第2騎士団へ
さて、ここで少し帝国の皇族や公爵家について、簡単に説明をしよう。
リーゼッテの護衛兼侍女という立場なので、私も一応、大枠はそれなりに把握している。ただ、誰が誰を嫌っていて、誰と仲が良いかなど、そういったことは全く分からない。
ルーペスブルク帝国の現在の皇帝はロードリック、皇妃はシュティラである。皇妃は隣国出身の姫だ。
二人の間に子供は4人、皇太子のレイナード、第一皇女セシル、第三皇女クラリー、第三皇子ユーベルがいる。
そして、ここがこの国の特殊なところだが……皇妃以外に皇華妃と呼ばれる妃が数名いる。立ち位置的に第二夫人や第三夫人になるのだろうが、順列をつけると揉めるからだろう、皇華妃という呼び名にしているようである。
この皇華妃は、公爵家から選ばれる。代々、平均して三、四人ほど。
今代は、三家から妃が輿入れしていた。
第二皇子キーガンの母はアリンダ、その実家はドライモーア家。
ツヴァイダム家からはボニータ、子供は第二皇女トルディラ、第四皇子ヒルマール。
フィンフマーレ家からエトラ。子供は第五皇子マインハルトである。
なお、レイナードとキーガンは同じ年だ。ただ、レイナードの方が三か月早く生まれている。
キーガンが悪魔の甘言に乗った理由に……三か月差で皇太子になれない恨みもきっと含まれているのだろう。皇帝も、もう少し間が空くよう計画的に子作りすれば良かったのにと思うのは、無礼な意見だろうか……?
次に、八大公爵家について。
まず、第1騎士団はアハトブルネン家、第2騎士団はアインベルガー家が代々担っている。皇帝の右腕たる宰相は、ゼックスバッハ家だ。
残る五家は、輔相という職に就いている。
皇帝が立法や行政の最終決定権を握ってはいるが、基本的に輔相たちの合議で政治運営が行われているらしい。
アハトブルネン、アインベルガー、ゼックスバッハの三家が特別なのは、初代皇帝と共に悪魔と戦い、ルーペスブルク帝国を興したからだ。
他の五家は、元は周辺の小さな国だった。
悪魔と戦う初代皇帝に協力し、その後、帝国の支配下に入ることになったという。
以上、帝国の大まかな内情である。
―――学園から、第2騎士団本部へ。
急ぐ必要があるので、「もし、乗りこなせるのなら」と、レイナードが月豹を貸してくれた。中街区でアスワドやミチルに乗るのは駄目なので、貸してくれるなら有り難い。
ちなみに、その月豹はレイナードの愛(?)豹である。
元は第2騎士団の騎獣だったが、魔獣退治の際に大怪我を負い、それをレイナードが貰い受けて手ずから看病したらしい。以来、可愛がっているのだそうだ(そして学園にいる間、月豹の面倒をみれるよう、学園の厩の一角を空けさせている模様)。
厩で、月豹と軽く見つめ合う。
すぐに月豹は頭を垂れた。
ふうん。割りと従順な子だな。
そんなことを思っていたら、横でガックリとレイナードが膝をついた。
「何故だ……余にだいぶ懐いたが、どうしても乗らせてくれぬのに……何故、こやつにはこんなにあっさりと頭を垂れる……!」
おや。可愛がっているのに、乗らせてはくれないのか。
レイナードは悔しそうな面持ちで私を見上げた。
「お前、ときどき第2騎士団の使いで月豹に乗っていると聞いていたが……本当だったんだな。コツを……乗るためのコツを、教えてくれ!」
「殿下がこの子の主だと認識させることですね。要は気合です。……では、出発しますので」
私が乗ってしまったから、"主"の認識を変えるのは大変かも知れないが……まあ、そのことは黙っておこう。
第2騎士団本部へ着くと、エクバルトが驚いたように迎えてくれた。
「リン!どうした、何かあったか?」
「急ぎで内密の話をしたいのですが」
エクバルトは頷き、無駄話をすることなく団長室へ入れてくれた。
そして来客用ソファーに向かい合わせで座るなり、エクバルトは身を乗り出す。
「えーと。今、団長は城にいるんだが……リンは聞いているか?その……第二皇子の件」
「はい。城の塔から自殺されたと」
「……なるほど。詳細を知っているんだな?つまり、リンが脱出路に迷い込んだ件と関係があるということか」
苦い顔になって聞かれたので、私は無言で頷いた。
前からときどき感じていたが、エクバルトは頭の回転が早い。
エクバルトは「ふー……」と大きく息を吐いて、ソファーの背もたれにドンともたれた。
「いろいろ、聞きたいことはあるが。ひとまず、君の話を聞こう」
うん、その方が有り難い。
こっちの話を先にした方が分かりやすいだろうから。
昨日、校舎の屋上でキーガンと対峙した話をする。
エクバルトは、キーガンに悪魔がついていた件でピクッと片眉を上げたが、口を挟むことなく最後まで黙って聞いてくれた。
聞き終わって、眉間を指で揉む。
「……リンは自分を嵌めた相手について、見当がついていそうだとは思っていたが……それがキーガンさまで、そのうえ悪魔まで関わっていたとは……」
「正直、予想外でした」
「うん、それはさすがに予想するのは無理だろう。で……悪魔のことを知っているのは、陛下とエベロ団長、ファジル学園長、皇太子殿下とリンなんだな?」
「はい」
エクバルトが小さく唸る。
「んんー、厳しい状況だな……ドライモーア家とズィーベンタイヒ家が騒いでいるが、陛下は宰相殿に真実は明かせないと仰るか。そのうえ、第1騎士団内は揉めている、と」
額の皺が一層深くなり……やがて、「よし」とエクバルトは呟いた。
「キーガン殿下に悪魔がついていたことは隠しておいて、今回の騒動の裏に悪魔が絡んでいるとだけ、うちの団員には説明しよう。うちの連中なら、"悪魔がいた"だけで十分だ。詳細不明でも、無駄なことは考えず探らず職務をきちんと全うする。それに、悪魔が関わっているとなると、余計なことを周囲に漏らすこともない。エベロ団長の件も、悪魔の奸計に巻き込まれたと言っておけば、混乱もないだろう」
ほお……さすが、脳筋集団は単純だ。
私の考えていることが分かったのだろう、エクバルトはにやっと笑った。
「頼りになるだろう?うちの団は」
「はい。皇太子殿下が頼った理由が分かりました」
いろいろと詮索せず、一致団結して動いてくれる連中は、今、レイナードや皇帝にはもっとも必要なものだろう。
ハハハ、とエクバルトは笑って立ち上がった。
「悪魔の策略にはまって、これ以上、国が割れるようでは困る。騎士団は、国を護ることだけに一筋でいいんだ。戦う相手さえ、分かっていればいい。誰が何を企んでいるかを考えるのは、騎士団の仕事じゃない」
そうだよなぁ。
大事なことを忘れ、くだらない派閥争いをしている第1騎士団の連中も見習わせたい。
「では、各隊長に説明後、城へ行きバルドリック団長にこの件をこっそり伝えてくる。……ああ、そうだ。第1騎士団が割れているなら、一隊だけ城へ連れて行くか。何かあった際に第1騎士団がすぐ動けないかも知れないしな」
ぶつぶつとこの後の段取りを並べつつ、エクバルトは私を見た。
「リンは、このあとはリーゼッテさまから離れるな」
「分かりました」
「念のため、学園にも一隊派遣する。基本的に外部の者は勝手に入ってはいけないが……学園長がおられない非常事態だ。周辺で待機させておいた方がいいだろう。学園内で何かあったら、すぐに呼びなさい」
「はい」
まだ解決していないのに…すみません、来週はお休みします……お盆でちょっとバタバタしてるので……




