信用の基準
更新、遅れました…
部屋へ戻ると、ホッとした顔のリーゼッテが「お帰りなさい!」と迎えてくれた。
食器を返しに行って、かなり遅い戻りになったが……じっと我慢して留守番していたようだ。
とりあえず、今回の件はリーゼッテに話しておかなくてはならないだろう。
「話があるんだが、いいか?」
そう切り出すと、リーゼッテはすぐに神妙な顔で頷いた。
「……な、なんで、私抜きでそんなことしたんですかぁ!」
一通り、先ほどまでの件を説明したところ。
リーゼッテが爆発した。
「だって、第二皇子とは関わりたくないと言っていたじゃないか」
「いや、言いましたよ、言いましたけどね?!で、で、でも、それとこれとは別です!こういうことは、事前に相談してくださいよぉ、だって私には、この世界の知識があるのに!」
リーゼッテの言う知識は、前世の小説の知識のことだろう。
でもそれは、本当に合っているかどうか、分からないからなぁ。
「第二皇子が悪魔つきということは、知っていたのか?」
「ええーと……そ、それは小説には書いていませんでした……」
「仮面の学園長の正体は?」
「が、学園長はそもそも、小説に出てきません」
「それじゃあ……どうやって小説の中のリーゼッテ……いや、リーゼロッテか?彼女は、悪魔を喚び出したんだ?悪魔を喚び出すには、それなりに手順がいるはずなんだが」
リーゼッテは難しい顔になった。
腕を組み、うーんと天井を見上げる。
「リーゼロッテって、しゅ、主人公じゃなく敵ですからねー。あんまり詳しく書かれてなかったんですよねー。どうやら禁書を読んで、知識をつけたみたいですけど」
「その禁書はどこに?」
「……すみません、分かりません」
私は肩をすくめた。
「肝心な部分が全部不明だ」
「う、う、う……私、役立たず……」
がっくりとリーゼッテは崩れ落ちた。
ま、最初っから期待はしていない。しかしリーゼッテは崩れ落ちつつも、恨めしげな調子で言った。
「で、で、でも、社長はあまりに体当たりすぎます。前世の社長の武勇伝はいっぱい聞いていましたが……無茶をしすぎです。ぜ、前世と違って、今世は命の危険があるんですよ。もう少し慎重に動いてください」
私の武勇伝ってなんだ?
何かあっただろうか?
どっちにしろ、私だって前世と今世の違いはよく分かっている。
「今世は平民の命の価値が軽いからこそ、早く動かないと駄目だろう。下準備をしっかりしてから、と考えていたら間に合わなくなる。思い立ったが吉日、だ。もっともビジネスだって、ベストコンディションじゃなくても、決断して勝負をしなければならないときもあるけどな」
「えええ~、そ、それで全部上手く行くのは、きっと社長が運の良い人だからですよ~。わ、私なんて、思い立ったが吉日を実行したら、全部、失敗ですもん……。ちゃんと下準備してからの方が上手く行きます。社長が特別すぎるんです……」
リーゼッテが呆れたように首を振った。
うーん。私だって失敗したことなんて、山ほどあるぞ。
でも失敗を恐れていては、上手くいくものも上手くいかない。だから、何度失敗しても恐れずに前へ行く。
とはいえ、これも性格の違いか。
何より、リーゼッテは"秘書"だからな。下準備をきちんとしなければ落ち着かない性格の方が、助かる。
「ま、これで小説の筋とは完全に離れたってことだ。もう、悪魔の心配はしなくていいな?」
「そう……でしょうか……?」
「ということで、今後は秘書子も、もうちょっと積極的に他の生徒と関わっていこう。商会を立ち上げるなら、顧客を広げていかないと」
「えー!」
途端にリーゼッテはピョン!と飛び上がったが、ここからは本当に社交は頑張ってもらいたい。
アスラの姿が見えないと思っていたら、夕食どきに帰ってきた。
「おかえり、アスラ。……ああ、そういえば」
アスラの分のスイーツを用意するために立ち上がり、私はふと、気になっていたことを思い出した。
なお、私とリーゼッテの分はすでに配膳している。
「学園長に、アスラの正体はバレていると思うか?どうもあの人は得体が知れなくて、気にかかるんだが」
「うむ」
当然のように人型になってテーブルの席についていたアスラは、首を軽く傾げた。
「妾が何者かは、まあ、見抜けぬと思うんじゃが。それに、妾はあの男を見たが、あの男は妾を見ておらぬであろ。一応、あの男の目には触れぬようにしておるぞ」
「だよな。従魔は連れて来るなと言われていたから、アスワドもミチルも見ていないはずだ。なのに、問題ないと言い切るのは腑に落ちない……」
私が席に着くのを待っていたリーゼッテが、目を瞬かせる。
「学園長は社長の味方みたいですけど。そ、それなのに、気になるんですか?」
「えらくあっさり学園長を信じるな?」
「え、だって……ぜ、絶対、美形ですもん、学園長。仮面で隠されていても分かりました。ワケ有りで顔を隠す美形……!まあ、そりゃあ悪役の可能性もありますけど、第二皇子が悪役ですからね。その可能性は低いと思うんですよ~」
思わず頭を抱えそうになった。
根拠が酷い。どうして、小説ベースで考えるんだ。そのうえ、小説の中にも出てきていない謎の人物である。美形(推定)というだけで信じてないか?
リーゼッテは無視し、アスラとの会話を続ける。
「学園長は何者か、分かるか?」
「そうさのー……仮面に何か魔法を掛けておるで、良く分からぬな。しかし主殿が気になるなら、調べてくるぞえ」
「いや、下手に近付かない方がいいだろうから、それはいいよ」
学園長は、本当に不思議な空気感を放っている。
助けてもらったのに信じることが出来ないのは、そのどことなく人とは隔絶した空気感のせいだ。
まあ、考えても仕方ないか。
「アスラさまの正体……が、学園長にバレそうなんですか?」
先ほどの発言をスルーされたことを気にする様子もなく、リーゼッテが口を挟んできた。
アスラがムッとした顔になる。
「見抜けぬと言うたであろ」
そして、ずいっとリーゼッテの方へ身を乗り出した。
「この、主殿の愛が籠もった形代!これはテネブラエの魔石混じりの特殊な土で出来ておってな。しかも、核に大きな魔石を入れておる。それらが妾の悪魔としての気を、隠すのじゃ」
「そうなんですか……!」
「ゆえに、どちらかといえば、妾を巧妙な魔道具と勘違いするのではないかえ」
「へええ……」
私も「へえ」だ。
悪魔としての気は、隠れているのか?知らなかった。
「ま、そもそも、妾ほどの悪魔が受肉せずに地上におるなど、誰も思うまい」
「そ、そうですね……喚び出せるワケがないと、み、みんな思ってますもん」
リーゼッテが深く頷くと、アスラは満面の笑みになった。
「そうであろう!つまり、それだけ主殿が素晴らしいということじゃ!」
はいはい。
その夜。
コルネリアが寮の消灯時間を過ぎているのに、部屋へ来た。
「リン……第二皇子のキーガンさまが、城から飛び降りて亡くなられたわ!」