前世で社長の秘書としてのメインの仕事は、スケジュール管理と書類の準備だったじゃないですか。それに誇りをもって、が、がんばっていましたけど、ホントはもっと、電話や来客の対応も出来るようになりたかったんです。い、今は私一人しか社長の秘書はいないので。そ、そのうちちゃんと、全部こなせるようになりますからね!」
うーん、今世で秘書は必要ないんだけどなぁ。
しかし、リーゼッテがそれを糧に対人恐怖症を乗り越えているなら、何も言うまい。
「と、ところで」
ふと調子を変えて、リーゼッテは向こうの机の上に並んでいる魔物の目玉を指した。
「社長が白耀城へ行くことは無さそうですけど、や、やっぱりコンタクトは完成させた方がいいと思うので。学園の禁書庫に入れないか、さ、探ってみます。古い魔術で、良いものが見つかるかも知れません」
「禁書庫?」
学園の図書館は何度も利用しているが、そんな区域があるとは初めて知った。
「そんな場所があるのか?」
「わ、分からないです。これは小説の中にちらっと書かれていたことなので……。小説のリーゼロッテが悪魔を喚び出すための知識を得るのが、が、学園の禁書庫なんです。で、でも、禁書庫ではないかも知れませんが、せ、先生方の研究や資料を収蔵した特別室があるのは確かです。し、司書の方が先生とそんな話をしていましたから」
「なるほど。……そんな資料室があるなら、ぜひ、見てみたいな」
通常の図書館は、一般的な魔術書ばかり。あまり高度な魔術の本は置いていない。
正直、物足りないくらいである。
「ちなみに、内街区にある国立図書館はどうなんだ?」
元々、帝国滞在を決めたのは、その図書館へ行くためだった。そちらに良い本はないのだろうか。
もうアスラとの契約解除法を調べるつもりはないのだが、そのうちいつか訪れてみたいと思っていた場所である。
すると、リーゼッテは眉を寄せた。
「ま、魔術関連の書は、学園の方が多いと思います。や、闇魔法の本もありますし。まあ、生徒が見れるのは初歩的な本だけですけれど、か、貸し出し手続きをすれば読めるんですよ」
そうなのか。それは知らなかった。
「国の図書館に闇魔法の本はないのか?」
「かなり昔に国教会が悪書排斥を唱えて……」
「まさか、焚書を……?」
「そうです。ぜ、全部、焼きました」
うわぁ!
それは最低だ。
過去の人たちが、多くの時間と労力をかけて積み上げてきた貴重な知識を……盲目な信仰ゆえに焼いて無にするとは!
「学園の本も焼こうとしたんですけど、あ、悪魔に対抗するためには、や、闇の知識も必要だと、当時、国教会対学園で大きな争いがあったみたいです」
学園、万歳。
よくぞ本を守った。
「では、禁書庫か特別室を探してみよう。でも、そう簡単には入れないだろうな……」
「せ、生徒には存在を隠している場所ですしね。辞める予定とはいえ、フレディス先生を巻き込むのも申し訳ないし……。あ!い、意外と学園長なら、協力してくれるのでは?」
良いことを思いついた!という顔で、リーゼッテが私を見る。
私は呆れて首を振った。
「あの得体の知れない人物を頼るのは、止めておいた方が良くないか?」
「な、なんとなく、学園長は社長を特別扱いしている気がしたので……社長が悪魔と契約していることもバレてないみたいですし。で、でも、どうして一般的でない魔術書を必要としているか、説明は出来ないですもんね……。そうですよね……」
残念と小さく呟き、リーゼッテは溜め息をついた。
どうやらリーゼッテは、学園長と深く関わっていないせいか、良い印象を持っているらしい。あんな仮面で顔を隠した怪しい人物を、よく信用出来るものだと思う。
「だいたい、私とアスラの契約のことも、本当にバレてないかどうかも分からないぞ?」
「うーん、そうですけど……き、気づいてて黙認する意味が分からないので……。あと、思うんですけど、ア、アスラさまの正体を見抜けるとしたら、アスラさまと同格か、かなり近い位階の悪魔か天族じゃないかと思うんです」
なるほど。それは……確かにそうかも知れない。
そうすると、現在の地上でアスラと同格の存在なんていないだろうから、印さえ隠しておけば見抜かれることはないということだ。
アスラにこの件を確認したいところだが、今夜はアスラは留守である。
夕食は要らぬと言い置いて、どこかへ出掛けていた。きっと、好みのスイーツではなかったからに違いない。
喚び戻すほどではないので、まあ、明日にでも聞いてみよう。
それにしても、猫の形代にしたせいか、それとも元々の性格なのか。
アスラは気紛れに出掛けて戻ってこないことがよくある。夕食不要を言わずに消えることだってしばしばだ。
形代を猫じゃなく、兎にしてみれば良かったかも知れないなぁ。もしかすると、もっと可愛い性格になっていたかも。
……いや、それは無いか。