命を賭けた報復?
翌日、騎士科の大会は中止になった。
学園中、大騒ぎだ。
中止の理由は、もちろん、キーガンが亡くなったためである。しかし、学生たちに詳細は知らされていない。
一応病死と公表されたようだが、学生たちの間では、急すぎる、暗殺じゃないか?との声がちらほら聞こえた。
一方私は、皇太子に呼び出されて、食堂二階の個室に来ていた。
「コルネリアから知らせがいっていたと思うが」
「はい。第二皇子殿下が自殺されたと」
「お前が関わっているのか?」
「私が?何故、そのように思われるのです。私は白耀城どころか、内街区にも足を踏み入れたことはありません。城で自殺されたキーガン殿下とどう関わるというのですか」
淡々と答えたら、横のオーディスの方がムッとした顔になった。
「父上も何が起こったか分からず、今、対応に追われていて、情報がいるのだ。君は城からの脱出路に迷い込んだらしいな?その騒動に続いてキーガン殿下の自殺だ。有り得ないことが続いている。君、何か関わっていたり知っていることがあるんじゃないか?」
オーディスの父というと、宰相か?
……困った。
昨夜、コルネリアが知らせてくれたときも、何も知らないと答えた。実際、私の預かり知らぬところでキーガンは自殺したのだから、嘘ではない。
一体、どこまで話していいのだろう?
この件に関しては判断が難しいため、学園長に会いたいと朝一番にフレディスのところへ相談に行ったが……学園長と連絡が取れず、教師たちも混乱しているとのことだった。
たぶん昨日、エベロと共に城へ行って、そのまま戻ってきていないのだ。
じっと私の顔を見ていた皇太子レイナードが、軽く息を吐いて左手を上げた。
「オーディス、下がれ。他の者も全員、部屋を出ろ」
「殿下?!」
「アギロ、お前もだ」
「それは……っ」
誰もが納得のいかない顔で声を上げたが、レイナードはギロリと鋭い視線で黙らせる。
それだけで全員、渋々と部屋を出て行った。護衛のアギロだけは、最後まで何度もレイナードを振り返っていたが。
……シンと沈黙が落ちる。
しばらくして、レイナードは鼻の頭に皺を寄せつつ口を開いた。
「陛下から、キーガンには悪魔がついていたようだと聞かされた。このことを、他の者は知らん。エベロが言うには、悪魔の甘言に乗ったキーガンが、お前を殺そうとしていたそうだが。……それは事実か?」
なんだ。レイナードは悪魔の件を知っているのか。
じゃあ、わざわざ私に確認する必要もなかろうに。エベロと話をすればいい。
そう言おうとしたら、レイナードは更に言葉を続けた。
「昨夜。エベロとファジル、陛下の3人で話し合いをしているときに、キーガンは監禁していた部屋を抜け出し、城の塔から飛び降りた。……大きな声で"エベロとファジルに嵌められた"と叫びながら」
「…………」
「おかげで、キーガンの母アリンダ妃がひどく取り乱し、それに同調したドライモーア公爵やズィーベンタイヒ公爵がエベロとファジルを拘束するよう主張した。困ったことに、エベロが捕らえたはずの悪魔の姿は消えており、あるのはキーガンの死体だけ。という訳で今、エベロとファジルは牢にいる」
「え……」
牢?!エベロとファジルは捕まったのか??
なんて奴だ、キーガン……!
まさか、こんな形で報復するなんて!
ちなみに、ドライモーア公爵はアリンダ妃の実家である。そしてドライモーアもズィーベンタイヒも、八大公爵家だ。
エベロとファジルは……恐らく、皇族に悪魔がついていたことを公にしない方がいいと判断したのだろう。そのため、皇帝と内密に処理をしようとした。
それが裏目に出たのか……。
「陛下も悪魔の姿はちらっと見たそうだが……その悪魔が消えてしまった以上、キーガンに悪魔がついていたと言ってもアリンダ妃やドライモーア公爵に信じてもらうことは難しく、また余計に混乱を招く。エベロとファジルが牢へ入ることを拒まなかったので、陛下はひとまず、現状調査を優先することにした。そうでないと、騒ぎが収まらないからな」
レイナードは溜め息をついた。子供らしくない、重い溜め息だった。
「それとな。オーディスの父、ゼックスバッハ公爵はドライモーア公爵とは犬猿の仲なのだ。キーガンに悪魔がついていた件を知ると、この機会にドライモーア家の弱体化を図る可能性がある。ゆえに陛下は、ゼックスバッハに話すことが出来ないでいる。八大公爵家のバランスが大きく崩れるのも、困るのだ。……という訳で、まずは何が起きたのか、きちんと知りたい。話してくれ。キーガンに悪魔がついていた件、お前は知っているんだろう。さっき、驚く様子がなかった。一方でオーディスたちの前で軽々しく口にしなかったこと、お前は優れた見識を持つ人間だと思っている」
「……分かりました」
はあ……。
キーガンの最後の足掻きで、帝国が崩壊の危機じゃないか。あいつ、結構恐ろしい奴だったんだな……。
レイナードに簡単に説明する。
キーガンは低級悪魔の誘いに乗って、もっと高位の悪魔を喚び出そうとしていたこと、そのためには魔力量の多いリーゼッテが必要だったこと。リーゼッテに近寄ろうとしたら、闇属性の私が横に張り付いているので、排除しようとしたこと……。
「そんな理由で、お前を排除しようとしたのか?」
レイナードの信じられないという口調の問いに、私は頷いた。
「低級悪魔は、私の従魔を自分と同じ低級悪魔と勘違いしたようです。なので、私も高位悪魔を喚び出すために、リーゼッテさまを利用するつもりだと思ったのでしょう」
「なるほど」
事実と少々違うが、まあ、ここは私の保身のために歪曲しても構わないだろう。ファジルもアスラは悪魔じゃないと否定していたことだし。
レイナードは腕を組み、口をへの字にした。
「まさかキーガンが、悪魔を喚び出そうとしていたとはなぁ。何故、悪魔の甘言に乗ったんだ?あいつは、何をしたかったんだ……?平和を好む、読書好きのおとなしい奴だと思っていたのに」
「弟君と仲は良かったのですか?」
「いや、アリンダ妃が余を嫌っていたから、表立っては親しくしていない。しかしキーガンは折々、いずれ兄上の右手となれるよう頑張りますと笑顔で言っていたのだ。あれは……嘘だったのかも知れんな……」
ふぅん……。
キーガンは、学園長よりもよほど分厚い見えない仮面を被っていたらしい。兄にも良い顔をしていたようだ。
「ところで」
首を振り、表情を改めてレイナードが口を開いた。
「この件、リーゼッテ嬢は知っているか?」
「はい。しかし、バルドリックさまには、まだ話しておりません」
「では、すぐにバルドリック……いや、バルドリックは今、城か。それならば、副団長のエクバルトに知らせてくれ」
「良いのですか?」
意外だ。他言無用と言われるかと思ったのに。
皇太子の味方である宰相には明かさず、中立派のバルドリック(しかもバルドリック本人ではなく、その副官だ)に知らせるだと?
「エベロが不在となり、第1騎士団内が乱れている。第2騎士団は妙な噂に惑わされず、こちらについてもらいたい。悪魔の件は、お前が話せば第2騎士団の連中も信じるだろう?」
「第1騎士団内が乱れているのですか……?」
「ああ。団内で、エベロは無罪だと信じる派と、この機会に新しい団長を、と画策する派と。そもそもエベロは高圧的な面があって以前から団員の反発も大きかったからな。この動きは当然とも言える。エベロも……真面目で、悪い男ではないのだが」
あとはもう少し、静かに人の話を聞ければなぁ……という独り言のような呟きが聞こえた。
まだ少年のレイナードにそう言われる騎士団長ってどうなんだ。
まあ、実際、その通りだと思うけれども。
「分かりました。では、すぐに第2騎士団本部へ行って参ります。確認しますが、悪魔の件をエクバルト副団長に話して良いのですね?第2騎士団内でその情報を共有することも、構わないのですか?」
「騎士団員以外に漏らさないよう厳命しておいてくれれば、構わない。第2騎士団は結束が固いし、あまり政治的駆け引きには乗らない連中だからな。悪魔が帝国を狙っているということさえ分かっていれば、国を護るために動くはずだ」
さすが皇太子。第2騎士団は脳筋とよく理解していらっしゃる。