印対策
学園へ戻り、レイナードに事の次第を報告する。
レイナードは第2騎士団がすぐ動いたと知り、ホッとした様子になった。
その横では、納得のいかない顔をしたオーディスやコルネリアが控えている。私とレイナードが一体どんな話をしたのか、気になって仕方がないのだろう。
他からは見えないようにしつつ、コルネリアがこちらに向かって何度もウィンクしているが……私は知らん顔をした。
たぶん、後で詳細を教えて!という意味なんだろうな。でも、教える訳にはいかないので、仕方がない。
「では、私はお嬢さまの下へ戻ります」
「ああ。……いや、それよりもリーゼッテ嬢の安全のために、我々と共にいる方が良くないか」
悪魔はリーゼッテを狙っていた。だからこその提案か。
しかし、リーゼッテは絶対に嫌がることだろう。
それにレイナードといるより、アスワドたちに守られている方が安全だ。正直、今は人間より悪魔のアスラや魔獣の方が信用出来る。
というか―――帝国の人間はやたら悪魔を恐れているが、今の地上でアスラより強い悪魔っているのか……?
レイナードの誘いを断り、寮へ戻るとリーゼッテが部屋をうろうろしていた。
「お、おかえりなさい、社長!皇太子は何を……」
うーん、なんだかこの頃の私は、あっちこっちで説明ばかりしている。
面倒……という気持ちを隠して、リーゼッテには事の次第を話した。キーガンのとんでもない置き土産のせいで、帝国内部はガタガタなのだ。簡単に騒ぎが収まるとは思えないので、リーゼッテには事態をきちんと把握しておいてもらう必要があるだろう。
―――話し終えると、リーゼッテは不安そうに両手を組んで、きょろきょろした。
「あ、あ、あのですね。こうなってくると社長が白耀城へ行く可能性が高そうなので……い、急いで眼鏡屋と話をしたいのですが」
「眼鏡屋と?」
何の話を?
首を傾げたら、リーゼッテはぶんぶんと大きく頷いた。
「はい!前から考えていたんですけど……しゃ、社長のコンタクトを作ります!その瞳の印を隠さないと!」
「何故じゃ!」
ポン!
その瞬間に、一瞬で人型になったアスラが割り込んできた。
怒っている。
リーゼッテがその途端、息を飲んで震え上がり、私の影に隠れた。
「妾の印ぞ!隠すなど、言語道断じゃ!」
アスラの剣幕にぷるぷる震えつつ、しかしリーゼッテは必死に声を上げた。
「そ、そんなこと言っても……ふ、普段は、ほとんど意味無いですし……」
「そ、それはそうじゃが……いや、それとこれとは、別なのじゃ!」
「でも……でも、い、今、社長の印が見つかったら、ぜぇんぶ社長のせいにされて……も、問答無用で処刑になります。ア、アスラさまも、光の結界の強い白耀城では、受肉してない状態でそんなに力は出せないでしょう?」
「む……そんなことは……無い……」
「ホ、ホントですか?社長が危なくなったら、助け出せますか?それよりも、印を隠しておけば、ひとまず危ない目に遭う可能性は低くなるんです。隠せるなら、隠すべきです。というより!アスラさまは、社長よりご自身の印の方が大事なんですか!」
「……っ!」
「アスラさまと社長の絆は、印が見えなければ切れてしまうものなんですか!!」
アスラがショックを受けて仰け反った。
……やるな、リーゼッテ。これで、アスラは反対出来まい。
さて……コンタクトを作っても、そこに特殊な魔法を掛けておかねば、瞳の印を隠すことは難しい。
コンタクトレンズを作るとしても、その先をどうするかの話になった。
「えーと、た、例えば、色ガラスで見えにくくなるってことはないですか?」
「それくらいでは、遮蔽されぬ」
少しだけ自慢そうにアスラが答える。
むむむとリーゼッテは唸った。
―――テーブルの上にお茶や茶菓子を並べ、今はみなで頭を寄せ合っている。
うーん……直接、コンタクトレンズに魔法陣を描ければいいんだが。さすがに小さくて無理だろうな。
「ちなみに、アスラの印を隠すのに光の魔法を使った方がいいのか?」
「ぬ?光の魔法なんぞを使うと、主殿が痛いのではないかえ?……ほれ、あの低級悪魔が持っておったメダルがあろう?あれは、闇の魔法じゃった。隠すのは、そもそも闇の方が向いておる、あれと同じようなことをすれば良かろう。ただしあれは昔の魔法使いたちが考え出したものじゃから、妾は仕組みは知らんぞ。妾は隠さねばならんものなど、無いゆえ」
「なるほど」
隠蔽の魔法は闇、か。
その通りだな。
しかし、アスラの印を隠すために闇の魔法を使う。大丈夫なのだろうか?
まあ、あのメダルで低級悪魔は帝国内に人知れず入ることが出来た。使い方次第という訳なんだろうな……。
そういえば、テネブラエの魔術書に光をはね返す魔法や、光を通す魔法というものがあった。日焼けしないための魔法か?と思っていたが……もしかするも、あれかも知れないな……。
「ところで、"こんたくと"とは、なんぞや?」
「え?あ、あの、目に薄いガラスを乗せるんです。こ、この眼鏡のレンズだけを、小さく薄くしたような感じでしょうか」
「何?!そんなものを目に乗せる?!痛いではないか!」
アスラが仰天した。
まあ、コンタクトレンズを知らない者には、信じられない所行に見えるに違いない。
「そ、それがですね、意外と大丈夫なんです。目とレンズの間に、涙が膜を作っているので。……でも、眼鏡屋が薄いガラスを作ってくれないと厳しいですけど……」
というか、試作品を試すのが少々、怖い。失明しないだろうか。
「あ」
そのとき、ふと、思い出したものがあって呟いたら、リーゼッテがこちらを見た。
「ど、どうしたんですか、社長」
「ヤツメ大蟻地獄が使えるかも知れない」
「なんですか、そ、それ?」
「砂漠にいた魔物だ。素材として目玉を獲ったことがあるんだが、あれがちょうど薄いガラス玉のようだった」
それに、薄いが丈夫だった。
獲ってすぐはやや柔らかいのだが、乾燥させると硬くなる。
あれを加工すれば、使えるんじゃないかな……。
「ま、魔物の目ですかぁ?!」
ひぇ~という顔になったものの、すぐにリーゼッテは表情を改めた。
人差し指を軽く噛みつつ、言う。
「で、でも、魔物素材はいいかも知れないですね。魔法に掛かりやすいはずなんです。えと、あの、アインベルガー家には、な、何代か前の当主がいろいろ魔物の素材を集めていました。アルトマンに連絡して、もしあるなら、すぐに学園へ届けてもらいます!」
うん、もしあるなら、有り難い。
目玉は全部売り払って、手元には無いもんな。
アスワドとミチルの間で、どちらがアインベルガー家へお使いに行くかの争いが起きたが、今回はアスワドにお願いした。
リーゼッテのお守りを頼んでばかりだったので、たまには走らせてやらねばなるまい。
ただし、あまり人目にはつかぬよう、言い含める。
アスワドはチワワサイズでご機嫌に駆けて行った。
……チワワがあのスピードで走っていると、なかなかの衝撃映像だ。
まあ、アスワドだから、ちゃんと人目にはつかないように行ってくれると思うが……。
お使いに行ったアスワドは、1時間ほどで戻ってきた。
行きはチワワだったが、帰ってきたときはゴールデンレトリバーサイズだった。
背中に荷物を背負っていて、それに合うサイズの大きさになったらしい。
荷物の中身は……魔物素材や、加工道具などだ。1時間足らずで、これを用意したのか。
さすがアルトマン。仕事が早い!




