久しぶりの普通の授業……?
今日は、侍女の授業でドレスの着付けと髪の結い方を習う。こういう普通の授業を受けるのは、かなり久しぶりな気がする。
―――キーガンの葬儀は一週間後、その翌日にはキーガンの死を悼んで騎士科の大会が開かれることとなった。
これが護衛者の武術大会だったら、そのまま中止も有り得たらしいが、騎士科の大会は学園の行事のなかでも花形。早急に開催するために、"第二皇子に捧げる"という体裁を取ったようだ。
「でもね」
私にドレスを着せながら、コルネリアが声をひそめる。
今日の授業では二人一組となって、互いにドレスを着せ、髪を結わねばならない。
「キーガン殿下、ぐちゃぐちゃだったらしいの。葬儀のとき、どうするのかしら。他の国の人も来るのに」
「ぐちゃぐちゃ?」
「そ。塔の下の岩場に落ちたから。顔も体も酷い状態だったみたい。キーガン殿下の美しい顔が見るも無残な有り様で、侍女の多くがショックを受けて仕事が出来なくなったって聞いたわ。……普通、葬儀のときは、死者に白い衣装を着せて周りも白い花で飾り、参列者が一人ずつ光の聖言を死者にかけていくんだけど。それ、どうするんだろ……」
「ふうん……」
飛び降り自殺の遺体なんて、酷い有り様に違いないだろうが……さて、どうするんだろうなぁ。
対外的には、キーガンは病死ということになっている。他国の貴賓が来るなら、それが疑われないよう何か細工するに違いない。
ま、平民の私がキーガンの葬儀に参列することはないが。
「ああっ、もう!」
私にドレスを着せ終わったコルネリアは、少し離れて全体を確認し、顔を覆った。
「全っ然!似合ってない~」
「そりゃ、どう考えてもこの形にこの色のドレスは私には似合わないだろ」
コルネリアが選んだドレスは、ピンクのフリフリだ。
教室の片隅に、今日はたくさんのドレスや飾りの小物が置かれている。生徒は、そこから自由に選んで、主の役のペアに着付けるのである。
コルネリアがピンクのふりふりドレスを持ってきたときは、正直、ぎょっとした。
が、コルネリアの選択に口を出してはいけないと思い、黙っていた。周りの同級生たちの好奇の視線が痛い。
「だって、その色と形が好きなんだもの」
「コルネリアの好みが私に似合うかは別だろ」
「わかってる。わかってるのよ!でも、私はオーディスさまに仕えているから、こういう機会でないと可愛いドレスを着せたり出来ないし」
だったら私に着せるんじゃなく、自分で着ていればいい。
「あーあ。……でも時間がないから、次は髪を結うわ!座って!」
髪型でなんとか出来るかしらと呟きつつ、コルネリアは私の髪を巻き始めた。
魔道具で、髪を巻くためのコテが用意されているのだ。
……あくまでもコルネリアは自分の好みで進むつもりらしい。私に、巻き髪なんて似合うはずがないのに。
この授業では、ドレスの着付けに掛かった時間や着せ方だけでなく、選んだドレスや髪型も評価される。コルネリアのセンスは最低評価決定だろう。
―――仕上がった私を見て、教師のイゾーレは無表情に「0点」と宣った。
やっぱり。
「ダメ……ですか」
コルネリアが悲しそうに言う。
イゾーレは底光りする目で彼女を見た。そして低く、尋ねる。
「あなたは、これが正解だと本気で思うのですか?」
「い、いいえ……」
「宜しい。分かっているだけ、点数を10点あげましょう。それと、リンさん」
「はい?!」
えっ、私?
「あなたも減点です」
「は?何故ですか?!」
「例えばあなたの主が、明らかに場違いなドレスを着たいと言い出したとき、それをそのまま着せるようでは、侍女失格です」
滔々とイゾーレが説明を始めた。私はポカンとしてそれを聞く。
「主を不快にさせず、しかし主が招かれたパーティーで恥をかかないよう、あなたは上手に主に相応しいドレスを勧めねばなりません。今回、あなたは主の役でしたが……あなたは、コルネリアさんが選んだドレスが間違っていると最初に感じたはずですが、黙って着せられていましたね。何故、そのときに何も言わなかったのです」
「え……それは」
「言い訳は結構。……以上の理由でリンさんも減点です」
えええっ!
コルネリアの審査だから、口を挟んではいけないと我慢したのに……!
すると、イゾーレは私を見る目元を少しだけ柔らかくした。
「もっとも、あなたがすべて指示をしては、コルネリアさんの学びになりません。ということで今回の正解は、彼女が持ってきた時点で、"もう少し違う色が良いのだけど"と一言いうことでした」
難しすぎるよ、先生。
内心、恨めしい思いで「はい」と答えたら、イゾーレは私の背をぽんぽんと軽く叩いた。
「これは、あなたが出来る子だからの厳しい採点です。さあ、次はあなたが服を選び、主を美しく飾る側ですよ。頑張りなさい」
くっ……要らない、そんな"出来る子"評価なんて……!
急いでドレスを脱ぎ、今度は主従役を交代する。
私はコルネリアに似合いそうなドレスを選んで、手早く着付け始めた。
コルネリアはドレスを着せられながら、まだブツブツ言っている。
「課題が、"きちんとドレスを着付けられるか"なのに、ドレスの色や形も採点するなんてヒドイわ。そもそも、着せる素材に難ありだしぃ。……あと、私の主はオーディスさまだから、女物の服を着付ける機会もないし」
難ありで悪かったな。
すると、後ろから鋭い声が飛んできた。
「コルネリアさん」
「ひゃい?!」
「あなたの主はオーディスさまですが、オーディスさまが結婚されたら、奥さまのドレスを着付けることもあるでしょう。たとえ、護衛職が本職だとしても、他国へ少人数で遂行するときは何でもこなせなければなりません。それこそが一流というものです」
「は、はいぃ……」
なるほどねぇ。この仕事も奥が深いな。
―――ドレスを着せたあとは、手際良く髪も仕上げる。
コルネリアはややぐねぐねと曲の強い深い緑の髪なので、まとめるのに苦戦したが、出来は悪くない。
さて。
コルネリアのコーデは、髪に合わせて、緑の濃淡でまとめてみた。
鍛えているせいだろう、彼女は他の同年代の少女より肩が張っていて二の腕も太い。
デコルテが広く開いていて、肩には上品なレース袖の付いているドレスを選んた。もっとも、胸元が大きく開いていては10代の少女が着るには下品だ。首に幅広のピンクのリボンを巻いておく。
お洒落なチョーカーがあればいいのだが、ここには無いので苦肉の策だ。
なお、ドレスの裾は、彼女の好みを取り入れたふんわりフリルだ。
髪の飾りなどは金に統一した。
仕上がった姿を見て、コルネリアが目を丸くする。
「リン……センスいい……!」
周囲の他の生徒たちも寄ってきた。
「首にリボンを巻くって斬新ね!」
「色使いがいいわ、同系色でまとめつつ、まさかピンクを混ぜたりするなんて!」
「髪型もいいわね、この編み込みはどうやっているの?」
しまった。この世界の流行に則った形にするべきだったか?
しかし、まだドレスアップした貴族たちの集まりに行ったことがないから、標準的な装いがよく分からないんだよな……。授業でドレスの種類や着付け方は習ったものの。
……イゾーレも、そばに来て「まあ」と呟いた。
「髪型といい、リボンの使い方といい……あまり見たことのない形ですね。あなたの故郷では、このようなスタイルが流行っているのですか?」
「ええ、まあ……そう、です」
故郷というか、前世だが。
この誤解は利用しておこう。
イゾーレは難しい顔になった。
「そうですね……あまり奇をてらうのはどうかと思いますが……あなたの主は公爵家ですしね。流行を作り出す必要性もある……うーん、先ほどの減点も合わせ……75点の評価です」
むむ。微妙な評価だ。
授業を終えたあと、同級生に囲まれた。
「リン!すごいわ、イゾーレ先生は厳しくて有名なのに、減点があっても75点なんて!」
「ねえねえ、私、色の合わせ方が苦手なの。コツを教えてくれる?」
「ちらっと聞いたところによると、中街区に平民で初めて店を出した"シュパーツ"の店主と、リンは知り合いなんでしょう?あの店、すごく新しいデザインを出してるから……もしかして、そこで学んだのかしら?」
「えーっ、シュパーツにツテがあるの、リン?!私の主が行きたがってるのよぉ、紹介して!」
これは予想外の事態だ。
でも……エルナの店の紹介だって?
それなら、喜んで!
次の授業は、リーゼッテと一緒に帝国史の授業だ。
しかし教室に着いたところで、教師の一人に声を掛けられた。
「君、アインベルガー家のリンだな?少し話があるので、ついてきなさい」
呼び出し?
理由も分からぬまま、リーゼッテにこの授業は抜ける旨を伝え、私は急ぎ足の教師のあとを追った。
―――連れて行かれたのは、教師棟"マギスツェントルン"だった。
マギスツェントルンの、奥の部屋に案内される。
中へ入ると……仮面の学園長が座っていた。
おや?
心なしか、ファジルが老けて…いる?
仮面を被っているから、見た目は特に変化はない。ただ、雰囲気が……妙に老けているのだ。
「……元気そうですね。私は寝る暇もなく動き回っているというのに」
「まあ、私は子供でただの学生ですから。学園長とは立場が違います」
恨めしそうな声を掛けられたので、私は事実を指摘して返した。
今回の件、確かに私は関係者だが……巻き込まれた側だ。文句を言われても困る。
ファジルは重い溜め息をついて、向かいの席を指した。
「座りなさい。……まったく、年寄りを労う言葉くらい掛けたらどうです。近頃の若い者ときたら、そういう気遣いもないとは」
「学園長は、お若いと思っておりました。こんな若輩者からの労わりの言葉なんて、必要ないでしょう?」
仮面越しに、じろりと睨まれる。
「白々しい台詞を、平気で言いますねぇ、君は」
バレたか。
「まあ、いいです」
ファジルは肩をすくめた。そして、口調を改める。
「君を呼んだのは、気を付けるよう注意を促すためです」
「何に気を付けるのですか?」
解決したと思っていたが、そうではなかったのだろうか。
ファジルは両手を組んで、テーブルの上に肘をついた。
「捕らえた悪魔は、姿を消しました。悪魔が持っていたメダル……内街区であれを取り上げれば、低位の悪魔は簡単に消滅する。アリンダが証拠隠滅のため、悪魔を消した可能性はあるでしょう……しかし、絶対にそうだとも言い切れない。悪魔は、リーゼッテ嬢を狙っていたそうですね?もしかすると上手く逃げた悪魔が、他の手段でリーゼッテ嬢を狙ってくるかも知れません。今後、不用意に近付く人物には注意して、おかしなことがあればすぐに知らせなさい」
「はい……分かりました」
そうか。その可能性があるのか……。
ファジルの言葉に頷いたあと、私は首を傾げて質問を口にした。
「悪魔は、そうまでして帝国が欲しいのですか?」
帝国は光の守護の強い国だ。それよりも、周辺国の守護のない国を狙えばいいのに。
ファジルは「うーん……」と小さく唸った。
「この地は、他の地よりやや魔気が濃いのです。なので、天族も魔族も好む傾向があるのだと思います。あなたも、旅行へ行くなら乾燥し砂埃の舞う荒れ地に行くより、澄んだ空気の景色のいい場所へ行きたくなりませんか」
「なるほど」
分かりやすい例えだ。
ファジルはさらに続ける。
「まあ、あとは、元は悪魔が占有していた地なのに、クレメンシエルさまから追い出されたという恨みがあるから、どうしても取り返したいのだと思いますよ。私は悪魔ではないから、推測ですけれどね」
「悪魔は、何百年も昔のことをしつこく根に持つんですね」
「悪魔にとって、数百年などほんの少し前の話です。人間と同じ物差しでは測れないでしょう」
そりゃ、そうか。