目玉の加工
先週は予告無しのお休み、すみませんでした。
夏バテ状態なのか、ちっとも文章がまとまりません。早く秋が来て欲しいです……。
アスワドの背負っていた袋を開けると、たくさんの目玉が出てきた。
「きゃあっ!」
リーゼッテが飛び退く。
アルトマンには、ガラスっぽい質感の魔物の目玉が欲しいと手紙に書いたので、いろいろな種類の目玉を入れてくれたようだ。
明らかに"目"だなーと分かるものもあれば、綺麗なガラス玉にしか見えないものもある。目の仕組みはよく知らないが、これでちゃんと見えるんだろうか?
大きさも、1cmほどのビー玉サイズから、手の平にいっぱいの占いの水晶玉のようなサイズまで、いろいろだ。
前に砂漠で獲ったヤツメ大蟻地獄は、濃い紫のガラス玉のようだったのだが、それはこの中には入っていない。
まあ、別に似たようなガラス玉っぽい目玉であればなんでもいいので、この中から選ぼう。あまり色が濃くない方が視界に支障をきたさないだろうし。
目玉を検分していたら、いつの間にかテーブルに乗っていたミチルが、興味津々で目玉を突こうとした。
慌てて首元を引っ掴み、アスワドに渡す。
アスワドは、器用に前足で挟んで受け取り、そのまま床にミチルを押さえつけて頭を乗せた。
「アーッ!」
抗議の声が上がったが……駄目だ。ミチル、お前はしばらく、そこで反省してなさい。
良さそうな大きさのものを幾つかを選んだ。
虫っぽいぼこぼことした複眼の目もあるので、それは除く。
「そ、それを、どうやって加工するんですか?」
まだ離れたところにいるリーゼッテが、恐る恐る聞いてくる。
私は、火竜のナイフを取り出した。
「このナイフなら、たぶん綺麗に切れる」
言いながら、そっと目玉にナイフを当てると……思った通り、スッと切れた。
中からトロリと粘性のある透明な液体が流れ出る。
「ひぇぇぇ、しゃ、社長、気持ち悪くないですか……?」
「散々、魔物の解体をしてきたから、平気だ。なんの魔物だったかな……腹を割いたら半分溶けた別の魔物が出てきたこともあるし、そういうのと比べれば大したことはない」
「ひーーーっ」
リーゼッテは顔を引きつらせ、後退る。
私は、切った目玉の断面を調べた。
「うーん。これは分厚いな」
厚みが3mmほどある。これは目に入れられない。
……こんな調子で次々と切ってゆき、やがてとても薄い殻の目玉を見つけた。
これは良さそうだ。
「社長は、コ、コンタクトをつけたことがあるんですか?視力は、良かったですよね?」
合格の目玉を選り分けていたら、リーゼッテが尋ねてきた。
私は、頷く。
「カラーコンタクトをつけたことがある」
「えー、社長が?!」
「ハロウィンの仮装イベントで赤い目のヴァンパイアの扮装をした。翌年も何かやったんだが……なんだったかな。あの頃は忙しかったし、仮装はコーディネーターに任せていたから、あんまり覚えてないな……」
前世で、30代の頃の話だ。
会社のプロモーションの一環で、3年か4年ほど毎年仮装をした。
かなり本格的なメイクをするので、メイクだけで何時間も拘束されて大変だったんだよ……。
リーゼッテが目を輝かせる。
「いやーん、そんなことをされてたんですね!み、見たかった、社長のヴァンパイア!絶対、絶対、カッコ良かったのに……!」
……うーん、格好良かっただろうか?
私には痛い人にしか見えなかったなぁ。
次に、切った目玉の縁を軽く削る。
やすりの代わりにしたのは、魔物の皮だ。アルトマンが用意してくれた魔物素材加工セットの中に入っていた。
ほんの少しザラついた感触の皮を用いて、縁を滑らかにする。
さて、目玉に魔法を掛ける前に、一度確認をするか。
お試し用の魔法陣を描いていたら、それまで離れていたリーゼッテが興味津々で近寄ってきた。
「み、見たことのない魔法陣です。なんの魔法陣ですか?」
「これは闇属性の魔法を使うための魔法陣だから、秘書子の使うものとは少々違うと思う。光を反射させる術式を描いた。これで、光魔法の作用を返せるかも知れない」
テネブラエで見た魔法陣の細かいところは覚えていないので、自分なりに補完して描く。
描き上がった魔法陣を作動させ、アスラに見せると―――「うむ、あのメダルと似たような効果じゃ」と教えてくれた。
よし、使えそうだ。
では……幾つかの術を組み合わせ、まずは他の目玉で術を施せるか確かめていこう。
「社長が魔法を使うところ、わ、私、初めて見るかも?それに、こ、こんなにサラサラッと魔法陣を描けることも知りませんでした」
「まあ、この国で闇魔法を使う訳にはいかないからな。それと、アスラからの借り物の魔法ではなく、自分の力でいろいろ挑戦したいという気持ちが強いせいもある」
「そうだったんですね。でも……そ、それは、ちょっともったいないです」
リーゼッテが口を尖らせた。
勿体ない……?
「力としては借り物でも、そ、それを使いこなせるかどうかは、個人の能力ですから。た、例えば……そうですね、車やバイクを上手に乗りこなせるか、パソコンを活用できるか、そういうのと同じだと思います。素手ではなく武器を使って戦うのに、どうして借りた魔力で戦うのは駄目なんですか」
「なるほど……」
言われてみれば、その通りだな。
生まれ持った力ではないからと、私は意地になっていたのか?
目から鱗だ。
「分かった、少し考えを改める」
リーゼッテの言い分に納得したのでそう答えたら、にこにこと彼女は頷いた。
―――ちなみに、その日は結局、上手く目玉に魔法を施すことは出来なかった。
翌日は、通常通りの授業となった。
本来なら騎士科の大会二日目だが、昨夜のうちに大会は延期するという知らせが回ってきた。ただし、いつになるかは未定だそうである。
まあ、当然の対応だろう。
さらに、キーガンの喪に服すということで、しばらくの間、生徒は全員、腕に白の布を巻くよう指示された。
前世だと、こういうときは黒だが、帝国では黒は闇の色。光の色である白で悼む気持ちを表すそうだ。
なお、葬儀のときも当然、白の衣装を着る。そして銀色の何かを身につけるらしい。
一方、結婚式の方も花嫁花婿だけでなく参加者全員、白の衣装なのだそうだ。で、結婚式の場合は、銀色ではなく金色を加える。
面白い風習である。
―――さて、私は早朝のうちにヘルバエルデを訪れていた。
二日続けて朝からやって来た私に、フレディスは不安そうな顔つきで、こう教えてくれた。
「学園長は、どうやら城にいるらしいのです。キーガン殿下の件で、対応中なんだとか」
ふうん?
学園長が牢に入れられたことは、まだ公表されていないらしい。
とりあえず気になっていた件が分かったので、私は頭を下げ、すぐその場を辞した。
走り出したとき、背後で、フレディスの小さな独り言が聞こえた。
「学園長だけでなく、……も学園にいないなんて、非常事態だわ」
ん?
誰がいないって……?
その日の授業は、生徒も教師も気もそぞろといった様相だった。学園全体がざわざわしている。
私とリーゼッテはそれをいいことに、それぞれ、授業中にこっそりと目玉に魔法を掛ける方法を調べていた。
「ま、魔道具って普通、魔石が動力源として使われていますもんね。魔石は、電池みたいなものってことなんでしょうけど。魔石を使わずに、常時発動している魔法って……ありませんねぇ」
今日は寮の自室に戻り、二人だけで昼食を食べている。
お互いの午前中の調査結果を話し合うためだ。
「ま、魔石を使わず魔法陣だけ貼り付けて動かすものもありますけど……そ、そういうタイプは使用者が動力源ですし。アスラさまの力があるので、社長も使えるとはいえ……闇の魔力が常に使われたら、やっぱり、バ、バレるでしょうねー……」
「それ以前に、あの大きさの魔法陣は描けない」
米粒に文字を書ける人なら、可能だろうか?しかし、私にはそこまで細かな作業は無理だ。
「アインベルガー家お抱えの魔道具師に、は、話を聞きに行きたいです。でも、魔道具の加工方法って、わ、わりと門外不出らしいので教えてもらえるかどうか……」
「へえ!やはり、特殊技術ということか」
そのとき、扉をノックする音がした。出てみると、学園の用務員だ。
「第2騎士団の人から、リーゼッテさまの護衛を呼んできて欲しいと頼まれたんだけどね」
「はい。……どこですか?」
「学園の門の前だよ」
「ありがとうございます」
用務員に頭を下げ、リーゼッテに出掛ける旨を伝える。
そして、部屋にいないアスワドを喚んでリーゼッテを任せると、私は学園の門へ向かった。
―――門の前で私を待っていたのは、ヒルムートだ。
「何かあったのですか」
私の問いに、ヒルムートは難しい顔で頷いた。
「全部、片付いた」
「片付いた?」
意味が分からなくて、オウム返しになってしまう。
かなり複雑な状況になっているはずだが、こんなあっさりと片付くものなのだろうか。
私の困惑に、ヒルムートは相変わらず顰めっ面のまま、横に控えていた月豹を指した。
「乗りたまえ。詳細は、空の上で話そう」